Yahoo!ニュース

サンジューすぎの名もなきオバサン、女の子とも呼ばれたくないし、自称万能ガールと揶揄されたくもない

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

3月8日は、国際女性デーである。そんな日にふさわしい記事かどうか少し悩むが、本島修司さんの「逃げる女性は美しい」という日経ビジネスオンラインの記事が巷で話題である。

子育てこそが女の幸せ?

本島さんは、「仕事、結婚、子育て。(当然、家事も料理も付いてくる)この3つが、同時進行で普通に達成できる(ように見せかけている)世の中になっている」ことに疑問を投げかけている。この3つをこなすのが大変なのは、その通りである。

しかしさらに「人生で達成できることは1つか2つ」と言い切り、女の人の場合、(最大限で)「仕事と結婚」か「結婚と子育て」ではないかと思うと主張している。どうも子育てがもっとも重要な女性の仕事であり、それに専念するべきと主張しているようなのである。

専業主婦を前提にすれば、男性が結婚できなくなる?

男は30前に、夢をいったん置いておき、仕事の基盤を整えなければいけないはずだ。

女も「仕事も恋も諦めない、できる美人」という、テレビドラマが焚き付けた虚像を目指すより、30前になったら仕事をいったんお休みしてでも、心も経済面も安定させてくれる男を一度探してみる(仕事を捨てる)行為の方が、正しいように僕は思う。

出典:「逃げる女性は美しい」本島修司

本島さんの記事が話題になっている要因としては、「仕事に邁進して嫁に行きそびれ、友人が結婚するたびキーキーとヒステリーを起こしたりする」女性が、「家庭と向き合う覚悟なく専業主婦になって、旦那が家事を手伝ってくれない、私は家にいるばかりと、キーキー文句を言ったりする」といった言葉遣いもあるだろう。

しかし言葉遣いに対する批判はいったんさておき(たんに批判するだけの記事は書きたくないし)、ここでは本島さんの主張そのものを考えてみたい。問題は、本島さんの価値観に賛同しようとしまいと、「本島さんの主張するような理想の女性の生き方は、すでにとても困難になってきている」ということである。

専業主婦になるために、27歳で、職場から正しく脱走。

以後、女が働くことなんて無関心。

仕事に生きるために、結婚適齢期という世間の目から正しく脱走。

以後、結婚には無関心。

脱走だ。

(注:大切なのは)こういう脱走だ。

逃げる―――という行為は、自分の“万能感”を捨てることに、よく似ている。

(中略)

絞れない者は、どっちつかず。

なんとなく、落ちていく光景が、目に浮かばないだろうか。

出典:「逃げる女性は美しい」本島修司

腹の座っている専業主婦などは、「今は女も働く時代!家の中で何をやっているの!」などと独女に叫ばれても、あまり動じない人が多い。

それは、彼女たち専業主婦は、第一目的(家にいて、子供をしっかりと見張り、立派に育て切る)が定まっていて、それに専念しているからだ。

そのために、仕事とインカムがある男も捕まえてあるわけで、流行、風潮に、いっさい流されないのだ。

出典:「逃げる女性は美しい」本島修司

ここで重要なのは、27歳で専業主婦となり、子育てに専念するために、「仕事とインカムがある男も捕まえてあるわけで」という部分である。昭和の時代までは確かに、男性に正規雇用がそれなりに保障され、女性が主婦業に専念する体制が整ってはいた。しかし現在は、雇用の構造的変化で、そのような男性は、急激に減少してきているのである。

男女共同参画白書 平成26年版 (内閣府 男女共同参画局HPより)
男女共同参画白書 平成26年版 (内閣府 男女共同参画局HPより)

15~24歳男性の45.7パーセント、25~35歳男性の16.5パーセントが非正規雇用である状態で、このようなことを主張されるとすれば、年収の少ない男性は結婚するなといっていることと同じであろう。

実際、現実はそれに近い。

平成27年版 少子化社会対策白書(内閣府HPより)
平成27年版 少子化社会対策白書(内閣府HPより)

30~34歳の男性で、正社員なら結婚している割合は57.1パーセントであるが、非典型雇用なら24.9パーセント、非典型雇用のうちパート・アルバイトなら、17.1パーセントである。女性に専業主婦をさせてくれるインカムをもつ層との結婚を勧めるというのであれば、結婚困難な男性がたくさん出てくることは、間違いない。

収入の構造も変化してきている。

平成27年版 少子化社会対策白書(内閣府HPより)
平成27年版 少子化社会対策白書(内閣府HPより)

かつて理想の結婚相手とよくいわれた、年収600万円の就労者は、1997年には30代で一番多い層であった。しかし今はこの山が崩れ、全体として左(低収入)のほうに動き、年収300万円代に一番大きな山がみえるのがわかるだろう。もうすでに、妻に専業主婦をさせてあげられるような裕福な層は、解体してきてしまっているのである。

オバサンと女の子

本島さんは、女性の「キャラ」によって生き方が選択されると考えているようだ。

だが、よく考えてみればわかる。

サンジューすぎの名もなきオバサンが、仕事漬けで体調を崩した時、一体だれが助けに来てくれるだろうか。

ハタチくらいの若い女の子なら、会社の男たちがこぞって助けに行くことだろう。

そして、なんだかんだいって、一般人よりは絶対に多くの人間に囲まれて生きている有名人、プチ有名人も、きっと誰かが助けてくれる。

そんな都合のいい万能感溢れる甘いお話が、転がっているわけがないのだ。

名もなきオバサンこそ、幸せにならないといけない。そのために必要なのは、押しつけの「万能感」ではないと思う。

出典:「逃げる女性は美しい」本島修司

バリキャリの女上司が「産んだらすぐに戻りましょう、そういう時代です、ウチは育休制度もカンペキ♪」と、言うかもしれない。

もちろんよ、そういう時代♪と乗せられている自称万能ガールより、「カンベンしてくれ……辞めてゆっくり子育てをしたい……」と思っている女の子が、今の日本には、案外、溢れかえっているように思う。

出典:「逃げる女性は美しい」本島修司

サンジューすぎて結婚もしていない女性は、「サンジューすぎの名もなきオバサン」。

結婚して、子どもを産んだ女性は「女の子」。

オバサンなのに働き続けているのは、「バリキャリの女上司」。

まず「産んだらすぐに戻りましょう」といってくれる、女の上司がいる会社は恵まれている。日本ではまず、女性の管理職がそもそもいない。だいたい1割程度で、先進国のなかでは最下位。下には韓国しかなく、アメリカは4割程度である。そんな「バリキャリ」の「女上司」が、「女の子」に「戻りましょう」と暖かく迎え入れてくれるような余裕のある会社で、是非勤務してみたいと思う。どこか教えて欲しい。たいていは職場はいっぱいいっぱい。育児休業者をフォローするひとは大変で、同僚や上司が子育て経験者であれば「私たちは頑張ってきた」といわれ、未経験者には「あなたが勝手に産んだんでしょう」といわれることも多々あると聞いている。

サンジューすぎて仕事をしている女性は、「名もなきオバサン」。病気になっても、助けたい仲間でもいないらしい。サンジューすぎの名もなきオジサンには、仲間がたくさんいるのだろうか。それとも妻をあてにしている? 未婚者だってそれなりの友人ネットワークを日頃からもっていると思うのだが、病気になったオバサンを、仕事をしているオジサン夫がきちんと看病してくれることを祈りたい。

そして。子どもを産んだ女性は、母になっても「女の子」のようである。

平成27年版 少子化社会対策白書(内閣府HPより)
平成27年版 少子化社会対策白書(内閣府HPより)

第一子の出生時の平均ですら、30歳を超えている。仕事をしていたら「名もなきオバサン」。そして子どもを産んでいたら「女の子」。どちらがいいか、悩んじゃうな…。「女の子」っていうのは、ひょっとして子どもを産む前の女性のことだけを指しているのかな? 私の誤読? でもいずれにせよ、オバサンと女の子(と自称万能ガール)しかいない会社で働き続けるのって辛いかも。

専業主婦という選択

平成25年分 民間給与実態統計調査(国税庁)
平成25年分 民間給与実態統計調査(国税庁)

「女の子」の給料なんて、20代後半から基本的には下がる一方だし…。さっきの非正規のグラフを見ても、女性の雇用状態は酷かったしね。

「よーし、こうなったら専業主婦になりたい。結婚しようっ!」と決心するのが賢そう。でも、男性の3割がパートナーには継続就労、4割が中断再就職を望んでいるそう。つまり7割は働いていて欲しいと思っていて、専業主婦を希望する男性自体は、なんともうすでに1割しかいないんですって。がっかり(国立社会保障・人口問題研究所第14回出生動向基本調査)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

千田有紀の最近の記事