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最新研究が明かすアトピー性皮膚炎の謎:サイトカインの役割と革新的治療法

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【アトピー性皮膚炎の複雑な病態メカニズム:サイトカインの重要性】

アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う慢性的な炎症性皮膚疾患です。この病気の発症と進行には、免疫反応の乱れ、皮膚のバリア機能の低下、そして強いかゆみが複雑に絡み合っています。

近年の研究により、サイトカインと呼ばれる小さなタンパク質が、アトピー性皮膚炎の病態において中心的な役割を果たしていることがわかってきました。サイトカインは、体の免疫システムで情報伝達の役割を担っており、適切に働くことで私たちの健康を守っています。しかし、アトピー性皮膚炎では、特定のサイトカインが過剰に作られることで、様々な問題が引き起こされるのです。

例えば、IL-4やIL-13というサイトカインは、皮膚の保湿に重要なフィラグリンというタンパクの産生を抑制してしまいます。フィラグリンは皮膚のバリア機能を維持する上で重要な役割を果たしているため、その減少は皮膚の乾燥や外部からの刺激に対する脆弱性につながります。

また、IL-31は強いかゆみを引き起こす原因となることが知られています。かゆみは単なる不快な症状ではなく、掻くことで皮膚がさらに傷つき、炎症が悪化するという悪循環を引き起こす要因となります。

さらに、IL-22は表皮の肥厚を促進し、IL-17Aは炎症反応を増強させる働きがあります。これらのサイトカインが複雑に絡み合うことで、アトピー性皮膚炎特有の症状が形成されていくのです。

【革新的な治療法:サイトカインを標的とした生物学的製剤】

これらのサイトカインの働きを抑える新しい薬が開発され、アトピー性皮膚炎の治療に大きな進歩をもたらしています。これらの薬は生物学的製剤と呼ばれ、体の免疫システムに直接働きかけることで、従来の治療法では難しかった重症例にも効果を発揮します。

代表的な薬としては、デュピルマブ(商品名:デュピクセント)があります。この薬は、IL-4とIL-13の働きを抑えることで、炎症を軽減し、皮膚のバリア機能を改善します。中等度から重度のアトピー性皮膚炎の患者さんに対して、高い効果が確認されています。臨床試験では、使用後16週間で患者さんの75%以上に症状の改善が見られたというデータもあります。

また、ネモリズマブという薬は、IL-31の働きを抑えることで、かゆみを軽減する効果があります。かゆみは患者さんのQOL(生活の質)を大きく低下させる要因なので、この薬への期待は大きいです。臨床試験では、使用後4週間でかゆみの強さが約40%減少したという結果が得られています。

さらに、トラロキヌマブやレブリキズマブといったIL-13を標的とした薬も開発されており、これらも有望な結果を示しています。

【治療の個別化と今後の展望:期待と課題】

アトピー性皮膚炎の症状や原因は人それぞれ異なります。そのため、患者さん一人ひとりに合わせた治療法を選択することが重要です。

例えば、IL-22というサイトカインを標的としたフェザキヌマブという薬は、特に重症のアトピー性皮膚炎の患者さんに効果があることがわかっています。臨床試験では、IL-22の発現が高い患者さんでより顕著な改善が見られました。このように、患者さんの状態に応じて最適な治療法を選択できるようになってきています。

一方で、マウスの実験では効果があったにもかかわらず、人間では十分な効果が得られなかった薬もあります。例えば、IL-33やTSLPを標的とした薬は、期待されたほどの効果を示しませんでした。エトキマブ(抗IL-33抗体)やテゼペルマブ(抗TSLP抗体)の臨床試験では、プラセボと比較して有意な改善が見られませんでした。

このことは、マウスと人間では病態が異なる可能性を示唆しており、今後の研究課題となっています。動物実験の結果を人間に適用する際には、慎重な検討が必要であることが改めて認識されました。

サイトカインを標的とした新しい治療法は、これまで難治性とされてきたアトピー性皮膚炎に対して、大きな希望をもたらしています。特に、IL-4/IL-13やIL-31を標的とした薬剤の成功は、アトピー性皮膚炎の病態におけるこれらのサイトカインの重要性を裏付けるものです。今後は、さらに詳細な病態解明が進み、より効果的で副作用の少ない治療法が開発されることが期待されます。

また、これらの研究成果は、アトピー性皮膚炎以外の炎症性皮膚疾患の治療にも応用できる可能性があります。例えば、乾癬やじんましんなどの疾患でも、特定のサイトカインが重要な役割を果たしていることが知られています。

しかし、課題も残されています。例えば、これらの生物学的製剤は高額であり、すべての患者さんが利用できるわけではありません。また、長期的な安全性についてはさらなる研究が必要です。さらに、一部の患者さんでは十分な効果が得られない場合もあり、そのような患者さんに対する代替治療の開発も求められています。

アトピー性皮膚炎の治療は日々進歩しています。症状でお悩みの方は、最新の治療法について皮膚科の専門医に相談されることをおすすめします。

参考文献:

Yamamura Y, Nakashima C and Otsuka A (2024) Interplay of cytokines in the pathophysiology of atopic dermatitis: insights from Murin models and human. Front. Med. 11:1342176. doi: 10.3389/fmed.2024.1342176

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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