なぜ、これほどまでにJR北海道の経営改革は進まないのか。陰にある大人の事情を暴露してみた。
JR北海道の経営が危機に瀕していると言われています。
JR北海道は数年前から一生懸命経営改善に努力しているというのに、なぜ、過去最大の赤字を計上するようなことが起きているのか?
誰も口に出さない大人の事情があるとしたらそれは何なのか?
決算書を見て振り分けられた後の数字を分析しても鉄道会社の決算書はある意味特別なものですからあまり意味がありません。
今後の経営をどうするかを考えた場合、根本的な部分を考えなければ先に進むことができないと思います。
ではその根本的な部分は何かというと、商売の原理原則ではないでしょうか。
昔から経営再建を示すことわざに「入るを量りて、出ずるを制す」というのがあります。
入ってくるお金の量をしっかりと見極めて、それを超えないように出費を抑えることで行政機関などは財政再建ができるという意味で使われています。
これを民間企業の経営改革に用いるとすれば、差し詰め「入るを図りて、出ずるを制す」ということになると考えます。
「入るを図る」とは、「量る」ではなくて「図る」。つまり、入ってくるものをもっと多くするということで、売り上げを上げる画策をするということであり、「出ずるを制す」とは赤字部門を削減するということ。売り上げを上げる努力をしながら、同時に赤字部門を減らしていけば、基本的には経営も改善されるはずです。
世の中にはこのように原理原則というのがあり、その原理原則に従ってしっかりと経営を行なえば、自ずから改善されるというのが一つの決まった法則ですから、当然民間企業であるJR北海道もそれに従った経営改革を行っていけば経営改善ができると考えられます。
では、それはどういうことかというと、通常は一番儲かっている主力商品の提供にさらに力を入れて売り上げを伸ばしながら、一番不採算な部門を思い切って切り離す、あるいはやめるということです。
この2つを同時に行って行けば、自ずから経営改善は道が開ける。これが世の中の経営再建の原理原則です。
では、JR北海道の中で、一番儲かっている商品は何かというと、小樽、札幌から新千歳空港を結ぶ「快速エアポート」です。
6両編成の快速電車が15分間隔で朝から晩まで走り、どの列車も立ち客が出るほど満員で、朝夕には運びきれないほどのお客様でごった返していて、その様子はまるで東京の通勤電車さながらです。
その6両編成中1両にUシートと呼ばれる指定席車が連結されていて、混雑した電車でもワンコインで座席が確保できるため、常に満席状態です。
一番儲かっている商品をもっとテコ入れして売り上げを伸ばすという原理原則に従って、JR北海道はこの快速エアポートという商品をもっと増強すれば経営改善に大きく貢献することは明らかでしょう。
今、6両編成で大混雑しているのであれば8両、10両編成にして、Uシートが満席であればそのうちの2両をグリーン車にするとか、15分間隔の運転であれば10分間隔、あるいは5分間隔にして、もっともっと輸送力を上げる。こういうことを行なえば収益改善に結びつくのは明らかなんですが、実際にはJR北海道にはできないんですね。
その理由は新千歳空港駅の構造にあります。
新千歳空港のホームは6両編成が止まるのにギリギリの長さしかなく、南千歳駅から分岐する新千歳空港駅への進入線路は単線ですから、列車の編成を長くすることも、列車の運転本数を増やすこともできないのです。
今の新千歳空港駅はJRになってから後の1992年の開業。計画そのものは1980年代からありましたが、国鉄の分割民営化で工事計画が遅れ、民営化後には建設費をできるだけ安く抑える観点から単線で地下化建設されて、駅ホームの長さも当時の基準である6両編成の電車が停まることができる最低限の長さで建設されました。
ここがネックとなっていますから現状JR北海道では一朝一夕に快速エアポートの輸送力を増強することができないのです。
また、快速エアポートのUシート指定席券はどういう購買傾向があるかというと、航空機の発着状況に左右されるわけですから皆さん乗車の直前に購入される。筆者などは札幌へ向かう飛行機の中でWifiを接続して飛行機の到着時刻にちょうど接続する列車の指定券を購入するのが常ですから、他の列車の指定券のように1か月前の発売開始に買われる人などほとんど存在していないのです。だとすれば、快速エアポートの指定席は全国のみどり窓口での販売ではなく、例えば首都圏の普通列車や快速列車のグリーン車で行われているようなホームでのICカードでの販売などに置き換えるなど、もっと乗車直前の購入方法を充実させるべきで、快速エアポートの停車駅とネットだけで販売すれば十分事足りるわけですが、JRの指定券はマルスというシステムに入っている。そしてそのマルスで発券される指定券は発券手数料がかかるわけですが、東京ー新大阪15000円の新幹線の指定席も、快速エアポートの510円のUシートも発券の手間は同じですから、安い切符にもかかわらずしっかり手数料だけ決められた金額がチャージされる仕組みなんですね。そしてJR北海道はグループのマルスから抜けることが現状ではできていないのです。
このように、本来であればお客様が増えてうれしい悲鳴のはずが、輸送をさばくだけで精いっぱいの状態という会社にとって最大の課題になってしまっているのが「快速エアポート」の現状で、まして新千歳空港駅は空港の真下ですから、路線を苫小牧方面へ延長して列車の折り返しをなくして停車時間を短縮し列車本数を増やすことも、駅構内やホームを延長して列車の編成を長くすることも容易にはできない状況にあるのです。
つまり最大の売れ筋商品を増産して収入を伸ばすための「入るを図る」ことができない環境ということになります。
経営再建のもう一つの大きな手段としてあげられるのが「出ずるを制す」。つまり大きな赤字を出している不採算部門の切り離しです。
大企業の経営再建でもいつも話題になりますから皆様方も当然のようにご納得されると思いますが、ダラダラと赤字を垂れ流す不採算部門、それも会社の中で一番大きな赤字を出している部門を切り離すというのが、経営再建の定番セオリーであります。
では、JR北海道の「商品」の中で最大の赤字を出しているものは何だと思いますか。
それは2年前に開業した北海道新幹線なんです。
北海道新聞の報道によると、北海道新幹線単体の営業赤字は年間100億円規模に拡大すると言います。
経営が苦しくて、キャッシュフローがにっちもさっちもいかない会社が、100億円の赤字を出している不採算部門があるのであれば、それを切り離して赤字を止めるべきだというのも、これまた経営再建のセオリーですね。
でも、JR北海道にはそれができないんです。
どうしてか。
それは国鉄の分割民営化や整備新幹線計画を取り巻く長い歴史の中にたくさんの大人の事情が存在するからで、そういう大人の事情にがんじがらめにされて、経営再建の基本原則である「入るを図りて、出ずるを制す」ということが全くできていないのがJR北海道の経営再建なのです。
では、そのJR北海道は経営再建のために何をしているかと言えば、過疎地のローカル線の無人駅を廃止にしたり、整備すればまだ使えるだろう車両を処分して新車に置き換えたりしているわけで、一番大きな赤字を制することをせず、一番大口の収入源の拡大を図ることをせず、なぜ数字的に直接経営再建に結びつかないような田舎の過疎地の無人駅を廃止したり、歴史的価値がある車両を片っ端から処分していくかと考えると、それが経営的な改善を表明することができる唯一の方法だからです。
では、その方法とは何かというと、それはつまり資産の処分なんですね。鉄道会社というのはご存じの通り最大の不動産所有会社であり、資産所有会社です。ということは決算書上に資産が計上される。そうなると当然固定資産税や減価償却の対象になります。古い車両を残しておけば当然修繕費用が計上されます。そしてこれらはすべて費用ですから数字上は経営改善の妨げになります。
駅を廃止して、すれ違いできる構内の線路を剥がして最低限のものだけ残すことで資産から抹消し、旧型の車両を解体して帳簿から抹消し、国からの補助金で購入した新型車両に置き換えれば当該年度で一括償却できますから資産として残りません。そうなれば減価償却も発生しなければ、新車ですから当面の修繕費用も発生しません。そうやって、どんどん資産を減らしていくこと以外に、経営改善を数字で示すことができないのです。
そして、そういうことを実行されると、歴史的価値がある駅や車両が潰されていくばかりではなく、今後、売り上げアップのための列車の増便なども一切できなくなる。つまり将来の可能性を閉じてしまうことになるわけですから、筆者はその所に危機感を感じているのです。
誰も利用しないようなローカル線の無人駅を廃止してどれだけ赤字が削減されるのでしょうか。
詳しい数字は発表されていませんが、1駅廃止してせいぜい年間数百万円程度でしょう。100駅廃止したところで数億円です。単年度赤字400億円以上という1日1億円以上の赤字を計上している会社が経営改善のためにやることではないはずですが、数字的なものよりも、駅を廃止にして路線を廃止にすることは、外部に対して「一生懸命経営改善している」というアピールをすることができる大きな手段なのです。なぜなら、再三申し上げているように、経営改革の基本である「入るを図りて、出ずるを制す」が、JR北海道の場合行うことができないからなのです。
今回発表された中間決算時点での北海道新幹線の赤字額が100億円ということは、会社としての最大の不採算部門を切り離しさえすれば、夕張線や札沼線などの路線も廃止する必要はなくなるかもしれません。でも、それができない。その理由は大きな大きな大人の事情があるわけですから、第3セクター鉄道の社長を9年間経験させていただいた筆者としては、JR北海道の島田社長のご苦労が本当によく理解できるのであります。
島田社長さんは大変だろうなあ。
いろいろ大人の事情に挟まれて、経営の基本原則が通用しない名ばかりの民間企業の経営再建を任されて。
では、北海道新幹線は必要ないのでしょうか?
青函トンネルは必要ないのでしょうか?
筆者はそうは思いませんし、読者の皆様方もそうは思わないと思います。
北海道新幹線も青函トンネルも必要なのです。
では、誰が必要なのかというと、北海道民にとって必要なのであり、東京や大阪をはじめとする本州の人間にとっても必要なのであります。
日本の国の物流を考えた場合、青函トンネルは無くてはならない存在ですし、北海道新幹線の札幌延伸は道民の悲願です。
ただし、経営再建を行っているJR北海道にとっては必要ではないのです。
国民のためには欠かせない存在で必要であるものの、経営再建中のJR北海道にとってはお荷物になるので必要ない。
にもかかわらず、JR北海道にそれを背負わせて、結果として「赤字をなんとかしろ」とその部分だけ経営の原則をJR北海道に求めるとすれば、北海道内のローカル線ばかりでなく、北海道新幹線も青函トンネルも、日本国民全体の生活に係わる大きな問題を、われわれ内地(本州)の人間はJR北海道という会社の再建に委ねて自分たちの生活の一部を任せていることになるのです。
そして、皆さんは本当にそれでよろしいのでしょうか。
つまり、JR北海道の問題というのは、私たち内地(本州)に住んでいる人間の問題でもあるのです。
北海道のPR広告に「試される大地」と大きく書かれているのをよく見かけます。
でも、それは違うのではないでしょうか?
本当に試されるのは北海道の大地ではなくて、私たち内地(本州)の人間なのだと筆者は考えます。
そう、JR北海道の問題で本当に問われているのは「試される内地」なのではないでしょうか。
マスコミの皆様方が、大人の事情に配慮して一切書かないJR北海道の経営再建のニュースを、今は一般人である元業界関係者として、本日は記してみました。
もっと本音で語り合わないと、今のタイミングを逸したら、この国のインフラがどんどん台無しにされていく。
安倍首相が本当にフェアで、オープンでオネストな人物であるのか。
JR北海道という会社の改革ではなくて、日本にとっての北海道をどうするかという点に関して、本当の意味でその真価が問われている。
そう思うのは筆者だけではないと思いますが、いかがでしょうか。
※筆者撮影以外の写真提供:丸山裕司氏(北海道鉄道観光資源研究会)