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王者渡辺明棋聖(36)完璧な指し回しで藤井聡太七段(17)を降しカド番をしのいで1勝目 棋聖戦第3局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月9日。東京都千代田区・都市センターホテルにおいて第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局▲藤井聡太七段(17歳)-△渡辺明棋聖(36歳)戦がおこなわれました。9時に始まった対局は19時12分に終局。結果は142手で渡辺棋聖の勝ちとなりました。

 五番勝負はこれで渡辺棋聖1勝、藤井七段2勝。渡辺棋聖はカド番をしのぎ、逆転防衛に望みをつなぎました。

 また渡辺棋聖は藤井七段を相手に公式戦3連敗のあと、本局で初勝利をあげました。

 今期ここまで12勝1敗(公式表示)の藤井七段は小休止の格好となりました。

 第4局は7月16日、大阪・関西将棋会館でおこなわれます。

渡辺棋聖、カド番を恐れない堂々の指し回し

渡辺「状況が苦しかったんで、開き直ってというか、ちょっと思い切って行こうかなというか。決めてきたところはどんどん指して、っていう形でちょっと思い切って行こうかなって思ってたんですけど」

 局後に渡辺棋聖はそう語っていました。

 先手番は藤井七段。第1局は矢倉で、本局は角換わりでした。

藤井「角換わりで腰掛銀にしようかなと思ってました」

 藤井七段のエースとも言える得意戦法。それはもちろん、渡辺棋聖も想定済みでした。

渡辺「一応、予想の本命というか」

 両者ともに前例を踏まえた上で、さらにその先まで深い研究をしていたため、かなり早い進行となりました。後手番・渡辺棋聖はまず先攻を許す形となりますが、ふところ広く受け止めます。

 そして渡辺棋聖は反撃に移りました。

渡辺「午前中(76手目△8五歩まで)はもちろん想定の範囲内でやってるんですけど。その後はそうですね、先手の対応も広いんで」

 対して藤井七段は驚くようなきわどい順を選んで受けに回り続けました。

藤井「途中まで考えたことのある形だったんですけど。こちらの玉形が見慣れない形だったのがちょっと、まとめられなかったかな、という気がします。(想定していたのは)△9九角成▲7七桂・・・というのは難しいイメージだったんですけど」

 藤井七段の玉は端の9七の地点に追われます。

 90手目。渡辺棋聖は△9九飛と王手をかけました。そこで藤井七段はじっと考え続けます。

藤井「その後、△9九飛車と打たれて対応がわからなかったです。その後、いくつかミスが出てしまったかなと思います」

藤井「△9九飛車がちょっと読みにない手で。形勢としてはいい勝負というか、難しいのかなと思ったんですけど。端玉で、あまりない形なので、そのあと、まとめ方がわからなかったです」

 おそるべきことに、渡辺棋聖はそのあたりまでも研究でカバーしていました。

渡辺「△9九飛車打ったあたりまで考えたことはあったんですけど。ただ、ちょっと、変化が広いんであんまり・・・きちんと調べている・・・(わけではない)。ちょっと変化が多いんで」

 藤井七段は1時間23分の長考で銀を打って合駒をしました。対して渡辺棋聖は10分考えて馬を逃げます。

渡辺「予定としてやってるんで。合駒なら馬逃げて、っていうか」

 王位戦挑戦者決定戦、永瀬拓矢二冠戦。藤井七段はやはり最後、永瀬二冠の一段目からの飛車の王手に二段目に銀合をしています。そこで藤井玉は詰まず、王位挑戦が決まりました。

 一方で本局はまだまだ先が長いところ。藤井玉はまだ詰まないものの、渡辺玉もまだまだ詰みません。

 藤井七段の長考で、残り時間藤井41分、渡辺2時間33分となりました。異例のハイペースで進んだものの、終局まで早くなるということはなく、時間を目一杯使っての終盤戦です。

 94手目。渡辺棋聖は端で耐える藤井玉に向かって端歩を突きます。

「端玉には端歩」

 という、将棋のセオリー通りの一手。王位戦七番勝負第1局では、藤井七段もそうした一手を指して、木村一基王位の玉を攻略しています。

 ABEMAには藤井七段の師匠である杉本昌隆八段が出ていました。杉本八段は昨日、大阪・関西将棋会館でB級2組2回戦の対局を指し、谷川浩司九段を相手に優勢に進めながら、最後の最後で誤って逆転負けを喫しています。

 杉本八段は今朝、新幹線で大阪から移動し、愛弟子が戦う東京の対局場を訪れています。

高見「藤井七段がついにタイトルまであと1勝となっているんですけども、杉本先生、師匠としての気持ちはいかがでしょうか?」

杉本「今回どうなるかっていうのはもちろんわかりませんけれども、これは決められていることなので、既定路線ですから、そういう意味では安心して見てられるんですね」

高見「師匠の信用がすごいですね」

杉本「今日の将棋は正直どうなるかわかりませんけど、いつかは絶対取ると、みんな思いますよね?」

 あっはい思います。モニターの向こうで、そううなずかれたファンの方も多かったのではないでしょうか。

 渡辺棋聖は端歩を突き捨てた後、端に2枚目の香を打つ「二段ロケット」の形を築きました。まだまだ難しいところではありますが、どちらかといえば藤井玉の方が危険度が高いようです。

 杉本一門で藤井七段の姉弟子にあたる室田伊緒女流二段が杉本八段に尋ねます。

室田「最後にいま、藤井七段にメッセージを送るとしたらいかがですか? まだ対局中ですけど(笑)」

杉本「今ですか? いや、うーん、まあ、そろそろ散髪したらとか・・・。ちょっと伸びてません? 切ったかなあ? なんか長いような気がするんですけど」

室田「ちょっと長いかなと思いました(笑)」

杉本「(散髪に)行く暇ないでしょうね。でもだいぶ伸びたなあ、と思うので・・・。そろそろ切った方がいいよ、と」

 藤井七段の髪についてはSNS上でも話題になっています。「短い方がいい」「今のように長い方がいい」どちらの声もあるようです。

 比較的時間に余裕ある渡辺棋聖。とはいえさほど時間を使わずに、自信ある手つきで指し進めていきます。形勢は少しずつ、渡辺棋聖の方に傾いていきました。

 112手目。渡辺棋聖は33分考えて、じっと△7八馬と入り、9七の藤井玉に迫ります。

渡辺「△7八馬と入ったところはちょっと指しやすいとは思ったんですけど。ちょっと終盤、読んでない手がなんかいっぱいあったんで。ちょっとそのあたりは・・・」

 藤井七段は最後の1分を使って、あとは60秒未満で指す一分将棋となりました。

 渡辺棋聖は金取りに歩を打ちます。これが少し気づきにくい、寄せの決め手でした。

 受けが難しくなった藤井七段。ここから王手の連続で渡辺玉に迫ります。

 119手目。藤井七段はあえて、相手の馬が利いているところに香を打って王手をかけます。これははっとするような勝負手。渡辺棋聖がもし馬でその香を取れば大逆転。玉を上がりながらかわすのは大頓死。対応を間違えると、あっという間に逆転します。

 ここで渡辺棋聖は36分の残り時間があります。偶然残っているのではなく、もちろんペース配分を考えた上での成果です。

渡辺「想定をはずれたあとがやっぱりちょっと難しい。かなりもう、いきなり終盤戦という将棋なんで。時間はだいぶないと分が悪いなと思ってたので、そのあたりはまあ、作戦としてそう進めてたというか、はい」

 渡辺棋聖は時間を使い、腰を落として慎重に考えます。

森内「渡辺棋聖、いつもこんなに慎重ですかね?」

 森内俊之九段がそうつぶやきます。渡辺棋聖は慎重に慎重を重ね、残り10分を使って、手堅く歩で合駒をします。そして渡辺玉は寄せづらい相手の桂頭に逃げ、きわどく詰みません。

 藤井七段は自玉に迫る馬を消しながら渡辺玉を受けなしにして、下駄をあずけます。

 最後は藤井玉が詰むかどうか。渡辺棋聖には24分が残っています。藤井玉は、なるほど長手数で詰むようです。しかしその手順は解説の森内九段、高見七段が驚くほどに難しい。

森内「ソフトは100回やったら100回勝ちますけど、人間ですからね」

 棋聖戦第1局も最後は詰むや詰まざるやとなりました。そして藤井七段はきわどく正確に逃げ切って、見事に詰まずに逃げ切りました。

渡辺「ちょっと上に逃げられる手をうっかりしてたんで。時間があったのでなんとか冷静になれたというか。そういうところはありました」

 130手目。6分を使った渡辺棋聖は歩で金を取り、と金を作って王手をかけます。これが正解手順で、藤井玉は詰んでいます。「さすが」と森内九段は声をあげました。

 渡辺棋聖は慎重を期してまた考えます。やはりその詰み手順は、そう簡単ではありません。

森内「藤井玉の耐久力はすごいですね」

 渡辺棋聖、3分を使って龍で香を取って王手をかけます。やはりこれも正しい王手。さすがは王者というところでしょう。

 また一方で、ここまできわどい形に持ち込んだ藤井挑戦者も強い。

森内「今日はちょっと惜しくもという感がありましたけれども、また4局目以降も続きますんでね」

 138手目。渡辺棋聖は角で王手をかけます。これも詰将棋のような捨て駒。もし取られれば、藤井玉を下段に落とす形で詰み。逃げればその角が遠く渡辺陣にまで利き、渡辺陣にまで逃げ込んだ藤井玉の死命を制することになります。

 142手目。渡辺棋聖は銀で王手をかけました。これもまたただで取られる駒です。しかし取られればもちろん、藤井玉は詰みます。

 藤井七段はマスクをずらし、冷たいお茶を飲みます。作法として、投了を告げる際に声がかすれないように、のどをうるおすためにお茶を飲む棋士もいます。藤井七段もまた、その例にならう意図があるのでしょうか。

「負けました」

 藤井七段は大きくよく通る声で投了を告げ、深く一礼しました。

 渡辺棋聖も一礼。そしてはずしていた白いマスクをつけました。

高見「解説するこちらも手に汗握るすごい熱戦でした」

森内「いい将棋でしたね、本当に」

高見「勝敗以上に、いい将棋を解説できたことがよかったと思いますね」

 解説者が感嘆するように、両者の強さが存分に発揮された一局だったでしょう。

 素晴らしい内容の対局は、終了図もまた不思議と品格を感じさせるものです。本局の終了図もまたそうでしょう。

渡辺「とりあえず一つしのぐことができたんで。まあ、依然としてカド番ですけど・・・。この勢いで来週がんばれればいいかなと思います」

渡辺「作戦が当たったところはあるんで、勝ち方の部類としてはあんまり、それはいいものではないんでしょうけど、まあでもカド番だったので、あまりそういう贅沢を言える状況ではなかったかなとは思うので、結果に満足して次に向かいたいと思います」

 名人戦、棋聖戦と黒星が続いていた渡辺棋聖。本局が反転攻勢の一局となるでしょうか。

藤井「今日の将棋の内容を反省して、次につなげられたらと思います。第4局、またすぐあるので、またいい状態で臨めるようにしたいと思っています」

藤井「自分としては普段通り対局に臨めたかなと思ってるんですけど。途中ちょっとミスが出てしまったのは実力かなと思います」

 散髪を行く時間もない(?)ほどのハードスケジュールの藤井七段。今後も対局は続いていきます。

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 棋聖戦第4局は来週7月16日、関西将棋会館でおこなわれます。

 第3局で立会人を務めていたのは現役で2番目に年長の青野照市九段(67歳)。

 次の第4局で立会人を務めるのは現役最年長の桐山清澄九段(72歳)です。

 17歳から72歳まで、幅広い年代の棋士が活躍しているところが、将棋界のよさの一つなのでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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