「親を裏切ることになる」と思わなくていい――毒親から身を守るためにしてほしいこと #今つらいあなたへ
あなたの親はあなたにとってどんな存在ですか? 落ち込んでいる時に励ましてくれたり、うれしいときに一緒に喜んでくれますか? 時にはゲームばかりしていて小言を言われたり、忙しくてイライラしていて八つ当たりをされたりすることもあるかもしれません。大切なことは、あなたが親から一人の人間として「大切にされている」「愛されている」という感覚をちゃんと持てているかどうかです。
私は日頃外来診療で、子どもを自分の所有物のように考えている親とその親に育てられて生きる希望を失っている子どもに出会うことがあります。子どもを思い通りにコントロールしようと暴力を振るったり、残酷な言葉を投げつけたり……。親自身の精神的な病気により子どもを傷つけてしまう親もいます。そのような、いわゆる毒親(※)と呼ばれる親の中には、問題を解消できずにいつまでも子どもを傷つけ続けてしまうケースがあります。一方、周囲からの助言で親子関係を改善できるケースもあります。ですから「子どもに害を与える親」の全てを同じように考えることはできません。もしも今、親との関係で悩んでいるのならば、必ず周囲の大人に相談してください。周囲の大人に相談したことにより問題が解決方向に進んだA子さんについて紹介します。
かわいそうなお母さんのために、がんばってきたけれど…
A子さんは中学3年生の時、「母親との関係が苦しくて、この先どうしたらいいのかわからない」とスクールカウンセラーに勧められてクリニックにやってきました。
A子さんの母親は幼稚園の時に実母を亡くし、その後に父親が再婚。継母は血のつながりのある義弟や義妹ばかりをかわいがり、母親だけ大学に行かせてもらえませんでした。その後の人生で、学歴で苦労した母親はA子さんに高い学歴を求めていました。期待通りの結果が得られないと「お前なんて産まなければよかった」「お前のせいで人生がめちゃくちゃになった」とA子さんを罵ることもしばしばでした。それでもA子さんは母親の言うことは正しいと信じ、かわいそうな母親を慰めてあげたいとがんばってきたそうです。何とか母親の望む中学に入学したA子さんでしたが、次第に疲れやすくなり、気力が出ず、勉強に手がつかなくなることが増えてきました。母親はそんなA子さんに「お前みたいな出来の悪い子どもはいらない」「さっさと出て行け」と罵声を浴びせ、馬乗りになって文鎮で頭を叩くこともあったそうです。A子さんは車にひかれるか、事故に巻き込まれて死ぬことをしばしば空想するようになりました。
父親は、感情のコントロールができず皿や花瓶を投げてわめく母親に愛想をつかし、仕事を理由に不在がちとなりました。父親が夕飯を家で食べなくなり、夕食作りをしなくなった母親は、A子さんが風邪で寝込んでいる時にも「自己管理しないあんたが悪い」と怒り、A子さんのために手料理を作ることはありませんでした。A子さんは友だちから家族団らんの話を聞くたびに「どうして私はこんな家に生まれてしまったんだろう」と一人で泣いていたそうです。
友だちのお母さんの助けを借り、スクールカウンセラーに相談
中学3年生になったある日のこと、父親が帰宅しないことにイライラしていた母親はA子さんに、「あんたの学校は育ちの悪い子が多いんじゃないの。もっとレベルの高い中学に入るべきだった」と突然言い出しました。がんばって母親の希望する中学に入ったA子さんは、頭の中が真っ白になり、咄嗟に飲んでいた水を母親にかけてしまいました。A子さんに初めて反発された母親は激怒して、A子さんに醤油瓶を投げつけ、台所から包丁を持ち出して、A子さんを追いかけまわしました。A子さんは裸足で玄関から逃げ出し、タクシーに飛び乗り、友だちの家に逃げ込みました。
友だちは学校で明るくふるまっているA子さんの境遇を聞いて涙を流したといいます。真剣に話を聞いた友だちのお母さんは、A子さんがお母さんとの問題を一人で解決するのは無理なので、担任の先生やスクールカウンセラーに相談することを勧めました。
小さい頃から母親に「家の中のことは外で話してはいけない」と強く言い渡されていたA子さんは、自分のつらい状況を誰かに打ち明けることを思いつくことさえなかったといいます。しかしこの出来事をきっかけに、今まで何度か死んでしまいたいと思ったことや、母親に包丁を持って追いかけられたことをスクールカウンセラーに勇気を出して話しました。驚いたスクールカウンセラーは、担任と相談し、学校に両親を呼び出して、クリニックの受診を強く勧めたのでした。
このようにA子さんの話を聞いた大人は、A子さんを助けるべくゲートキーパー(悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る人)としての役割を果たしました。
A子さんは初めてスクールカウンセラーに相談した時に「自分の心の中だけにため込まないって本当に楽なんだと思った」「心が軽くなるってこういうことなんだとわかった」と話しました。
寮生活を始め母親と距離を置くことで、希望を取り戻した
A子さんの希望でカウンセリングを行うと、A子さんは「やっぱり人にこんな話をしてはいけないと思う。母は継母に育てられてつらい思いをしている。だから私に八つ当たりしても仕方がないと思う。私さえ我慢すれば良いだけなのではないか」と繰り返しました。
私は「お母さんの背負っている問題はお母さんの問題であってA子さんのものではないこと。お母さんの問題はお母さんが自分で解決しなければならないこと。お母さんの問題を解決するためにA子さんが苦しい思いをすることはおかしいこと。お母さんとA子さんは別々の人生を生きる別の人間であること」を繰り返し伝えました。A子さんは徐々に、「お母さんに魔法をかけられていたみたい。お母さんはかわいそうな人だから私がお母さんを助けてあげないといけない、そのためならつらい思いを我慢するのが当たり前だと思ってきた」と話すようになりました。
包丁の事件以降、父親は母親とA子さんと話し合い、A子さんを父方の叔父の家で生活させることに決めました。A子さんと母親を離したほうがお互いのために良いだろうという判断でした。そしてA子さんが希望したため高校から寮生活をすることになりました。
なお、母親が根本的に大きく変わることはありませんでしたが、A子さんが身近にいると同じような行動を繰り返してしまうことを自覚し、母親自身もA子さんと距離を置くことに賛成したのでした。今後の課題はあるものの、精神的にも物理的にも母親と距離を置くことでA子さんは最悪の事態を脱し、少しずつ将来への希望を取り戻していきました。
親の顔色を窺って無理に合わせる必要はない
「あなたのためにしていることだから」「私もおばあちゃんにそうされて育ってきたんだから」など親の身勝手な言い分をいつも聞かされている子どもがいます。けれども本当に「あなたのため」であれば、あなたはそんなにつらく苦しい気持ちになるのでしょうか? 親とあなたは生きている時代が違います。親がされてきた当たり前があなたにとっての当たり前ではないのです。そして親子であっても、違う価値観や考えや気持ちをもつ別の人間なのです。親の顔色を窺ったり無理して合わせ続ける必要はなく、親に対して自己主張して自分の人生は自分で決めていって良いのです。
親の言い分をよく聞いて、これは受け入れるべきもの、これは受け入れるべきではないものを吟味してください。それが難しければ、あなたの「つらい」、「苦しい」、「悲しい」、「痛い」、「怖い」、という感覚を手掛かりにしてください。あなたがそのように感じるのであれば、それはあなたにとって受け入れるべきではないものです。
今つらい思いをしていたら、とにかく誰かに相談して
A子さんのように誰にも相談できずにひとりぼっちで深刻な悩みを抱えていると「解決するはずはない」「もう死ぬしかない」と追い詰められてしまうことが多いでしょう。ですから、今つらい思いをしている子どものみなさんもまずは誰かに相談してください。親戚、学校の先生、スクールカウンセラー、友だちのお父さんやお母さん、近所の人、そして電話やSNSでの相談窓口、医療機関などがあります。「どうせ無駄」「誰も信じられない」「言ってもわかってもらえない」と絶望的になったり「そんなことをしたら親を裏切ることになる」「もとはといえば私のせいだから」「親を悪く思う自分が悪いのではないか」と罪悪感を持つこともあるでしょう。色々な気持ちや考えが頭をよぎるでしょうが、一旦それを横に置いてください。苦しくて悲しくてつらくて死にたい気持ちになったら、とにかく誰かに相談してください。
もしかすると、勇気を出して相談したのに話を聞いてもらえなかったり、助けてもらえなかった、ということもあるかもしれません。大人自身が、あなたのつらさをうまく理解できなかったり、具体的にどうしてよいかわからず、支援につながる行動ができなかった可能性があります。
スクールカウンセラーや相談窓口の人は支援するためのトレーニングを受けています。もし一人の大人に相談してみてだめだったとしても、どうかあきらめず、他の大人に相談してみてほしいと思います。
(※)「毒親」はスーザン・フォワードという人が作った言葉です。著書「toxic parents 毒になる親」の中で、「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」を「毒親」と説明しています。学術用語ではありません。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】