上司が部下を評価しない制度をなぜ選ぶ?独自給与制度の3社が討論
昨年、働き方改革は「給料の決め方」にメスを。主観で決める、全員一律など、5社の独自給与制度をみると題して常識にとらわれないユニークな給与制度が、働き方や業績にも好影響を与えている例を紹介した。その中に登場した以下の3氏が、「働き方改革は給料の決め方改革」と題するパネルディスカッションを行った。
- 株式会社ソニックガーデン 代表取締役 倉貫義人氏
- 株式会社カヤック 人事部 柴田史郎氏
- ダイヤモンドメディア株式会社 代表取締役兼共同創業者 武井浩三氏
イベントは、毎年11月23日の勤労感謝の日を含む1週間を通して行われる「Tokyo Work Design Week」内のプログラムとして開催された。進行役は、多摩美術大学に在学中で、学生起業家、ファッションデザイナーとして活躍するハヤカワ五味氏(株式会社ウツワ 代表取締役)。自身の経営上の課題でもある人材採用、評価、処遇の仕方について、パネラーに様々な疑問を投げかけた。ハヤカワ氏と同様、組織の人事施策を考える方々の参考になるであろう内容をお伝えする。
共通点は、上司の評価で給料が決まらないこと
まずは、3社の給与制度の概要を改めて紹介する。
ソニックガーデン〜一人前になれば給料は一律〜
ソニックガーデンの給与制度の最大の特徴は、“成果によって差を付けない”という点だ。そもそも評価制度というものがなく、成果を測ることをしない。個人の能力と役割による階級のようなものは存在するが、それも“一人前”と“弟子”というかなりシンプルなものだ。未経験から仕事のイロハを教わっている最中が“弟子”で、その段階を卒業すると“一人前”。“一人前”は年俸制で金額は全員一律、賞与はその期の会社の利益を平等に分配する。
このようなやり方が成り立つ背景には、全員の職種がプログラマで、システム開発という仕事が好きで仕方がないというような人しか採用していないということがある。これについては、この後のパネルディスカッション内で詳しく語られた。
カヤック〜社員の相互評価や運で給料が決まる〜
カヤックの給料は次の3つの要素で決まる。
1.社員の相互投票
基本給は社員同士の評価を元に改定される。半年ごとに全社員が仕事で関わりのある10〜20人ずつのグループに割り振られ、そのグループ内で相互に、「自分が社長だったら」という観点で月給を多く分配したい順に順位を付ける。それを人事部で集計し、全社員を7段階のランクに分け、ランクに応じた基本給を各自に設定している。
2.上司の主観
賞与は、各事業の業績に応じて割り振られる賞与原資を元に、事業責任者がメンバーの貢献度を主観的に判断して分配する。
3.運
同社のユニークな制度としてよくメディアでも取り上げられる「サイコロ給」は、運で月給が増えるというもの。毎月1回、社員が自分でサイコロを振り、「基本給×(サイコロの出目)%」が給料に付加される。
特徴は、社員や上司の主観、運に委ねられていて、「◯◯をしたら評価が上がる」といった明確な基準がないということ。柴田氏はこの方が社員の納得度が高く、外部環境や事業の状況の変化に適応した評価が実現しやすいという。
ダイヤモンドメディア〜各自の給料をみんなで話し合って決める〜
「ホラクラシー」と呼ばれる独特の経営を実践するダイヤモンドメディアには、役職や社員間の上下関係というものがない。会社の財務情報も含むあらゆる情報を共有し、その都度みんなで話し合ったり、やりたいことがある人がリーダーシップをとったりしながら、事業を行っている。
毎月の給料は、基本給+各種手当て+実力給で決まる。こう書くと、一般的な会社とあまり変わらないような印象を受けるかもしれないが、内実はかなり異なる。
「基本給」は、個々の社員の年功や階級などで変わるものではなく、社員である限り最低限保証されるベーシック・インカムのようなものだ。
「実力給」は、一般的な「成果給」のような成果に対する見返りではなく、転職市場におけるその人の値段といったものが近い。ダイヤモンドメディアではそれを「相場」と呼び、「この人にいくら払うのが適切か」を、半期に1度、社員同士でオープンに話し合って決めている。
さて、ここからがパネルディスカッションのレポートになる。話された内容は、以下の3つに大別される。実際に話された順とは異なるところもあるが、この順に、3回の記事でお伝えしていきたい。
- なぜ今の給与制度にたどりついたか〜会社のあり方と給与制度の関係〜
- そもそも給料とは? その位置づけ、人事評価と給与
- 給与制度と採用との関係
1.なぜ今の給与制度にたどりついたか〜会社のあり方と給与制度の関係〜
独自の給与制度を運用しているのには、それぞれに理由がある。今の制度にたどり着いた経緯を、各氏は次のように語った。
ソニックガーデン〜経営者の仕事を減らしたかった〜
倉貫:
僕は、財務諸表とか大嫌いなんです。BS、PLとかが何の略かもよくわからない、家計簿しか見たことないというくらい。そもそも、経営者の仕事と言われているものをあまりしたくない。
昔は、全員と面接して評価もしていたんですよ。でも、めちゃくちゃストレスが溜まって、評価の時期になると会社に行きたくなくなるぐらい嫌だったんです。だから、もう止めよう、評価しなくていいようにするにはどうすればいいか、と考えました。みんなに一律で給料を出しちゃえば、評価の必要がなくなるんです。超ストレスフリーですね。それ以来、みんなが自分の好きな仕事をやれば良くなって、経営者としての苦悩が大分減りました。
ハヤカワ:
倉貫さんにとって、経営者の役割はどういったものだと考えられていますか?
倉貫:
私の仕事で一番大きなウェイトを占めているのは採用で、そのためのシステムを作るのも、自分でやったりしています。
いい人を入れるというのが社長の仕事で、いい人さえ入れれば、会社はなんとかなると思っています。ただ、最近は採用の仕事もちょっとストレスになってきているので、なんとかみんなでできる方法はないかと仕組みを考えているところです。そういう意味では、誰かに依存しない仕組みを考えるのが、経営者の仕事だと思っています。僕らの会社は全部ロジックでできるようにしたいんです。全員がプログラマの会社なので、ロジックで表せればみんな納得するので。
カヤック〜みんなの納得度が高い、変化する組織に対応しやすい〜
柴田:
なんでこの決め方なのか? ですが、これが一番納得度が高いんじゃないかと僕らは考えているからです。
それと、給料は全員が納得いくほど上がらないんですね。上がらない場合、給与についての面談をする時に、上司が評価を決めていると、非常にやりにくい。でも月給ランキングだと、「みんなの評価はこうなんだけど、どうやったら上がるかな」という言い方ができます。「どうしようか?」というスタンスでできるので、半年に1回の給与面談が非常にやりやすいですね。
人事の視点で、組織をどうコントロールするかと考えた時にもメリットがあります。『MBA流チームが勝手に結果を出す仕組み』という本に書いてあるんですけど、組織のコントロール方法には「環境コントロール」、「結果コントロール」、「行動コントロール」の3つがある、と。環境コントロールというのは、いわゆる理念だけ伝えて後は考えてください、というやり方。結果コントロールはKPIを決めてやり方は任せるというもの、行動コントロールは具体的な行動まで支持する、というものです。それぞれ一長一短あるわけですね。
カヤックは事業がいくつもあって、組織の成熟度や色々な状況に応じて、この3つのコントロールの割合が変わっていくんですけど、毎回それに合わせて報酬制度なんかを変えるのはキツすぎます。今の評価制度と給与制度は、「この事業部は、今は理念コントロールメインでいく」といったメッセージを社員に伝えていくことで、制度自体を変えなくても、その価値観に合った評価ができるのが、非常にいいと思っています。
ハヤカワ:
カヤックは今、大きく3つの柱で給料を決められていますが、その3つにたどり着くまでに、これが足りなかったとか、逆にこれが余計だったというものがあったのでしょうか?
柴田:
サイコロ給は結構最初からあって、ボーナスと月給は、最初は役員が決めていましたね。そこから、まずは月給が社員の投票で決まるようになって、その後で賞与を事業部長が割り振るようになり、ここ3年くらいで創業者で代表の3人の関与がどんどん少なくなってきている感じです。
ただ、月給については最後の段階で代表3人による調整があって、そこは僕が見ていないところなんです。「月給ランキングの通りにつけている」と言っていますが、本当にそうかどうかは3人への信頼関係の問題になっています。この、最後のブラックボックスをこじ開けることを、僕がやらなきゃいけないな、と思っています。
ハヤカワ:
使命があるわけですね。
ダイヤモンドメディア〜給料バブルという失敗を経て見出したガイドライン〜
武井:
今の仕組みは、かなり手厚い基本給の上に、実力給という変動する給料があります。手当も、結構色々なものが手厚くあります。実力給を抜いた基本給と手当だけで、新卒でも23万くらいですね。実力給が最低2万から上限は無しで、半年に1度みんなで話し合って決めるんですけど、それも1時間の会議を2回くらいやるくらいで、サクッと決まります。
10年ほどかけて作り込んできた仕組みなんですが、株式相場みたいに、需要と供給の関係で決めるんです。本来、会社というものは資本市場、競争市場、労働市場という3つの市場にさらされているのですが、労働市場だけは会社が閉ざすことができてしまいます。うちの会社は、そこを開放している。「この人、転職したらいくらくらいかな?」とか「今やっている仕事をアウトソースしたらいくらで済んじゃうよね」とか、客観的データや市場価値に置き換えて考えるので、かなりシビアです。
相互評価をする中で、何が重視されるかというと「共有資産への貢献」、簡単に言うとBS(貸借対照表)に対する貢献度です。一般的な給料というのは成果とか業績とか、PL(損益計算書)に引っ張られがちですけど、会社にとって重要なのはBSなんですよ。しかも、数字には表れないようなこと。例えば「マネジメントの仕組みを作った」とか「ビジネスモデルを強化した」とか、そういう無形財産に貢献する人は、うちの会社では給料がめちゃくちゃ上がっていきます。
ただ、こうやって株式市場みたいに相場で給料を決めていると、バブルが起こるんです。どんどん給料が上がって、あるとき「どう考えても、ヤバイよね。会社は赤字じゃん」ということが、過去に2回ほどありました。2回目のときに「これはおかしい」と思ってバブルが発生するメカニズムを研究して分かったのが、「未来への期待値が入ると相場が高騰していく」ということです。だから、評価には未来への期待値を入れないことにしました。
それから、自己評価も入れません。「俺はいくら欲しい」と言ってはいけないことにしています。あとは、評価の期間を半年とか、一定に区切らない。それから、業務内容が変わったとしても給料は変えない。こういうことを押さえておくと、他の仕事をしても給料が変動しないし、一方で他の仕事をしたことでスキルや知識が増えてマーケットバリューが上がると給料が上がるので、いろんなことにチャレンジしやすくなるんですよ。社内で人材のポジションの流動性が高まるんです。
※後日公開の以下の内容に続きます。