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耳の聴こえない人たちに演劇を届ける「舞台手話通訳者」。その存在に魅せられて

水上賢治映画ライター
越美絵ディレクター 筆者撮影

 ドキュメンタリー映画「こころの通訳者たち What a Wonderful World」の背景について、はじめに説明しようと思うが文字にすると少々入り組んだことになる。

 まずベースとして作品内にもう1本、「ようこそ舞台手話通訳の世界へ」というドキュメンタリー映像が存在する。

 この作品が焦点を当てるのは、耳の聴こえない人たちに演劇を届ける舞台手話通訳者たち。

 「ようこそ舞台手話通訳の世界へ」は、3人の舞台手話通訳者たちが舞台「凛然グッドバイ」の公演に挑むまで日々が記録されている。

 そして、このドキュメンタリーでの舞台手話通訳者の手話による表現を、目の見えない人たちに伝えられないか?ということで、音声ガイド作りが始まる。

 この音声ガイド作りの道のりを記録したのが本作「こころの通訳者たち What a Wonderful World」になる。

 こう説明すると小難しくなってしまうが、簡単に言うと、耳の聴こえない人のための手話によるパフォーマンスの映像を、目の見えない人たちに届けるようとしている。

 果たして、耳の聴こえない人に向けた舞台手話通訳者たちの表現を、目の見えない人たちにも感じてもらうことは可能なのだろうか?

 それは無謀な試みかもしれない。でも、やってみないことには何も始まらないし、何もかわらない。そして、実はその先にとてつもない可能性があるかもしれない。

 そのことを「こころの通訳者たち What a Wonderful World」は教えてくれる。

 いかにして本作は生まれたのか? 本作にかかわった人々への話を訊くインタビュー集をスタートさせる。

 はじめに話を訊くのは、「こころの通訳者たち What a Wonderful World」の出発点になったといっていい「ようこそ舞台手話通訳の世界へ」の越美絵ディレクター。

 どういう過程で舞台通訳者と出会い、取材することになったのかなど、その舞台裏を訊く。(全四回)

きっかけはある舞台公演をみたこと

 まず「こころの通訳者たち What a Wonderful World」の出発点となっている「ようこそ舞台手話通訳の世界へ」を作るに至った経緯についてこう明かす。

「きっかけはある舞台公演をみたことでした。

 好きなマイムをベースにしたパフォーマンス集団があって公演によく足を運んでいたんです。

 で、あるときの公演が、『こころの通訳者たち What a Wonderful World』にも登場されているTA-net(特定非営利活動法人 シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)の廣川麻子さんが手掛けられた舞台で。聴こえないキャストとこのマイムをベースとした表現者たちがコラボする舞台公演だったんです。

 なんの前情報もなく見に行ったのですが、このときの感動は今でも忘れられない。

 もともとわたしが好きで見に行っていたこの方々の舞台というのが、マイムと言ってもパントマイムではなく、体だけでひとつのストーリーを表現していく。つまり言葉を使わない舞台なんです。

 ですから、言葉ではない体の表現でなにかをつたえようとするパフォーマーの方々と、聴こえないろうのキャストの方々とがコラボレーションした舞台だったんですけど、それが凄かった。

 なかなか言葉ではうまく説明できないんですけど、この両者が一緒になることでものすごいパワーやグルーブが生まれて、なにかわからないけど、こちらにその思いや気持ちが伝わってくるものがある。心の底から感動して、『ああ、言葉がなくてもこんななにかをひしひしと感じられる表現があるんだ』と感銘を受けました。

 それで、公演終了後、廣川さんがご挨拶をされていて。これが廣川さんを知ったきっかけでした」

「こころの通訳者たち What a Wonderful World」より
「こころの通訳者たち What a Wonderful World」より

TA-net(特定非営利活動法人 シアター・アクセシビリティ・

ネットワーク)の廣川麻子さんとの出会い

 そこで廣川さんに興味を持ち、一度会う流れになったという。

「まず、廣川さんのこの舞台で実践されているような試みがどんどん広がってほしい。そういう舞台の一ファンとして廣川さんに興味を持ちました。

 それからこんなおもしろい公演があることを、もっともっと広く多くの人に知ってもらいたい気持ちもありました。

 さらにディレクター業を生業としていますので、常に『企画の種』みたいなものを探していまして(苦笑)。

 なにか番組の企画になるようなことができないかなということで、廣川さんに『相談できませんか?』とお願いしまして、お会いすることになりました。

 東京のどこかのカフェで手話通訳さんをお願いして、お会いしてお話しする時間をもちました」

 そこでいきなり撮影のオファーを受けたという。

「なにか取材させていただけないか相談していたんです。

 すると、たまたまなんですけど、廣川さんはすでに舞台手話通訳付きの演劇を作られていて、それを記録撮影してくれる人を探していた。

 で、初めて顔を合わせたばかりなのに、『じゃ、越さん、やってみない?』と。もうびっくりしました。いや、初対面でまだお会いして数時間しかたってませんけど、『こんないい機会をいただいていいんでしょうか?』といった感じで。

 では、ということで、撮影に関してはこのカメラマンの方にお願いすると廣川さんに伝えたんです。

 そうしたら、廣川さんは、その方をご存知だった。

 そこで話がまとまって、まず廣川さんが手掛けられた舞台手話通訳付きの演劇を撮らせていただく機会をもちました。

 そのときの映像記録が良かったのかわからないですけど、そのあとに、舞台手話通訳者というのがどういう存在なのかを、コンパクトにまとめて伝える映像を作れたらいいなというお話をいただいて、これが『ようこそ舞台手話通訳の世界へ』の出発点になりました」

(※第二回に続く)

ポスタービジュアル
ポスタービジュアル

「こころの通訳者たち What a Wonderful World」

監督:山田礼於

プロデューサー:平塚千穂子

撮影:金沢裕司 長田勇

制作担当:越美絵

出演:平塚千穂子 難波創太 石井健介 近藤尚子 彩木香里 白井崇陽

瀬戸口裕子 廣川麻子 河合依子 高田美香 水野里香 加藤真紀子

語り 中里雅子

シネマ・チュプキ・タバタにて先行公開中、

10月22日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次ロードショー

場面写真およびポスタービジュアルは(C)Chupki

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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