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トランプは北朝鮮に先制攻撃をかけるか ツイッター大統領の恐怖

木村正人在英国際ジャーナリスト
香港に出没したトランプと金正恩のそっくりさん(写真:ロイター/アフロ)

「金正恩は核ミサイルのボタンを押す」

昨年8月、妻と2人の子供を連れてソウルに亡命した在ロンドン北朝鮮大使館のナンバー2、テ・ヨンホ元公使が英BBC放送や米CNNなどのインタビューに応じ「金正恩朝鮮労働党委員長は自分の体制を守るためなら米国から報復攻撃を受けると分かっていても核ミサイルのボタンをためらわず押すだろう」という見方を示しました。

テ・ヨンホ氏はロンドンにある北朝鮮大使館に勤務していましたが、家族とともにソウルに亡命しました。ロンドン西部の公立学校に通っていた下の息子は昨年7月中旬から学校に来なくなり、フェイスブックなどで連絡を取っていた同級生は当時「全てのアカウントが突然、閉じられた」と英メディアに証言していました。

北朝鮮の国営朝鮮中央通信(KCNA)によると、テ・ヨンホ氏は犯罪者として尋問を受けるため北朝鮮への帰国を命じられていたとされています。KCNAは「亡命した外交官は公金を使い込み、韓国のスパイとして活動し報酬まで受け取っていた」とテ・ヨンホ氏をなじりました。嫌疑はもちろん北朝鮮のデッチ上げです。

BBCのスティーブ・エバンズ・ソウル特派員によると、テ・ヨンホ氏が亡命を決断したのは、下の息子が学校で同級生に突き飛ばされ「お前は髪を伸ばしているが、北朝鮮に帰るとそうはいかないだろう」と言われたのがきっかけでした。テ・ヨンホ氏はもう子供たちを騙し通すことはできないと思ったそうです。

強制収容所に送られた家族と親類

テ・ヨンホ氏は「北朝鮮にいる家族や親類は遠く離れた地方の強制収容所送りになった。それを思うと胸が痛む。本当に想像したくもないことだ。北朝鮮の金正恩体制を崩壊させるためにできることは何でもしようと決心した。自分の家族、親類だけでなく奴隷として扱われている北朝鮮の人民を解放するためにできることは何でもする」と話しました。

そして「家族や親類は必ず生きていると信じている。いつか故郷に帰って再会を果たしたい」と付け加えました。

エバンズ特派員によると、北朝鮮は早ければ2年以内に米国本土を攻撃できる核ミサイルの開発に成功する可能性があります。

テ・ヨンホ氏は「金正恩は核兵器だけが彼の体制を保証することをよく知っている。もし北朝鮮の政権や金正恩王朝が崩壊の脅威にさらされた場合、金正恩は核ミサイルのボタンを押すつもりだ。金正恩は米国から報復攻撃を受けることもはっきり認識している。もし彼が権力を失えば、それは彼にとっての最期になるからだ」と指摘。「もし殺されると分かったら、金正恩は何でもするだろう」とも話しました。

「米朝首脳会談は考え直すべき」

CNNのインタビューに対し、テ・ヨンホ氏はトランプ米大統領が選挙期間中に金正恩と直談判しても良い考えを示したことについて「中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領でさえ、金正恩と会談していない。トランプ大統領は考え直すべきだ」と指摘しました。

金正恩は1月1日の演説で、米国本土を狙える大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験は最終段階だと述べ、核・ミサイル開発をさらに加速させる考えを示しました。金正恩の父、金正日の誕生日(2月16日)を祝うために、北朝鮮がICBMの発射実験を実施する可能性が強まっています。

これは米国への挑発です。米大統領に就任したばかりのトランプがどう出るのか、金正恩には瀬踏みする狙いもあるようです。

核ミサイル開発進んだオバマの8年間

北朝鮮の瀬戸際戦略に決してご褒美を与えない「戦略的忍耐」をとったオバマ前米大統領の8年間に、北朝鮮は核実験を4回も実施、50回以上のミサイル発射実験を行いました。中距離弾道ミサイルに搭載できる核弾頭の小型化に成功。そればかりか潜水艦から発射する弾道ミサイル(SLBM)や大陸間弾道ミサイルに応用できる衛星打ち上げロケット、移動できる中距離弾道ミサイル「ムスダン」の開発を進めています。

オバマのウエイトは「戦略的忍耐」から「制裁強化」に置かれますが、北朝鮮の核・ミサイル開発を止めることはできませんでした。北朝鮮の暴発と崩壊を恐れる中国が救いの手を差し伸べてきたからです。

オバマ前政権は中国丹東市のダンドン・ホンシャン・インダストリアル・デベロップメント・カンパニー・リミテッドに金融制裁を加える一方、中国も同社を犯罪捜査の対象とするなど、北朝鮮包囲網は次第に強化されています。

ICBMへの先制攻撃はあるのか

トランプは大統領就任前の1月2日に、金正恩の新年演説に反応して「北朝鮮は米国本土を攻撃できる核兵器開発の最終段階にあると宣言した。しかしそんなことは起きない」とツイートしました。

シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)米国のマーク・フィッツパトリック事務局長の最新ブログによると、西側の情報機関が、北朝鮮が保有すると推定される核兵器20発、貯蔵されているプルトニウムや濃縮ウランの隠し場所をつかんでいるかどうかは非常に疑わしいそうです。

2015年11月には北朝鮮の核関連施設を押さえて破壊する緊急事態対処計画が米韓の国防首脳の間で話し合われたと報じられています。すでに北朝鮮の核能力を破壊する先制攻撃論はソウルとワシントンでは珍しいことではなくなりました。

フィッツパトリック氏によると、三段の大陸間弾道ミサイルKN-08や二段のKN-14は輸送起立発射機(TEL)で移動できますが、燃料の注入に30~60分、さらに発射前のチェックなどが必要だそうです。KN-08を運べるTELは北朝鮮には8両しかないので、米韓の監視システムで捕捉することは十分に可能とみられています。

ちなみにTELは中国から輸入した車両がベースになっています。

トランプが北朝鮮のICBMに先制攻撃をかけるとなると、戦争の引き金になるかもしれません。韓国だけでなく日本にも戦火が及びます。ツイッター大統領のトランプが北朝鮮の核関連施設を先制攻撃する場合、同盟国の韓国や日本に事前相談する保証は何一つないのです。

(おわり)

参考:Pre-empting a North Korean ICBM test By Mark Fitzpatrick and Michael Elleman

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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