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黒木華主演『凪のお暇』は、アラサー女子の「素のままで生きる」という冒険

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

番組表を眺めていると、あらためて「今期のドラマ、漫画原作が多いなあ」と思います。

このコラムでも取り上げた、上野樹里主演『監察医 朝顔』(フジテレビ系)。石原さとみ主演『Heaven?』(TBS系)。杏主演『偽装不倫』(日本テレビ系)。そして黒木華主演『凪のお暇(なぎのおいとま)』(TBS系)などです。

ヒロインたちがいずれも30歳前後、いわゆるアラサー女子であることも共通しています。

上野さんが演じているのはもちろん医師です。石原さんがレストラン経営者。杏さんは派遣社員。といった具合に、それぞれ仕事を持っています。しかし、『凪のお暇』の主人公、大島凪(黒木)だけは違うんですね。28歳の無職です。

「空気を読む」ことに疲れる

凪が会社を辞めたのには理由があります。一つは周囲に自分を合わせる、つまり「空気を読む」ことに疲れたのです。同僚から仕事上のミスの責任を押し付けられても文句が言えない。

またランチでも、話題になる食事やアクセサリーや旅行について、その場にいる女子たちの顔色をうかがいながら無難な話を探す。本当は昼食など一人で食べたいのに、それも言えません。凪は「自分でない自分」でいることに疲れ切っていました。

さらに、恋人というか、カレシだと思っていた同じ会社の営業マン、我聞慎二(高橋一生)が、凪のことを後輩たちに笑いながら話すのを立ち聞きしてしまったことも大きい。

「アッチ(セックス)がイイから会ってるだけ」「節約系女子? 俺そういうケチくさい女、生理的に無理」って、これはひどい。

まあ、その後、我聞がそんな言い方をした理由も徐々に明らかになってくるんですが、この時、凪は過呼吸になって倒れてしまいます。

結局、凪は会社を辞め、我聞とも連絡を絶つことにしました。会社からも恋人からも、まさに「お暇」を頂戴したわけですね。

「素で生きる」という冒険

そして、物語は、ここから本格的に始まります。郊外のオンボロアパートの6畳1間に引っ越した凪。仕事なし、家財道具なし、恋人なし。貯金もないけれど、自由と時間だけはある。

それに、環境が変われば新たな出会いもあります。隣の部屋に住むゴン(中村倫也)です。イベントオーガナイザーだという、やや正体不明の男ですが、我聞のように凪の内面に土足で侵入したりしません。

凪は、ゴンと話していると、ふわっと心が軽くなるようです。その象徴的シーンが、公園の原っぱに2人で寝転んで、ボーっと空を見上げたりする時間でしょう。我聞との間では出来なかった、「素のままの自分」でいられる凪です。

何しろ、凪のアフロヘアというか、モシャモシャヘアは天然なのに、「ストレートのさらさら髪」が好きな我聞に合わせて、毎朝、真っすぐに加工していたんですから。

そうそう、このゴンですが、コナリミサトさんの原作漫画では、長髪の真ん中分け、あごの下に微かな無精ひげ、そして結構ハキハキとモノを言う。そう、中村倫也さんとは、ちょっと違うタイプです。

しかし、ドラマとしては、「中村ゴン」がドンピシャでした。あの中性的ともいえる佇まいや物腰、ゆったりまったりしたしゃべり方で、これしかないという「ゴンさんワールド」を構築しています。

見ている側としては、今も凪に執着してアパートに押しかけたりする、あの我聞との「奇妙な三角関係」の行方が気になって仕方ない。

このドラマ、大きな事件が起きるわけじゃありません。文字通り、風が止まった凪のような日常が続いていきます。

とはいえ、元々生きること自体が冒険です。黒木、高橋、中村という芸達者たちの演技を楽しむと共に、「素のままの自分」で生きようとする「28歳、無職」の冒険から目が離せません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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