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「JT」の研究者が明らかにした「タバコの毒性」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 タバコという依存性の強い嗜好品のパッケージを見ると「病気になるぞ」と書かれている。タバコ会社は消費者を病気にさせるような商品を作り続けていることになるが、タバコ会社もタバコの毒性やタバコに関連した病気について積極的に研究している。

タバコの煙による酸化ストレスとは

 2020年4月に受動喫煙防止を目的にした改正健康増進法が全面施行されたが、コンビニエンスストアに行けばレジの後方にタバコがズラリと陳列され、コロナ禍の中で自宅での受動喫煙や近隣への害が増え、吸い殻のポイ捨てなどが問題になっている。タバコは合法的に売られている商品だが、健康に害があり消費者を病気にするような商品が規制されないという実態をどう考えればいいのだろうか。

 タバコを喫煙者が吸うことで病気になるリスクが格段に上がることはよく知られている。因果関係が十分に証明されている病気には、肺がん、口腔・咽頭がん、食道がん、胃がん、肝がん、膵がん、子宮頸がんなどのがんをはじめ、虚血性心疾患、脳卒中、腹部大動脈瘤などの循環器の病気、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、呼吸機能低下などの呼吸器の病気、そして2型糖尿病、歯周病、乳幼児突然死症候群(母親の喫煙)などがある(※1)。

 例えば、COPD(慢性閉塞性肺疾患)は「タバコ病」といわれるように喫煙が主な原因になる病気だ。タバコを吸うと強い酸化ストレスが生じ、活性酸素(ROS、Reactive Oxygen Species)が細胞のDNA、タンパク質、脂質などを酸化させる(※2)。

 タバコの煙は活性酸素を多く含み、喫煙によって活性酸素が体内へ過剰に入り込んで細胞の機能不全や酸化ダメージにつながる。その結果、酸化ストレスを生じさせ、さらに体内で活性酸素を作らせるという悪循環を引き起こし、喫煙者のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)発症リスクが高くなるわけだ(※3)。

 大量の活性酸素が体外から入ってくると、体内の酸化・抗酸化のバランスが崩れる。これがCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などのタバコに関連した病気の一因だが、一方で崩れてしまった活性酸素のバランスを取り戻すメカニズムもある。Nrf2(NF-E2-related factor2)というシステム(転写因子)は、酸化・抗酸化のバランスを調整するメカニズムの一つだ(※4)。

 逆に言えば、酸化・抗酸化のバランスを調整するメカニズムが発動するような状況というのは、身体が強い酸化ストレスにさらされていることにほかならない。そして、タバコの煙による活性酸素とこのNrf2というシステム(転写因子)は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの発症にも大きく関係している(※5)。

タバコの害をよく知っているJT

 タバコの煙がどれくらい身体に悪いのかは、パッケージで「病気になるぞ」と警告している通り、タバコ会社もよく知っている。

 JT(日本たばこ産業)の研究者らが2019年に発表した研究論文(※6)では、3次元的な細胞再構築の手法によりタバコの水溶性抽出物にヒトの気管支上皮細胞をさらし、細胞毒性の実験を行っている。同じ研究グループはそれまでの実験で前述したNrf2のシステムがタバコ抽出液に最もよく反応したとし(※7)、呼吸器の炎症反応に重要な役割を果たす別の因子(NF-κB)の経路を確認するため、新たに3次元的な細胞再構築の手法で細胞毒性を再実験したそうだ。

 その結果、NF-κBという因子よりも別の転写因子(AP-1、activator protein 1)のほうが酸化ストレスによる炎症反応に強く関与していることがわかったという。細胞を使った試験管内(in Vitro)の実験では、従来の2次元的な手法ではわからなかったことが3次元的に細胞を再構成するオルガノイド(Organoid)という手法により大きな進歩をみせている(※8)。

 JTの研究者も同様の手法でヒトの呼吸器を3次元的にモデル化し、コラーゲンを含む気管支上皮細胞(線維芽細胞)のゲルを作成したりしてるが(※9)、問題はこうした研究論文の中でJTの研究者らが、タバコの煙は肺がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、心血管疾患などの病気の危険因子であるとし、タバコの煙の抽出物にさらされた細胞では強い酸化ストレスが起き、酸化・抗酸化のバランスに関与するシステムが発現していることを認めている点だろう。

 例えば、JTが資金を提供し、JTの研究者が2018年に発表した研究論文(※10)では、培養したヒトの気管支上皮細胞に対してタバコの抽出物を繰り返しさらすという実験をしているが、累積的に炎症を誘発するメカニズムが発現したとしている。同じような実験は3次元的に再構築した細胞でも行っているが(※11)、この中でもタバコの本数が増えると細胞への毒性も増加し、細胞上皮が薄くなって糖やクエン酸の代謝経路を破壊するとしている。

 ニコチンの依存性は大麻やLSDより強い(※12)。タバコを止められず、有害な物質を毎日、吸い込み続け、その結果、タバコ病になるのは、ニコチンの強い依存性のせいだ。

 だが、タバコ会社は長年、喫煙と病気の関係やタバコを止められない依存性について否定し続けてきた。依存性がなければ喫煙行為は喫煙者の自己責任であり、タバコを自由に止められるのだから、仮にタバコで病気になったとしても喫煙者の責任であり、タバコ会社には責任はないと言い逃れができる。

 タバコ会社が、がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの重い病気の原因になることを知りつつ、タバコの抽出物に繰り返し細胞をさらすような実験をしている。そんなJTは、果たして「ひとのときを、想う」会社なのだろうか。

※1:厚生労働省「e-ヘルスネット:喫煙者本人の健康影響

※2-1:D F. Church, W A. Pryor, "Free-radical chemistry of cigarette smoke and its toxicological implications" Environmental Health Perspectives, Vol.64, 111-126, 1985

※2-2:Simone Reuter, et al., "Oxidative stress, inflammation, and cancer: How are they linked?" Free Radical Biology and Medicine, Vol.49, Issue11, 1603-1616, 2010

※3:William MacNee, ”Oxidants/Antioxidants and COPD” CHEST, Vol.117, Issue5, 3035-3175, 2000

※4-1:Radjendirane Venugopal, AnilK. Jaiswal, "Nrf1 and Nrf2 positively and c-Fos and Fra1 negatively regulate the human antioxidant response element-mediated expression of NAD(P)H:quinone oxidoreductase1 gene" PNSA, Vol.93(25), 14960-14965, 1996

※4-2:Hozumi Motohashi, Masayuki Yamamoto, "Nrf2–Keap1 defines a physiologically important stress response mechanism" Trends in Molecular Medicine, Vol.10, Issue11, 549-557, 2004

※4-3:Thomas W. Kensler, et al., "Cell Survival Responses to Environmental Stresses Via the Keap1-Nrf2-ARE Pathway" Annual Review of Pharmacology and Toxicology, Vol.47, 89-116, 2007

※5-1:Yukio Ishii, et al., "Transcription Factor Nrf2 Plays a Pivotal Role in Protection against Elastase-Induced Pulmonary Inflammation and Emphysema" The Journal of Immunology, Vol.175, Issue10, 2005

※5-2:Marisol Cano, et al., "Cigarette smoking, oxidative stress, the anti-oxidant response through Nrf2 signaling, and Age-related Macular Degeneration" Vision Research, Vol.50, Issue7, 652-664, 2010

※6:Takashi Sekine, et al., "Regulation of NRF2, Ap-1 and NF-kB by cigarette smoke exposure in three-dimensional human bronchial epithelial cells" Journal of Applied Toxicology, Vol.39, 717-725, 2019

※7:Takashi Sekine, et al., "Activation of transcription factors in human bronchial epithelial cells exposed to aqueous extracts of mainstream cigarette smoke in vitro" Toxicology Mechanisms and Methods,Vol.26(1), 22– 31, 2016

※8:Aliya Fatehullah, et al., "Organoids as an in vitro model of human development and disease" nature cell biology, Vol.18, 246-254, 2016

※9-1:Shinkichi Ishikawa, et al., "A 3D epithelial–mesenchymal co-culture model of human bronchial tissue recapitulates multiple features of airway tissue remodeling by TGF-β1 treatment" Respiratory Research, Vol.18, 2017

※9-2:Kazushi Matsumura, et al., "Regional differences in airway susceptibility to cigarette smoke: An investigational case study of epithelial function and gene alterations in in vitro airway epithelial three-dimensional cultures" Toxicology Research and Application, doi.org/10.1177/2397847320911629, 2020

※10:Shigeaki Ito, et al., "Effects of repeated cigarette smoke extract exposure over one month on human bronchial epithelial organotypic culture" Toxicology Reports, Vol.5, 864-870, 2018

※11:Shinkichi Ishikawa, et al., "Multi-omics analysis: Repeated exposure of a 3D bronchial tissue culture to whole-cigarette smoke" Toxicology in Vitro, Vol.54, 251-262, 2019

※12:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse" THE LANCET, Vol.369, Issue9566, 1047-1053, 2007

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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