【エイジテック革命】第1回 エイジテックとは何か
エイジテック(Age Tech)の時代
21世紀を迎え二十余年が過ぎた現在、第4次産業革命が進行していると言われています。AI、IoT、VR/XRなどの新技術とともにデータがこの産業革命の原動力を果たすことが期待されています。こうした動きの中、フィンテック、フードテック、スリープテック、フェムテックなどのデジタル・イノベーションが進んでいますが、エイジテック(Age Tech)もそうしたデジタル技術革新のひとつです。
エイジテックを一言で表現すると、「高齢者を対象とした各種のサービスやソリューションのデジタル技術革新」と言えます。各種のデータサイエンスの活用を通じ、これまで提供されてきた高齢者関連領域におけるサービスの改善がなされ、効果的な健康予防・健康維持法が創出され、高齢社会関連課題が解決されることが期待されており、実際にそうした動きが起こりつつあります。
エイジテックの対象領域は、健康維持や介護予防などのヘルスケア分野を中心としながら、必ずしもそれらの分野に留まるものではありません。より幅広い領域の高齢者課題テーマもエイジテックの対象で、高齢者の買い物支援、オレオレ詐欺防止、金融サポート、遺産相続、孤独を防止する人との繋がり支援などもエイジテックのテーマとなります。高齢化が進む中で高齢者の抱える課題はさまざまで、エイジテックが貢献できる領域は多岐に存在します。ここでは欧米諸国を中心とするエイジテックのスタートアップ、ベンチャー企業の動きを数回にわたり、紹介していきたいと考えていますが、まず最初にエイジテック伸長の背景について触れておきたいと思います。
拡大する世界レベルでの高齢者マーケット
エイジテックが注目される背景のひとつには、言うまでもなく世界全体が高齢化している事が挙げられます。国連の将来人口推計(2019)によると、世界人口総数は2020年の78億人から2050年には97億人となり、30年間で31億人増加すると見込まれています。
その中で最も増加率が高いのは65歳以上のセクターです。2020年時点で7億人の高齢者人口は、2050年に15億人と倍増、さらに2100年には25億人になると予測されています。2020年時点で世界人口の9%である高齢化率(65歳以上比率)は2050年には16%、2085年には世界全体が超高齢化社会の定義である21%を超えることが予測されています。
図表は、世界のエリア別に見た高齢化率予測ですが、アフリカを除き、ラテンアメリカ、ヨーロッパを筆頭にどのエリアも高齢化が伸長していくことがわかると思います。
世界規模での高齢者マーケットの出現を前にして、期待されるのがエイジテックという新たな高齢課題解決ソリューションなのです。
エイジテックを支える技術
初回として、エイジテックを支えるテクノロジーについて簡単に触れておきたいと思います。これは他のテック業界のテクノロジーとほぼ同様ですが、エイジテック視点での活用も含めて少し触れてみたいと思います。
1.インターネット/スマートフォン
多くのエイジテックに共通する基本テクノロジーとして挙げられるのがインターネットとスマートフォンの存在です。2000年頃からのパソコン普及は、インターネットの利用を広げました。2009年アイフォーン(iPhone)の登場を機に普及したスマートフォンは、多くの人々がネット接続し、メール、SNS、音声、映像などのさまざまな情報を閲覧・送信することを当たり前にしました。
そして、このスマートフォンの普及が、それまで一部の人のみ利用可能であった先端技術を手軽に利用できる道を開いたのです。現在のスマートフォンは、超小型のコンピュータと同様で小さな玉手箱のような存在です。アプリをダウンロードするだけで、さまざまなソフトウェアの活用が可能となります。近年は、カメラに指先を当てるだけで、心拍数や呼吸数、血中酸素度やストレスチェックを行うことが可能です。また画像や動画の送受信も行え、決済もスマートフォン経由で簡単に出来る。
エイジテックのソリューションを個人に届けるためのツールとしてスマートフォンは最適のツールと言えるでしょう。例えば、個人が健康測定ツールを活用するとして、仮にスマートフォンがなければ、注文の連絡をする、測定ツールを送付する、計測データを送り返す、利用料金を支払うなど、煩雑な個別作業が必要となりますが、スマートフォンではそれらが一台で事足りてしまいます。
今後、増加するさまざまな課題を抱える高齢者と、課題解決を図ろうとするエイジテックの橋渡しの役割を、このスマートフォンというデバイスは担っていくことになるでしょう。
そして、5Gによる通信技術の発展がこれをさらに加速させていくことになります。5Gは第5世代移動通信システムのことで、通信速度は4G時代より10倍以上早くなり、遅延速度も大幅に改善されます。こうした通信技術の発達により期待されるのが、医療や介護分野での遠隔診療や遠隔手術、遠隔介護への活用です。
2. IoT/センサー/ウェアラブル
IoTはInternet of Thingsの略で「モノのインターネット」と訳されます。モノ同士がネットワークでつながり、人間を介さずに相互に自律的に通信する仕組みのことを指します。センサーの向上と無線技術の発展により、家電製品やウェアラブルデバイスなど、センサーを搭載した機器が広がることにより注目が集まっています。
エイジテックの視点から見ると、住宅内の各所やメガネ、衣服、靴などにセンサーが設置されることにより、データを取得し、コンディションを確認することが可能となることに期待が寄せられます。
例えば、浴室センサーは、高齢者の風呂場内での転倒、溺水を監視することが可能です。トイレセンサーは、排泄物から健康状態をモニターすることが可能となります。ウェアラブル・デバイスでは、直裁的なヘルスデータ、心拍数や血圧、血糖値などを取得することが可能となり、常時健康状態をモニタリング、観察することが可能となります。
また、さまざまなモノにセンサーが接続されることにより情報は最終的にビッグデータ化され、分析・予測することが可能となります。さらに省電力でのネット接続を可能とするLPWA(Low Power Wide Area)の普及もIoTに貢献することが期待されています。
3.AI
そしてこうして収集されたビッグデータの解析に、最も効果を発揮することを期待されているのがAIの力です。収集されたデータを機械学習、深層学習(ディープラーニング)という統計的モデリングを行うことで、予測モデルを構築し、シミュレーションすることが可能となります。
例えば、「高齢者見守り」のケースを考えてみましょう。カメラやセンサーで遠隔地にいる高齢者の状態をモニターするのが、今までの一般的な見守りパターンですが、こうしたケースの場合、実際に高齢者が転倒する事態が発生して初めて異常を検知する、いわゆる事後の気付きが中心となります。これに対して、AIを活用した見守りでは、あらかじめ高齢者の日常行動の様子を一定期間カメラやセンサーで捉え、これを高齢者の日常生活パターンとしてAIに機械学習させます。そしてその後、もし高齢者が日常の行動と異なる不審な動きを行った場合(例えば、認知症による徘徊や頻回なトイレなど)、従来の生活パターンから逸脱する行動が伺える場合には、あらかじめ関係者に警告するなど、事前の対応が可能となります。
健康寿命を伸ばしていくために、現在注目されているのは、慢性疾患の重篤化予防、介護予防など、予防文脈での健康維持ですが、AIはそうした分野でも大いに力を発揮してくれることが期待されています。
4.VR(バーチャル・リアリティ)
VRもエイジテックの中で重要な役割を果たす技術と言えます。理学的リハビリテーションは一般に理学療法士や作業療法士のもとで行われますが、VRを活用したリハビリでは、こうした人的労力を一定程度低減させる効果が期待されています。またゲーミフィケーションの活用などにより、肉体的に辛いリハビリを少しでも楽しいものに変換させていく効果や、データ取得を通じたエビデンスの検証なども期待されるところです。
5.ロボット技術
ロボットもエイジテックで期待される技術です。ロボットの活用可能性はいくつかの分野に分かれますが、高齢者の孤独を解消するコミュニケーションロボットという方向性、介護や労働の分野での人的サポートなどが考えられます。ロボットはAIやセンサーなどの発達により、よりセンシティブな技術として育っていくことが期待されています。
以上、連載第1回目は、エイジテックの全体概要について述べてみました。次回は、エイジテックの国別動向に触れることにいたします。