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過半数に届かず? EU離脱担う首相メイ「嘘つき、嘘つき」の批判跳ね返せず 深読み!イギリス総選挙

木村正人在英国際ジャーナリスト
キャプテン・スカの「ライアー・ライアー総選挙2017」より

最大の争点はブレグジット

[ロンドン発]イギリスの欧州連合(EU)離脱の行方を大きく左右する総選挙の投開票が6月8日行われ、午後10時(日本時間9日午前6時)に発表された出口調査では首相のテリーザ・メイ率いる保守党が過半数に届かず、ハングパーラメント(宙ぶらりんの議会)になる見通しが出てきました。EU離脱の行方は全く見通せなくなってきました。

英BBC放送などの出口調査によると、保守党314議席、労働党266議席、スコットランド民族党(SNP)34議席、自由民主党14議席などとなり、どの政党も過半数の326議席に届きませんでした。

世論調査会社YouGovによると、争点は5月末時点では、ブレグジット(イギリスのEU離脱)58%と国民医療サービス(NHS)44%、移民・難民問題35%、経済31%の順番でしたが、マンチェスターの自爆テロ、ロンドン橋の暴走・刺殺テロの続発で、ブレグジット57%、国防と安全41%、NHS40%、移民・難民問題36%、経済27%と、テロ対策が喫緊の課題として急浮上しました。

ブレグジットとテロ対策を重視する有権者は強硬左派の労働党党首ジェレミー・コービンより、面白みのかけらもないけれどコービンより無難なメイを選ぶとみられていましたが、メイのリーダーシップに大きな疑問を感じ取ったのでしょう。

さらに進んだ二極化

中高年層は保守党、メイ、EU離脱、ハード・ブレグジット(単一市場と関税同盟からも離脱)を支持する傾向が強く、若者は労働党、コービン、EU残留、離脱するにしてもソフト・ブレグジット(単一市場や関税同盟へのアクセスをできるだけ残す)を主張するという二極化がさらに強まっています。

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首相として初の選挙の洗礼はメイにとって非常に厳しいものになりました。EU離脱と移民制限(現在27万3000人の年間純増数を数万人台に抑制)、NHSの充実(NHSイングランドの予算を2022年度までに80億ポンド増額)を優先課題として政権運営に当たるはずでしたが、連立政権の樹立すら難しい状況になっています。

今回の総選挙を通じて、メイの指導者としての資質、政治手法には大きな疑問符が灯りました。

「メイはライアー(嘘つき)」

投票前夜の7日夜、筆者は「ブリクストン・ジャム」と呼ばれるライブハウスにいました。1950年代後半にジャマイカで生まれたスカ(Ska)のサウンドとリズムに乗せて、「ライアー(嘘つき)ライアー」の大合唱が始まりました。

「彼女(メイ)はライアー、ライアー。Ohhh。彼女はライアー、ライアー。信用なんてできないね。ノー、ノー、ノー、ノー」

「ライアー・ライアー」と応じる聴衆(筆者撮影)
「ライアー・ライアー」と応じる聴衆(筆者撮影)

「私たちはみんな知っている。政治家は嘘をつくのが大好きさ」「看護師は飯も食えず、学校は減った」「貧乏人からカネを奪うな、金持ちから取ってくれ」

保守党の緊縮策に対するキャプテン・スカのプロテストソング「ライアー・ライアー総選挙2017」がイギリスで大ヒット。イギリスのオフィシャル・シングル・チャート・トップ100で4位に入りました。

しかし、メイと保守党を激しく攻撃する内容のため、公共の電波を使用するTVやラジオでは「選挙期間中に政治的中立性を著しく欠く歌は放送できない」としてほとんど取り上げられませんでした。

トランペッターのジェイク・ペインター(筆者撮影)
トランペッターのジェイク・ペインター(筆者撮影)

「ライアー・ライアー」を仕掛けたキャプテン・スカのトランペッター、ジェイク・ペインターを楽屋に訪ねて、話を伺いました。ジェイクは次のように説明してくれました。

「この国の本当にたくさんの若者が、未来がないと悲観している。『ライアー2017』のヒットはそのことを物語る。彼らは政権交代を求めている。若者の多くはEU残留を望んでいた」

「昨年の国民投票で離脱と残留のいずれに投票した若者でも未来がないと嘆いている。コービン人気が急上昇したのと『ライアー・ライアー』のヒットの間にどんな関係があるのかは分からないが、メイが嘘つきだというメッセージが伝わったのは重要だ」

「保守党と自由民主党の連立政権が誕生した2010年から緊縮策が始まった。その時に最初の『ライアー』を作って抗議したが、今回はその焼き直し」

「7年間、社会保障、警察、病院、学校のすべてがカットされ、それがこれからも続こうとしている。緊縮策は生活に大きな影響を及ぼした」

「社会は悪くなっている」と語るジェイク(筆者撮影)
「社会は悪くなっている」と語るジェイク(筆者撮影)

「学生ローンは昔2000~3000ポンド(28万5000~42万7400円)だったのに、今や5万ポンド(712万円)に積み上がった。病院の待ち時間も長くなった。学校のクラスには生徒が押し込まれ、教師の目が十分に行き届かなくなった」

「7年前の『ライアー・ライアー』とはそんなに変わらないのに大ヒットしたのは時代が変わったからだ。社会は7年前より悪くなった。この歌を放送しないと判断したメインストリームのTV局やラジオ局は意気地なし。有権者がこれだけ抗議しているのに、放送できたはずだよ」

やっぱり「もしかしたらのメイ」

地滑り的勝利が予想されていた保守党がコービンの猛追を許したのはメイに一番の問題があります。

TV討論を含めたメイの選挙活動を見ていると、地方の中高年という保守党の支持層に温々と囲まれ、キャプテン・スカのジェイクが仕掛けたような厳しい批判に真正面から答えようとしませんでした。これに対してコービンは自分に向けられた疑問符に正々堂々と答えました。

メイはすでに大きなUターンを4つしています。

(1)昨年の国民投票ではEU残留派だったのに、ハード・ブレグジットに転向

(2)春の予算演説で掲げた自営業者や起業家に対する国民保険料(公的年金給付金やNHSの財源)の引き上げを取り止め

(3)2020年の任期満了まで総選挙はしないと言っていたのに突然、解散・総選挙を実施

(4)お年寄りが亡くなると持ち家を処分し、未払いだった介護費用の支払いに充てる新しい制度をマニフェスト(政権公約)に掲げるも「認知症税」という批判を浴びて撤回

英誌エコノミストはこれまでメイのことを「メイビ(Maybe、もしかしたらのメイ)」と揶揄し、その政治手腕を疑問視してきました。メイはプライベートや自分の胸の内を全く語らないので、誰もメイのことがよく分からないのです。

最大の問題はメイが自分1人で仕事を抱え込んで回りを十分には巻き込んでいないことです。そんな調子では気の遠くなる膨大な作業が待ち構えるブレグジットは乗り切れません。

1人で仕事を抱え込むメイ

気になるのは今回の総選挙で、メイの大学時代からの盟友、財務相フィリップ・ハモンドが全く出て来なかったことです。確かにハモンドは国民保険料の引き上げで大きな下手を打ちました。だからと言って、首相と財務相が互いに不信感を持つと、政権運営に大きな支障を来します。

労働党のブラウン政権で内閣府の首席エコノミストを務めたキングス・カレッジ・ロンドンの教授ジョナサン・ポルトは筆者にこう語りました。

「最大の問題は、(認知症税騒動が物語るように)介護など高齢者の負担を重くするという、どの党にとっても非常にセンシティブな問題について、メイが担当者や専門家に相談し、実際にどれだけのコストがかかるか検討した形跡がうかがえないことだ」

「保守党のマニフェストを見ても数字やそれに対する分析が見られず、信頼を失っている。メイは側近サークルだけで政策を策定している。十分なデータや分析を行っておらず、閣僚や官僚、広く党に諮らずに重要な事柄を進めようとする政治スタイルは災難の元だ」

最後にEU離脱に関する保守党のマニフェストをおさらいしておきましょう。

【保守党】ハード・ブレグジット

・EUの単一市場と関税同盟から離脱。EUとの深い特別なパートナーシップを模索

・円滑で秩序あるブレグジットを確実に行う。イギリスにとって条件の悪い合意なら結ばない

・EU離脱に際してイギリスの権利と義務について公平な決着を断固として目指す

・EU法をイギリス国内法に移し替えるために「Great Repeal Bill (大廃止法案)」を成立させる

ブレグジットはイギリスに災難をもたらす危険性が膨らんできました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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