打者1巡で2度ぶつけられたのは◆アフリカ大陸から来た選手…【4月26日のMLB】
◆1905年4月26日
シカゴ・カブスのジャック・マッカーシーが、センターを守って1試合3併殺を記録する。3度とも、フライを捕球後に本塁で走者を刺した。捕手はジャック・オニール。
◆1959年4月26日
シンシナティ・レッズのウィラード・シュミットが、3回裏に2度ぶつけられる。1イニング2死球は史上初。シュミットは投手。その後に記録した6人はいずれも野手。3回表1死一、二塁の場面から登板したシュミットは、併殺打でイニングを終わらせ、4回表の先頭打者にヒットを打たれたところで降板した。引き継いだ投手がその走者を生還させ、シュミットには自責点もついた。他の1イニング2死球は、フランク・トーマス(1962年4月29日。殿堂入りしたフランク・トーマスとは別人)、アンドレス・ガララーガ(1996年7月12日)、ブレイディ・アンダーソン(1999年5月23日)、ホゼ・ギーエン(2010年9月23日)、デビッド・デヘスス(2012年6月18日)、ブランドン・モス(2014年4月25日)。
◆1962年4月26日
クリーブランド・インディアンズのハリー・チティが、ニューヨーク・メッツへ放出される。そして、6月15日にメッツからインディアンズへ戻り、自分自身とトレードされた史上初の選手として知られるようになる。ただ、最初のトレードの交換相手であるPTBNL(後日決定選手)としてインディアンズへ復帰したのか、2度とも金銭と交換されたのかは、今ひとつ判然としない。控え捕手だったチティは、メジャーリーグで通算502試合に出場した。その最後は、メッツでの15試合。インディアンズ在籍時は、移籍の前後ともマイナーリーグでしかプレーしなかった。
◆2017年4月26日
ピッツバーグ・パイレーツからギフト・ンゴペイがデビューし、アフリカ大陸で生まれ育った史上初のメジャーリーガーとなる。南アフリカ共和国出身。4回表途中の「ダブル・スイッチ」で二塁手として起用され、その裏にヒットを打った。