大阪市の小学校統廃合、新型コロナウイルス禍で工事始まる
新型コロナウイルスの感染拡大で全国が緊急事態宣言下の4月末、大阪市立西生野小学校(大阪市生野区)の運動場に建設重機が入った。運動場の一角で新校舎の建設が始まったのだ。校舎増築の理由は、三つの小学校を廃校し、西生野小に統合するため。廃校になる小学校の地元住民は統廃合に反対しており、学校の存続を希望している。コロナ禍で休校中の工事開始に「どさくさに紛れて校舎建設を強行するとは、まさしく火事場泥棒的なやり方」と怒りの声が上っている。
■「三つの密」を作り出す計画の変更を求め陳情
大阪市生野区の西部地域は小規模校が多く、12の小学校を四つにまとめる統廃合計画が進められている。4月に工事が始まった西生野小には、林寺小、生野小と舎利寺小の一部を統合する計画だ。工事スタートを受け、小学校統廃合の見直しを求める「生野区の学校統廃合を考える会」(会長、猪股康利・舎利寺連合振興町会長)は急きょ、連合振興町会長ら65人の署名を集め、5月の大阪市議会に陳情書を提出。新型コロナウイルス禍で密閉、密集、密接の「3密」を避ける生活に取り組まなければならない中、四つの小学校を一つにして児童の3密度合いを高める学校統廃合計画は変更するよう求める内容だ。
大阪市は小学校の適正規模は1学年2~4学級、計12~24学級だとし、それに満たない小規模校はどんどん統廃合する方針だ。生野区西部地域は生野区役所と市教育委員会事務局が2016年3月に小学校数を3分の1にする「生野区西部地域学校再編整備計画」を発表すると、小学校を地域コミュニティの拠点として守り育ててきた地元住民から猛反発が起こる。連合振興町会長らが集まって「生野区の学校統廃合を考える会」が結成され、「小学校が無くなると地域が寂れる」「児童にしっかり目が行き届く小規模校の良さを生かした教育をしている」などとして、これまで何度も市議会に整備計画の撤回や、住民の合意なしに計画を進めないよう求める陳情を繰り返してきた。
■学校統廃合で行政と住民の間に亀裂
大阪市は今年2月、大阪市立学校活性化条例を改正し、「大阪市教育委員会は学校(学級数)を適正規模にするよう努めなければならない」との条文を追加。それまで市議会で市教委は、保護者や地元住民の合意なしに統廃合することはないとの趣旨の答弁をしていたが、条例化によって学校統廃合は義務的に進める方向性が固まり、「住民合意」の方は何がどうなれば住民合意が得られたことになるのかうやむやになってしまった。
5月11日、「生野区の学校統廃合を考える会」と市教委の担当者との話し合いがもたれた。「新型コロナウイルスで学校が休校になっている間に工事を始めるとはどういうことか」と詰め寄る会のメンバーに、市教委側は「新校舎建設は2月の市議会で承認され、3月に工事契約をして4月に着工した。工事現場では3密を避けて安全性を確保するよう工夫している」と説明した。
「生野区の学校統廃合を考える会」の共同代表の1人である川本俊永・勝山連合振興町会長は「小規模校がなぜダメなのか根拠が示されていない。(行政に)エビデンスを出してと言っても回答がなく地域住民に説明ができない」と憤慨。市教委側は「聞かれたことに行政が答えていないことがあったのは申し訳なかった」としながらも、小規模校については「単学級(1学年1学級)ではクラス替えができず、子供たちが競い合い、支え合って成長することができない」などと従来の見解を繰り返した。
「これまで区と話をしながら、地域で行政の手伝いをしてきたのに、条例化までして学校統廃合を強行するならもうボランティアの地域活動はしない」と川本会長は怒りを吐露し、猪股会長も「区のしもべになって社会奉仕活動をいろいろやってきた。そんな我々の声を聞かずに小学校を廃校にするのか」と憤る。
生野区西部地域の学校統廃合では、行政と住民代表との関係が相当にこじれている。2月の大阪市議会「教育こども委員会」で、山口照美・生野区長が統廃合に反対する連合振興町会長の1人について「この方は84歳で、新しい街づくりのイメージをその先の町会長らと情報共有してもらえない」とし、「生野区は高齢化が進んでいて町の大事な決断を高齢者の方が1人で担っていたり、若い人とコミュニケーションが取れない課題がある」と答弁。この発言は「永年にわたって地域を愛し、心血を注いできた方を冒とくしている」と生野区の連合振興町会長らが5月1日付で、山口区長あてに「謝罪を求める要望書」を提出する事態に発展した。
■コロナと共存する社会での学校像とは
昨年から大阪市議会「教育こども委員会」で生野区西部地域の学校統廃合について質疑をしてきた長岡ゆりこ市議(共産)は、「小学校はこれから児童の登校が始まると、休校期間中の遅れを取り戻すため先生方はとても大変になる。学校生活もコロナ禍以前と同じにはできない。そんな中、学校統廃合も並行して進めるとは学校現場の負担が大き過ぎる」と指摘する。
新型コロナウイルス禍では、子供たちも「学校に行けない」という多大な被害を被った。登校が始まっても、しばらくは「三つの密を避ける」などのウイルス対策を校内で講じなくてはならない。長岡市議は「休校が長く続くような事態では、小規模校の方が学校側は児童一人ひとりをフォローしやすい。校内で『3密』を避けるには、児童数が少ない方がいい。教育委員会は小規模校の良さを見直すなど価値観を転換する時ではないのか」と話す。
民主的な学び「デモクラティックエデュケーション」に取り組む教育ファシリテーターの武田緑さんは、「新型コロナウイルス禍では、感染防止と『学ぶ権利』の両立が問われ、さまざまな課題が浮かび上がった」と話す。今後、このウイルスと戦いながら人々の生活が続くことになるならば、再び感染拡大の局面を迎える可能性もあり、学校も新たな対策に迫られている。武田さんは「全国的に一斉休校するのではなく、分散登校にするなど学びを続けるための学校運営を模索する必要がある。この春、長く続く休校の間、学校とのつながりが途絶え、不安を感じた児童や保護者も多かった。休校措置になった場合でも、家庭まかせではなく先生は各児童に連絡を取って、心身の健康や学習状況に気を配り、双方向のコミュニケーションを確保するのが望ましい」とし、「こうした児童への個別対応や、児童が密集しない学校環境づくりなどは、小規模校の方が取り組みやすい」と述べる。
「もともと小学校の適正規模は12~24学級という数字に国際的エビデンスはない」と武田さんは言う。新型コロナウイルス禍で、学校の「適正規模」に対しても柔軟な考え方が求められている。