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「ピアノシューズの特許権侵害で逮捕」のニュースに知財界隈がざわついた理由

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:特許5470498号公報

「特許取得のピアノシューズをアプリで無許可販売容疑 会社役員を逮捕」というニュースにX等で知財関係者から意外の声が聞かれます。特許権侵害で逮捕というパターンが前代未聞だからです。

特許権侵害については、法文上は

第百九十六条 特許権又は専用実施権を侵害した者(略)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

と結構ヘビーな刑事罰が規定されています。なお、刑事罰の適用には特許権の侵害に加えて(刑法の規定により)故意であることが要件になります。

しかし、現実には、特許権侵害が刑事事件化するケースはめったにありません。上記記事でも「県警が同法違反容疑で摘発するのは記録が残る1989年以降で初めて」と書かれています。

なお、家宅捜索→書類送検→不起訴というパターンであればないこともなく、たとえば、日本弁理士会の会誌「パテント」に担当弁理士先生が経緯を寄稿されています(わざわざ、記事化されるくらいなので大変珍しいケースであることがわかります)。

このような状況の背後には、特許権侵害の判断には技術的な専門知識が必要とされることが多いことから、民事訴訟の場で専門家を交えて差止や損害賠償について争われるべきであり、技術専門家ではない検事の判断で逮捕といったような重大な結果をもたらす行為に及ぶことは避けるべきといった考え方があるでしょう。実際、たとえば米国や英国の特許法では特許権侵害は刑事罰の対象外です。上記「パテント」の記事でも、技術の専門家ではない検事に特許権侵害の要件を説明するのに苦労したという担当弁理士先生の経験談が書かれています。

一方、商標権や著作権の場合には侵害者が逮捕されるといったケースはたまにあります。有名ブランド品のコピー品販売やマンガの丸ごとネットアップロード等、権利侵害が明らかで被害が甚大になり得、かつ、民事的手段では救済が困難といった場合には刑事罰の適用が好ましいケースがあります。

今回のケースは生産に関するライセンスだけを受けていた人が無断で販売まで始めてしまったことによるものであり(追記:この情報は冒頭の朝日新聞の記事ではなく茨城新聞の記事に基づきます)、(ライセンス契約の内容にもよりますが)故意性および商品が特許権の権利範囲に属することについては明らかなので、逮捕ということになったものと思われます。また、問題の特許は特許5470498号と思われますが、ピアノ演奏時にペダルを踏みやすくするための靴の形状に関する特許(タイトル画像参照)であり、侵害論については商品の外観を見れば比較的容易に判断が付く(無効論はまた別ですが)といった事情もあるでしょう。さらに、記事中には書かれていない諸事情(たとえば、何回か警告書を出したが無視されたのでやむを得ず警察に被害届を出した等)があったのかもしれません。

追記:その後、3月29日付けで不起訴になった(理由非公開)とのことです(参照記事)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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