中東情勢緊迫化でも原油価格が上がらない理由
2016年のグローバルマーケットは、年初から1)中国株価の急落と2)中東情勢の緊迫化という二つの大きなリスクに直面することになった。日経平均株価は昨年末の1万9,033円に対して、5日の取引では1万8,300円台まで下落し、昨年10月21日以来の安値を更新している。
中国株の急落に関しては、中国証券監督当局が大口株主の株式売却数に制限を掛けたことなどを受けて、一応の落ち着きを取り戻しつつある。なお不安心理から安全資産である金や米国債などに対する退避需要が観測されているが、パニック色は薄れつつある。
一方、サウジアラビアとイランとの断交は、米国やロシアなどが緊張緩和に向けて相次いで仲介に乗り出しているものの、未だ事態の鎮静化は見通せない状況が続いている。サウジとイランはともに石油輸出国機構(OPEC)の主要メンバーであり、OPECの統計によると昨年11月月時点でサウジは日量1,013万バレル、イランは288万バレルを生産しており、この2か国だけで世界の原油供給量の約13~14%をカバーしている。しかも、この問題はアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダンといった他の産油国にも波及しており、世界の原油供給に対して大きなリスク要因であることは間違いない。
しかし原油相場の方は、昨年末の1バレル=37.04ドルから1月4日には37.60ドルまで上昇する場面も見られたが、同日の取引では前日比-0.28ドルの36.76ドルと、下落して終わっている。翌5日の取引でも-0.79ドルの35.97ドルとなっており、いわゆる「地政学的リスク」を手掛かりに原油高が進むのではなく、逆に原油安が進む状態が実現している。
背景にあるのは、第一に現状ではあくまでも「地政学的リスク」の高まりであって、実際の原油供給には何ら障害が発生していないことがある。従来の原油相場では、産油国の政情不安は急騰相場に直結した。特にイランは、原油タンカー輸送の大動脈とも言えるホルムズ海峡を抑えているため、イラン絡みの地政学的リスクに対して原油価格は敏感な反応を見せていた。
だが近年の原油相場の傾向としては、単純な「地政学的リスク」のみでは上昇しない傾向が強くなっている。昨年も「イスラム国」がシリアを中心に大きな混乱をもたらしているが、原油相場は殆ど反応を示していない。底流には、世界の原油需給が緩和していることで、多少の原油供給トラブルにも耐えられるとの自信もあるのだろう。
第二に、サウジとイランとの対立は、OPECが協調減産に踏み切るリスクを低下させることがある。OPEC内では、イランが経済制裁解除後の増産を見据えて、OPEC内の他の加盟国に対して生産調整の必要性を強く訴えている。自国の増産によって原油価格が更に急落することが警戒される中、少なくともイランの増産分は生産調整が必要としている。しかし、サウジとイランとの政治的な対立は、サウジがイランの協調減産論に同調する余地を極めて限定することになり、マーケットは「OPECが再び供給管理に乗り出す余地はなくなった」との評価が優勢になっている。
需要と供給とのバランスの乱れが原油価格を断続的に押し下げているが、仮にOPECが供給管理に乗り出せば、少なくとも原油価格は短期的には急伸する可能性もあった。しかし、サウジとイランとの政治的・宗教的な対立は、こうしたOPEC内の結束を緩める力になる見通しであり、原油相場は今回の政治的な混乱が原油需給を引き締めるのではなく、逆に緩和させるリスクを警戒している。その結果が、中東情勢の緊迫化にもかかわらず、年初から原油価格が下げ続けている背景とみている。