漢字が書けない子を救いたい~作業療法士がクラウドファンディングを立ち上げる~
新型コロナウイルスで親子の時間が多くなる中で、親が勉強を教えるという機会も増えている家庭も多いはず。その中で、「何度も何度も漢字を教えているのに、なんで覚えてくれないの?」と疑問を持ちながら、なかなか覚えない子どもにイライラしている親も多いのではないだろうか。
特に、漢字は東アジアの文化として、2000年以上に渡り、大きな役割を果たしてきたが、その数の多さや複雑さは、漢字が書けない学習障害を産み出すことにもなってしまった。
最近、学習障害は発達障害の1つとして、支援を進める動きが出てきているが、その子に合った支援にたどり着くには多くの課題があるのが現状だ。
こうした状況の中で、筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程(障害科学専攻)に在籍する作業療法士の大西正二さん(44)は、このほど漢字の学習を支援するためのアプリを開発するために、クラウドファンディングを立ち上げた。
漢字を学習する上での障害とは
学習障害とはどういう状態なのだろうか。国は、以下のように定義している。
学習障害の原因としては、脳や中枢神経系に何らかの機能障害があり、そのために、認知に偏りが生じやすいとされている。その状況を周囲が理解できないことによって、「やる気がない、怠慢、努力不足と思われてしまい、その結果、自己肯定感が低下し、不登校にも陥りやすい」と大西さんは指摘する。
漢字の学習障害といっても、類型はさまざまあるようだ。例えば、「話すことは普通だが、読めない/書けない」「書けないが、読める」「読めないが、書ける」などのケースがある。
上記の漢字の画像をご覧いただきたい。「号」の字を見ると、何度練習しても下の部分がうまく書けていないのがわかる。また、「風」は最初のはらいの部分が何度書いても短く、他方、春は細長く、まるで鉄塔のような形になってしまっている。
この字を書いた子は、知的障害を持っているわけではない。IQも平均的だそうだ。しかし、得意な認知分野とそうでない認知分野がバランスを欠いているがために、苦手な認知分野について必要な支援を得られにくい状況になってしまっている。
また、漢字が苦手な子は、決して一様ではなく、学習障害の状況によって異なり、大きくは2種類に分けられるとされる。大西さんは、「人間の認知処理様式には、継次処理と同時処理があります。前者は、情報を1つずつ時間的な順序によって処理する様式で、後者は、複数の情報をその関連性に着目して全体的に処理する様式です。学習障害のある子どもはアンバランスな傾向があり、子どもの得意な認知処理様式に合った指導方略を用いなければなりません」と、その子に合った支援の環境を作る必要性を訴える。
一般の人でも実は継次処理と同時処理の2つのタイプがある。例えば、行きたい場所を伝えるときに、言葉を用いて時系列で順に説明するほうが分かりやすいのであれば継次処理タイプ。そうではなく、地図そのものを見せられて、言語、絵、色、位置などの複合的な情報で理解するほうが容易であれば同時処理タイプという具合だ。得意ではないほうの説明を受けてもすぐに理解できないのには、こうした脳の構造的な問題もある。
こうした特徴から指導方略を導き出すことを大西さんは作業療法士の経験から学んだという。これは、適応的アプローチと言われるものだ。このアプローチ方法は、得意な機能を活かして進めることから、直接的な効果が得られやすいというメリットがある。
漢字書字が苦手な児童の特徴としては、4つのパターンがあるとされる。
まず、「眼球運動の問題」だ。見比べることが苦手で、手本を横にして書こうと思っても、対比して捉えられないという状態にある。次に「視覚的な記憶の問題」。手本の漢字を覚えたつもりでも、書くときに忘れてしまうのが特徴だ。さらに、「不器用」な子であれば、枠に納めて書くことに精いっぱいで、覚える余裕がない状態に陥ってしまうという。そして、「漢字の中のまとまりを見つけることが苦手」な子もいる。例えば、「寺」という字であれば、「土」と「寸」という字に分けられるが、こうした捉え方が難しいということになる。
以上のパターンが複合的に絡みながら、学習障害として現象されることになる。
これに対して具体的な支援策としては、なぞり、空書(運動的な記憶)、肘・肩の運動、画の色分け(継次的掲示・同時的掲示)がある。
大西さんは、これまでの研究(修士論文)の中で、
1)継次的方法、同時的方法は漢字書字の学習に有効である。
・継次処理タイプか同時処理タイプかを選択する必要がある。
2)肘・肩の書字運動と空書による学習は運動的な記憶の形成を促進する。
・空書によって漢字の想起を助けることがある。
――という事実を明らかに、一般社団法人日本LD学会の機関誌「LD研究」(2019年8月25日発行 第28巻 第3号)にも掲載された。
漢字を学習するためのアプリの開発
こうした研究成果をもとにして、今回大西さんは漢字を学習するためのアプリの開発に乗り出すことにした。
まず、継次処理が向いている子には、下記の図のように、書くべき画が赤い線で表示されるようにする。全体の書き順を把握したところで、最後の画から1画ずつ呈示する画を減らしていく。減らした画を想起する設定だ。減らす画数を選択することも可能にする。
また、同時処理が向いている子には、それぞれの画数を色で覚えられるようにする。継次処理と同じように、全体の書き順を把握したところで、最後の画から1画ずつ呈示する画を減らしていくなどの対応を可能にする。
さらに、空書機能の設定を導入し、画面上で最後に空書をする設定を追加したり、空書が正答したら、視覚的に確認しながら書字できる設定も可能にしたりするほか、復習機能の設定も盛り込む予定だ。「介入研究で、長期記憶に残るまでには2回の復習が必要であることがわかりました。学習した漢字を管理し、復習できるようにしたり、学習後、2回の復習がチェックできるようにもしたい」と語る大西さん。
360万円の資金調達を目指す
クラウドファンディングは、4月22日にスタートした。100万円は自己資金を使い、360万円の資金調達を目標にしている。締切は6月末だ。
現在、博士後期課程2年の大西さんは、今回のアプリ開発を実行に移した上で、「その効果を測るためにさらに研究を進めていきたい」と意気込む。
学習障害を持つ子への支援は、まだまだ確立されていないところがある。その子に合った支援を進めていくためには、さらに多くの課題を抱える子どもたちが開発されたアプリを実践していく中で、改善を図っていく必要があるだろう。
大西さんは、「学習障害のあるなしに関らず、人間の能力は凸凹があるもの。だからこそ、世の中が多様で、いろんな職業が成り立つんだと思います。仕事では、作業療法士として、肢体不自由、知的障害、発達障害の子どもたちと触れ合っていますが、その半数以上が学習障害を抱えているのが現状です。学習障害のある子は覚えるのが苦手で、生活にも支障が出てしまっています。作業療法士の多くが具体的な支援の仕方が分からず手探り状態です。支援の方法を確立させるために、自分が大学院に進み、これまで研究を重ねてきました。今回のアプリ開発でさらに一定の成果が得られるように、クラウドファンディングを是非成功させたい」と結んだ。