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「痒み」の正体〜掻きむしるのはなぜか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 空気が乾燥して乾燥肌で痒くなる人が増える季節だ。蕁麻疹やアレルギー性疾患などによって引き起こされる強い痒みは、患者のQOL(クォリティ・オブ・ライフ)や予後を悪くするとともに合併症などの原因にもなっている。最近、痒みを強めるメカニズムがわかったという研究結果が九州大学から出た。このメカニズムを逆に応用すれば、痒みをやわらげる治療薬につながるかもしれない。

痛みと痒みの関係

 なかなか数値化できない痛みや痒みといった患者の主観的な身体の悩みは、これまであまり研究されてこなかった領域だ。それでも痛みの緩和については多種多様な研究アプローチがあるが、痒みについての研究はヒスタミン(※1)以外ではここ十数年でようやく盛んになり始めた。

 蚊に刺されるなどして起きる痒みは生体の防御反応と考えられている。痛みと痒みには共通する神経系の反応とされ、ここ十数年の感覚生理学の研究によって痒みと痛み、温度、触覚などのメカニズムも次第に解明されるようになった(※2)。

 痒み刺激の感知は、身体の皮膚などの末梢神経系、そして脳の中枢神経系で行われるが、末梢神経系で痒みを感知してから脳へ伝達されるまでの間に複数の感覚モダリティ(Sensory Modality、五感など)と相互作用するようだ(※3)。

 ただ、痒みについての研究はまだ途上といえ、引っ掻き行動から自分の皮膚を破壊するような掻きむしり行動などがなぜ起きるのか、よくわかっていなかった。アトピー性皮膚炎などで起きるこうした過剰な引っ掻き行動は、皮膚炎を悪化させ、それがさらに強い痒みにつながることで患者のQOLを低下させてしまう(※4)。

脊髄で痒みが強化

 今回、九州大学大学院薬学研究院の研究グループが、皮膚からの痒み信号が脊髄で強まってしまうメカニズムを発見したと発表した(※5)。同研究グループは、慢性的な痒みを発症するように遺伝子操作した接触性皮膚炎のトランスジェニック(導入遺伝子)マウスを使い、グリア細胞(神経活動や神経疾患に関与する非神経細胞)の一種であるアストロサイト(星状膠細胞)から分泌される糖タンパク質リポカリン2を調べたという。

 同研究グループは、このリポカリン2というタンパク質が、皮膚からの痒み信号を脳へ伝える中継地点である脊髄神経に作用し、その活動を強めてしまい、そのため少しの痒みでも痒みが強まって過剰な引っ掻き行動につながることを世界で初めて明らかにした。実際に、このリポカリン2を作ることができないように遺伝子操作をしたマウスでは、痒み信号の強化や過剰な引っ掻き行動がみられなくなり、皮膚炎の悪化が弱まったという。

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接触性皮膚炎を発症させたトランスジェニックマウスで再現した痒みの強化のメカニズム。脊髄後角(脊髄の背側で皮膚からの痒みなど感覚信号が入力される、※6)のアストロサイトでリポカリン2という分泌性糖タンパク質が作られ、それによって慢性的な痒みが強化・持続する。Via:九州大学のリリースより

 痒みは患者本人以外にはなかなか理解されない症状であり、慢性的な痒みにはまだ根本的な治療薬はない。今回の成果は、痒みのメカニズム解明に向けたもので将来的には慢性的な痒みをやわらげる治療薬の開発につながると同研究グループは期待している。

この記事は筆者サイトのブログから転載しました

※1:Thomas Lewis, "The Blood Vesseles of the Human Skin." BMJ, Vol.2(3418), 61-62, 1926
※2:Shuohao Sun, et al., "Leaky Gate Model: Intensity-Dependent Coding of Pain and Itch in the Spinal Cord." Neuron, Vol.93, 840-853, 2017
※3:Xintong Dong, Xinzhong Dong, "Peripheral and Central Mechanismus of Itch." Neuron, Vol.98, 2018
※4:Steeve Bourane, et al., "Gate control of mechanical itch by a subpopulation of spinal cord interneurons." Science, Vol.350, Issue6260, 550-554, 2015
※5:Keisuke Koga, et al., "Sensitization of spinal itch transmission neurons in a mouse model of chronic itch requires an astrocytic factor." Journal of Allergy and Clinical Immunology, doi:10.1016/j.jaci.2019.09.034, 2019
※6-1:Cedric Peirs, et al., "Dorsal Horn Circuits for Persistent Mechanical Pain." Neuron, Vol.87, Issue4, 797-812, 2015
※6-2:Steve Davidson, "A Spinal Circuit for Mechanically-Evoked Itch." Trends in Neurosciences, Vol.39, Issue1, 1-2, 2016

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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