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「不読率60%の衝撃」?結論ありきの「本離れ」論のデタラメ 令和5年度国語に関する世論調査を読む

飯田一史ライター
令和5年度「国語に関する世論調査」(文化庁)34pより

■「不読者が15%も増えた!」という解釈は妥当なのか

文化庁の「国語に関する世論調査」では5年に1回、読書調査をしています。今回は前回よりも「一ヶ月に読む本の冊数」に関して「読まない」と答えた人の割合が約15%増えたことが「衝撃」などと新聞で報じられましたが、本当に衝撃なのでしょうか。

そもそも「15%増えた」という解釈は妥当なのか。

「令和元年度以前の調査結果は面接聴取法によるもの。令和5年度調査(郵送法)とは調査方法が異なるため、参考値として示している」とわざわざ報告書の中で断っています。

それなのに平成30年度と単純比較して「読まない人が増えている!」と騒ぐ。

これはあまりスジの良い数字の読み方ではないと思います。

たとえば面接で「どのくらい読みますか」と直接聞かれたら見栄を張って若干多めに答えてしまう人もいるかもしれないですし、紙で書いて送る場合には面倒くさいから1番前にある「読まない」という選択肢をチェックしがちになるかもしれない。回答にどのくらいちゃんと答えるかという態度も面接OKにする人と郵送調査でOKという人では違うでしょう。結果として割合が1割かそこら変わることはありえるわけです。

だからこそデータを経年比較するには、同じ調査方法で行うという一貫性が重要になります。

ですから単純に比較はできません。

以前の調査と今回の調査の「あいだ」のどこかが実態なんじゃないか、くらいに思っていたほうがいいのではないかと個人的には考えます。

■経年変化による乏しい日本の高校生以上の読書

「じゃあ書籍の読書率や読書量は減っていないとおまえは言うのか」という方もいるでしょう。私はそんなに急激に変化は起こらないとみています。なぜなら2019年まで毎日新聞社が実施していた読書世論調査を見ても、16歳以上の日本人全体の読書に関しては経年で驚くほど変化が見られないからです。

全国学校図書館協議会「学校読書調査」、全国大学生協「学生生活実態調査」、毎日新聞社「読書世論調査」各年より筆者作成
全国学校図書館協議会「学校読書調査」、全国大学生協「学生生活実態調査」、毎日新聞社「読書世論調査」各年より筆者作成

中高生は不読率が時代によって変化していますが、日本人全体(16歳以上)では60年代中盤ごろから55%プラスマイナス数%の範囲内にずっと収まってきました。この記事のヘッダ(サムネイル)に貼り付けた「国語に関する世論調査」の表も見てみると、平成20年度(2008年)と平成30年度(2018年)でほとんど違いがありません。言い換えるとスマホの普及前と普及後でほぼ変化がないのですね。

学校読書調査や読書世論調査、国語に関する世論調査などが出るたびに新聞は「高校生以上の不読率50%の衝撃」「本離れ」とか書くのですが、経年で見て変化に乏しいのにいったい何が「衝撃」なのか、その学習能力のなさのほうが衝撃です。

毎日新聞社「読書世論調査」各年より筆者作成
毎日新聞社「読書世論調査」各年より筆者作成

月間の読書冊数を見ても「雑誌不読者を含む全体」では減少傾向が見られますが(「書籍」とは異なり「雑誌」を読む人の割合は減り続けているため)、それ以外では年によって多少の変動はあれ、経年で減少傾向はありません。書籍を読む習慣のある人、雑誌を読む習慣のある人のなかでは読書量は別に減っていません。読書世論調査は2019年で終了しましたが、この5年で劇的に減少させるような社会やテクノロジーの変化ってありましたかね。私には思いつきません。むしろ一定以上の年齢になると、読書量、読書率に関しては社会やテクノロジーといった外部環境の変化の影響を受けにくくなる(遺伝的影響の方が強く出る)と考えた方がこの「変わらなさ」に説明が付くと思います。

本の「購買量」と「読書量」はイコールではありません。

「雑誌」と「書籍」でも傾向が違います。

いくら本屋が潰れようと、書籍を読む量は減っていないと見た方が正しいです。

■「若者」がとくべつ本を読まないのか?

「国語に関する世論調査」への報道では、「16~19歳の不読率が高い」と問題視されました。これも問題があります。実際のデータを見てみてください。

令和5年度「国語に関する世論調査」35p
令和5年度「国語に関する世論調査」35p

たしかに16~19歳が一番高いですが、全年代でせいぜい5、6%しか違いません。ほとんどいっしょです。不読率60%とか62%の世代が、65%や66%の世代を叩いている。まったくアホらしい話です。

しかも16~19歳の調査サンプル数(n数)は合計100もありません。男女各50人未満なんですね。これでは精度が高くない可能性があります。

令和5年度「国語に関する世論調査」1p
令和5年度「国語に関する世論調査」1p

むしろ日本の読書調査で興味深いのは、高校生以上になるとほとんど差が見られないことで、今回の読書世論調査でも同じ傾向があります。たとえば韓国の国民読書実態調査を見ると中高年になるほど本を読まないし、近年になるほど若者と大人の読書率の差が開いていっています。一方、日本は高校生以上では年齢差も経年変化も少ないのが特徴です(ただし小中と高校生以上では大きな差がありますし、小中学生に関しては経年変化も大きいです)。

韓国文化体育観光部「国民読書実態調査」2023年度を元に筆者作成
韓国文化体育観光部「国民読書実態調査」2023年度を元に筆者作成

「若者がひどい」ではなくて「高校生以上になると、いくら年を取っても読書率が変わらない日本人のふしぎさ」に着目したほうがいいのではないでしょうか。

■総合読書率の高さを誇る中国、書籍を読まない割合が高いと騒ぐ日本

1か月に 1 冊以上書籍を読む人の割合は約37%ですが、今回の読書世論調査では「読まない」と答えた人に対して「本ではなく、それ以外の文字・活字による情報(SNS、インターネット上の記事などを含む。)を読むことが、どのくらいありますか」と尋ねています。

「ほぼ毎日ある」 75.3%

「週に 3~5 日くらいある」 6.3%

「週に 1,2 日くらいある」 4.1%

「月に数日くらいある」 3.5%

「ほとんどない」10.4%

「無回答」0.4%

となります。ここから「書籍は1ヶ月に1冊も読まないけど、それ以外で字に触れている人の割合」を計算すると全体の56%になります。書籍不読者62.6%に、その中で書籍以外で触れる人(1-ほとんどない10.4%-無回答0.4%)をかければ算出できます。

そうすると、なんらかのかたちで文字メディアに触れている人の割合は書籍約37%+書籍以外約56%=総合読書率は約93%になります。

「総合読書率」は、かつては「書籍か雑誌、どちらかを読んでいる人の割合の合計」として算出されることが多かったですが、近年ではデジタルメディアの普及とそれに伴う「読書観」の拡張によって、より広くカウントする調査が増えてきています。

たとえば中国「全国国民読書調査」(中国出版研究院)2023年では書籍、紙の雑誌、新聞、デジタル読書(電子書籍、インターネット含む)、オーディオブックを合わせて算出しており、中国では書籍の読書率は59.8%、総合読書率は81.8%です。

しばしば日本のメディアでは「中国の読書熱がすごい」などと報じられて8割の人が本を読んでいるかのように言われるのですが、中国では「紙の書籍」中心の状態から読書観が拡張されていることが無視されています。また、中国メディアは「こんなに読んでるぞ!」と誇る基調の記事が多いのに対して、日本のメディアはいつも不読の割合にフォーカスしますし、いつまで経っても「紙の(文字ものの)書籍」の読書を特権化しています。

そもそも私の知る限り、日本以外の国では読んでいない割合である「不読率」ではなく、読んでいる人の割合「読書率」を公表するほうが一般的です。この時点で日本人が「読んでないやつ」のほうに目を向けて叩きがちな傾向が見てとれます。

国際的に見てもべつに日本人は本を読まないわけではなくて、ぼちぼちだと思います。

学校読書調査23,読書世論調査19,韓国文化体育観光部「国民読書実態調査」23,中国新聞出版研究員「全国読書調査」23,CNL「フランスの若者と読書」24,「フランス語と読書」23を元に筆者作成
学校読書調査23,読書世論調査19,韓国文化体育観光部「国民読書実態調査」23,中国新聞出版研究員「全国読書調査」23,CNL「フランスの若者と読書」24,「フランス語と読書」23を元に筆者作成

・仏は小7-12歳,中13-15歳,高16-19歳,全体は15歳以上のデータ.
・日本以外の国はすべて紙+電子の冊数.中国はインターネットで記事サイトを見ることまで「読書」に含めており紙の本の全体の読書率は59.8%.
・仏は小中高生には過去3ヶ月に読んだ冊数,全体では過去1年で読んだ冊数を訊いているため「1ヶ月にどれくらい本を読むか」を尋ねている日本の調査よりも読書率が高く出やすいと考えられる

そういうわけで今回の調査結果に対して「日本人の読書が劣化、悪化している」と捉える必要はないと思います。ほかの調査も合わせて見るならば、経年で日本人が文字を読まなくなっているとは今のところ言いがたく、ほかの国よりひどいわけでもありません。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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