別れを告げた39歳のストライカー。色褪せないアドゥリスのゴラッソと記憶。
ゴラッソを沈めると、アリツ・アドゥリスは本拠地サン・マメスのコーナーに向かって走り出した。
そこは、常に彼の妻と2人の娘の「特等席」だった。アドゥリスが投げキスをして、両手を広げたゴールパフォーマンスをする。それが終わらないうちに、アスレティックの選手たちが雪崩れるようにアドゥリスに飛び掛かり、歓喜の声が爆発した。
これは今季のリーガエスパニョーラ開幕節のワンシーンである。ホームにバルセロナを迎えたアスレティックは、アディショナルタイムのアドゥリスのゴールで勝利を収めた。アドゥリスのバイシクルシュートで王者バルセロナを撃破したのだ。
そのアドゥリスが、現役引退を表明した。
■身体の限界
「自分がフットボールに別れを告げる前に、フットボールが自分に別れを告げるだろう。それは以前から僕自身が言っていたことだ」
2019-20シーズン途中に39歳を迎えたアドゥリスは負傷に悩まされていた。腰痛で思うようにトレーニングに参加できず、リーガ14試合出場(出場時間196分)にとどまっていた。
新型コロナウィルスの影響で、リーガエスパニョーラは11試合を残したところで一時中断。現在、再開に向けて動き始めているが、アドゥリスはスパイクを脱ぐ決意を固めた。史上初のバスク・ダービーとなったコパ・デル・レイ決勝でのプレーは叶わなかった。
「一日でも早く手術した方がいい。そうでなければ、日常生活に支障をきたす恐れがある。医者にそう言われた。望んではいなかったけれど、僕の身体に限界がきた」
■30歳を超えて進化
アドゥリスの家族はフットボール一家ではなかった。だがスポーツ一家ではあった。父親はスキーのコーチで、アドゥリスは中学生の時にクロスカントリーの全国大会で準優勝している。スキーに限らず、スノーボード、テニス、カヌー、サーフィン、様々なスポーツを経験した。
また、運にも恵まれていた。アンティグオコというバスクの街クラブで、シャビ・アロンソ、アンドニ・イラオラ、ミケル・アルテタといった選手たちとチームメートになった。いまから、およそ20年前、そのチームはユース世代でレアル・マドリーを4-2で撃破している。ひとつの「伝説」として、地元で語り草になっている試合だ。
2000-01シーズンに向け、アドゥリスはアスレティックのBチームに移籍する。2002-03シーズン、アスレティックを率いていたユップ・ハインケス監督の下、19歳でプロデビューを飾った。だがトップチームの壁は厚く、ブルゴス、バジャドリーを経て、一旦アスレティックに復帰したものの、そこからマジョルカ、バレンシアと複数クラブを渡り歩いた。
紆余曲折の末、2012年夏に再びアスレティックに復帰。道が、開かれようとしていた。
アドゥリスは30歳を超えて、「進化」した稀有な選手だ。
30歳までの公式戦得点数は61得点、30歳を超えての得点数は158得点である。2015-16シーズン、リーガエスパニョーラで20得点を挙げてサラ賞を受賞した。35歳を超えて20得点以上をマークしたのは、アドゥリスとフェレンツ・プスカシュのみだ。
勢いそのままに、EURO2016のスペイン代表メンバーに選ばれた。35歳で、初めてA代表の国際大会に参加。2016-17シーズンでは、ヨーロッパリーグのゲンク戦で5得点を挙げた。1試合5得点を記録した最初の選手としてEL史に名前を残した。
■記憶と記録に残る選手
アドゥリスはアスレティックで172得点を記録。クラブ史上6番目のゴールスコアラーとなっている。唯一のタイトルは、2015年のスペイン・スーパーカップだ。
だが彼の功績はそれだけではない。
「プロのフットボーラーとして、彼は模範だった。アドゥリスのキャリアを祝福したい」(シャビ・エルナンデス)
「チームメートとして、対戦相手として、一緒にやれて良かった。偉大なアリツ、君は常に模範だった。フットボールは君を恋しく思うだろう」(セルヒオ・ブスケッツ)
「おめでとう、君は偉大だ!」(シャビ・アロンソ)
「苦労を共にしたチームメートであり、敬意を払った対戦相手だった。こういった形での引退はフェアではない。だけど、これ以上、続けるのは不可能だった」(セルヒオ・ラモス)
「幾度となく口論した。ぶっ飛ばしてやりたいと思ったことだってある。だけど、物事に偶然はない。その克服の精神と競争心が、君を伝説にした。同じチームでプレーできたのは大きな喜びだった」(アンデル・エレーラ)
「私が指導した中で、ベストストライカーの一人だった」(マルセロ・ビエルサ)
多くの選手と指揮官が、彼に賛辞を送っている。
■愛される理由
「悲しい日ではない。幸福な日だ」
別れのセレモニーで、アドゥリスは気丈に振る舞った。
「この数日、たくさんのメッセージを受け取った。僕の予想を遥かに上回っていた。正直、圧倒されてしまっている。その恩を返すようなことが、僕にできるかどうか...」
「この期間、多くの時間を家で過ごした。それは決定的だった。これまではチームを助けるために耐えられていた。だけど、そのバランスが大きく崩れてしまった」
最後まで、チームを思うところが、彼らしい。エゴイスティックにゴールを求めなければならないポジションを務めた選手のコメントとは思えない。しかし、だからこそ、誰もがアドゥリスを愛してきたのかもしれない。