Yahoo!ニュース

“ミルクマン”が大活躍。新型コロナ対策下のイギリスで

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
昨年の英国総選挙前、ミルクマンとなって家庭を訪問し、支持を訴えるジョンソン首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「ミルクマンが大活躍!」

数日前、英国放送協会(BBC)のインターネット・ラジオを聴いていると、キャスターのそんな声が聞こえてきた。イギリスでも新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として厳しい外出制限が敷かれ、制限開始から今日でちょうど1ヵ月となる。日本でも食材の宅配や料理の持ち帰りが増えているが、このニュースはイギリスの、特に地方の高齢者の間で、牛乳配達のサービスに需要が高まっているというものだった。配達するものは、牛乳に限らず、パンや紅茶などの食材や生活雑貨などなど。取材にこたえていたミルクマンは、外出できない高齢者のために、普段は扱っていない品物も扱ったり、電球の交換や処方箋の受け渡しもしたりしていると話していた。そういえば、昨年末のイギリス総選挙の折、ジョンソン首相がミルクマンとなって家庭を訪問し、支持を訴えていた。ミルクマンは今もイギリスの日常を支えている。

オンライン注文に挑戦中の88歳の友人

イギリスには20年来の友人がいて、姉のJさんは88歳、妹のTさんは82歳になる。Jさんはロンドン郊外に、Tさんはイギリス北西部のブラックプールに近い町に住んでいて、ふたりとも一人暮らしだ。Jさんはとてもパワフルな女性で、70代後半からもう3度も日本中を一人で旅している(ちなみに日本語は話さない)。新型コロナウイルス感染症の流行が始まった頃に連絡をとると、「これまでは近所の人が買い物に行くときに私が要るものを聞いて買ってきてくれていたんだけど、最近、高齢者がスーパーマーケットの配達で優先されることになってオンライン注文に挑戦中なの!」と返事が返ってきた。

妹のTさんにはぜん息があり、流行が始まってすぐ、イギリス政府から“特に注意が必要な高齢者”として書類が届いたとのことだった。Tさんのメールにも、自宅でおとなしくしているけれど、近所の人たちがいろいろ支えてくれるので元気にしていますと書いてあった。ふたりとも家の裏に小さな庭があって、そこを歩いて足腰が弱らないようにしているという。

「さらなる外出制限延期は勘弁してほしい……」

日本でも、不要不急の外出自粛が続く中、食材を買いにスーパーマーケットに行くと、高齢者の方が普段どおり買い物をしている様子を見かける。日に1度、あるいは数日に1度、家の外に出て歩くことで元気を保っていただきたいと思う反面、時間によっては店内が混雑気味のこともあって、大丈夫だろうかと不安にもなる(高齢者に限らないが)。できるだけすいた時間帯を選んでいただいてと願うとともに、家族総出と思われる大人数で来られている方々には、できるだけ交替にするなどして、店内密度を下げる協力をしていただけたらと思う。

国や自治体、あるいは店舗によっては、来店者と店員両方を感染から守るため、来店を家族の中で一人と厳しく規制しているところもある。そんな国の一つ、フィリピンの友人は、「買う物が多いと、買い物だって大変。お酒も買えなくなったのよ。感染防止のためには仕方がないけれど、さらなる制限延期は本当に勘弁してほしい……」と話していた。フィリピンでは、飲酒によって感染防止行動が緩むのをおさえるのに加え、長期の在宅によってアルコール依存が起こる、あるいは進むのを防ぐ目的でも、政府がアルコールの販売を止めている。

予期せず現れる感染症と、どうつき合っていくか

日本では、緊急事態宣言から半月が経った。5月6日以降の延長の有無も話題になり始めているが、自宅にいる私たちも、スーパーマーケットやドラッグストアなどで勤務している方も、最前線で患者さんの治療にあたっている医療従事者も、皆が希望をもって解除される日が迎えられることを願わずにはいられない。感染症の専門家からは、完全な終息までには何度かの感染発生と収束を繰り返していくことになるとの説明がされている。ワクチンや治療薬の開発も待たれるが、今回の爆発的な感染症流行は今後もまたこうした流行が起きる可能性を示唆している。

Jさんは看護師として、イギリスの国民保健サービス(NHS)で定年退職まで勤め上げた。今回のやりとりで、「これだけ科学、特に医療が進歩しても、今回の新型コロナウイルスのように治療薬がまだない中、対症療法(症状を和らげる治療)で最善を尽くすしかないという事実には、改めてはっとさせられます。私が看護の仕事を始めた1950年は、多くの病気がそうだったけれど。抗生物質のペニシリンがやっと広く出回るようになってきた頃だったわ」と話してくれた。

完全な感染症防止が難しい中、確率された治療や治療薬があるとは限らない中、どんな闘い方、つき合い方をすれば、感染者数や死者数をできるだけおさえ、私たちが少しでも早く日常を取り戻せるか。人類がこれまでそうしてきたように、今の私たちもまた一人ひとりが考えるよう求められている。

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

谷口博子の最近の記事