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なぜ「アイコス」は30円安いスティックを出したのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
北海道・中国・四国・九州で販売されているアイコス用のヒーツ:写真撮影筆者

 タバコの値段が上がると、喫煙者の多くが一時的に価格の安いタバコへ移行することはよく知られている(※1)。2010年にタバコが値上げされた日本でも安いタバコのシェアが増えたが、2018年10月の値上げはどうだろうか。加熱式タバコのアイコス(IQOS)では30円安いヒートスティックがテスト販売されている。

喫煙には経済格差と健康格差がある

 近所に公園が多いなどの住環境によって運動習慣に差が出たり、低学歴の人ほど健康診断を受診する率が低かったり、社会的なつながりによって認知症の発症率に違いが出たり、子ども時代の経済状態によって成人後の食生活に差が出たりと、ソーシャル・キャピタル(Social Capital、社会的な関係の資本)や経済格差と健康格差には強い関係がある(※2)。タバコも同じだ。貧困なほど、また低学歴ほど喫煙率は高い。

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日本では所得が200万円未満の世帯と600万円以上の世帯とで喫煙率が、男性で約6ポイント、女性で約10ポイントの差となっている。Via:厚生労働省、2014(平成26)年「国民健康・栄養調査」よりグラフ筆者作成

 低所得者に対する調査では、18歳から24歳までの男性以外の全ての年齢性別で喫煙率が高い。若い世代の喫煙率が下がっているが、この世代がタバコも吸えないほど低賃金になっているのだろう。住んでいる地域や性別と喫煙率には関係があり、男性は都市部で喫煙率が低い傾向にあるが、女性は都市部のほうがむしろ高くなる(※3)。

 喫煙は日常的な習慣で、ニコチン依存になると寝ているとき以外は定期的にタバコを吸わずにはいられなくなる。先日、一般的な紙巻きタバコが1箱500円ほどに値上がりしたが、毎日1箱20本吸う喫煙者は1月30日で1万5000円、1年365日で18万2500円もタバコ代に使うわけだ。

 デフレが終わっていない証左か、サラリーマンの月額小遣いはどんどん下がって、2017年には平均3万7428円と過去2番目に低くなっているらしい(※4)。タバコ代に使えば残りは2万円ちょっとで、ここからランチ代を出せば気軽に飲みにも行けなさそうだ。

 禁煙してしまえばいいのだが、そうもいかない喫煙者は少しでも出費を抑えるため価格の安いタバコに切り替える傾向にある。例えば、2010年に税率が引き上げられ、タバコ価格が100円以上値上がりしたときには、価格の安い旧3級品紙巻きタバコ(専売公社時代の3級品、わかば、エコー、しんせい、ゴールデンバット、沖縄のバイオレット、うるま)へ消費がシフトした。

 旧3級品タバコ銘柄の多くは高齢の喫煙者が多く、値上げによってこれら高齢者がタバコ離れになって採算が取れなくなる懸念から他の紙巻きタバコ(第1種)の1/2に税率を低くする特例税率となっていた。だが、それまで売上げ上位20位に入っていなかった旧3級品タバコ(わかば、エコー)が2010年以降、上位へ食い込むようになる。

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紙巻きタバコ、旧3級品タバコ(わかば、エコー)の売上げ本数とシェアの推移。税制の変更と価格、売上げに関係があることがうかがえる。Via:一般社団法人日本たばこ協会の資料より筆者がグラフ作成

安いスティックがなぜ出たか

 日本はWHO(世界保健機関)の国際的なタバコ規制枠組条約(WHO FCTC)に加盟し、旧3級品タバコに対する特例措置が締約国に対するタバコ課税要請という条約の主旨に反するということで国会でも問題になったことがある。また、売上げ増により、高齢者以外の喫煙者にも旧3級品タバコの使用が広がっていることがうかがえ、2015年の税制改正で旧3級品タバコの特例税率が廃止となった。

 このとき、2016年4月1日から旧3級品タバコの税率が段階的に上げられることが決まり、こちらの増税のタイミングは4月1日となる。2018年10月1日からタバコが値上げされたが、旧3級品の紙巻きタバコは特例税率廃止による段階増税により2019年9月30日まで税率を上げないことが決まっていたため、10月1日には値上げされていない。

 もっとも、JT(日本たばこ産業)は、それを見越して2018年4月1日に旧3級品タバコ6銘柄の値上げをしている。これにより、わかばは320円から360円へ、エコーも310円から350円へ値上げされ、もっとも安い国産タバコはゴールデンバットの330円となった。また、しんせい(350円)、バイオレット(350円、沖縄限定)は在庫売り尽くしで販売終了となるようだ。

 では、アイコス、プルーム・テック(Ploom TECH)、グロー(glo)の加熱式タバコはどうだろう。アイコスのヒートスティック(マールボロ)は460円から500円へ、プルーム・テックのたばこカプセルが460円から490円へ、グローのネオスティックが420円から460円、neoが450円から490円へ、それぞれ値上げされている。

 この価格差は微妙だ。加熱式タバコのシェアとしては、トップがやはりアイコス、2位3位争いはプルーム・テックがやや優勢といった状況だが、グローのタバコ部分は最も安い(460円)。今回のタバコ値上げによってシェアに変動が起きるのだろうか。

 値上げにもタバコの格差が影響し、経済的に貧しい人ほど安いタバコへ流れて禁煙できず、豊かな喫煙者はこれをきっかけに禁煙して健康になる傾向にある(※5)。このため、タバコ会社は貧しい喫煙者を禁煙へ向かわせず、経済的に豊かな層を新たにニコチン依存にさせる戦略を立てるが、加熱式タバコでも同じことがいえそうだ。

 アイコスを出しているフィリップ・モリス・ジャパンは、2018年10月22日から地域限定でヒートスティックに30円安い470円の銘柄ヒーツ(HEETS)を投入している。北海道、中国四国九州の18道県でメンソール1種を含む4種が販売され、コンビニなどで買うことができる(筆者は香川県高松市で購入)。

 アイコス用のヒートスティックで、ヒーツという銘柄はイタリア、スイス、ポルトガルなど日本以外の各国で一般的に販売されている。逆に、日本のマールボロ銘柄は、他国ではほとんど販売されていない。アイコスの実験場である日本でマールボロ・ブランドが広く知れ渡り、特に若年層に訴求するためだろう。

 今回、フィリップ・モリス・ジャパンが、ヒーツ・ブランドで30円安い銘柄を投入してきた背景には、10月1日からの値上げによって生じた加熱式タバコ各銘柄の価格差を調整する狙いがありそうだ。

 加熱式タバコで最安値はグローのネオスティック460円だが、ラインナップを2銘柄に増やし、従来のマールボロ・ユーザーをつかみつつ、新たな購買層へ広げようとしているのだろう。一方で、マールボロ・ブランドを日本で展開してきた戦術をヒーツ・ブランドの全国販売で混乱させたくないという思惑もありそうだ。

 一般的にタバコ増税によるタバコ価格の上昇は消費抑制につながるが、貧しい喫煙者にとって必ずしもそれは正しくない。加熱式タバコでは、本体デバイスが数千円以上であり決して安くないが、廉価版のヒートスティックが出そろうようになり、故障率の低減などデバイスの信頼性が整えば紙巻きタバコからの切り替え喫煙者を取り込めるかもしれない。

 ただ、日本を除く先進諸国では総じてタバコ税率が上げられつつあり、タバコ自体が値上がりしている。加熱式タバコを豊かな国や地域に広げるためには、ヒートスティックの価格がネックになってくるだろう。

 そのためにもタバコ会社は、途上国や低所得国での紙巻きタバコの販売から手を引くことはあり得ない。これらの国々の喫煙者は高額なデバイスを買えず、地域の電力インフラが未整備なため、加熱式タバコを普及させることができないからだ。

※1-1:A Hyland, et al., "Higher cigarette prices influence cigarette purchase patterns." Tobacco Control, Vol.14, Issue2, 2005

※1-2:Lori M. Diemert, et al., "Smoking Low-cost Cigarettes: Disparities Evident." Canadian Journal of Public Health, Vol.102, No.1, 2010

※1-3:Hana Ross, et al., "Do cigarette prices motivate smokers to quit? New evidence from the ITC survey." Addiction, Vol.106, Issue3, 609-619, 2011

※2-1:M Lindstrom, et al., "Social capital and leisure time physical activity: a population based multilevel analysis in Malmo, Sweden." Epidemiology & Community Health, Vol.57, Issue1, 2003

※2-2:近藤克則ら、「ソーシャル・キャピタルと健康」、行動計量学、第37巻、第1号、27-37、2010

※3:Y Fukuda, K Nakamura, T Takano, "Socioeconomic pattern of smoking in Japan: income inequality and gender and age differences." Annals of epidemiology, 2005

※4:1979年以降1982年の3万4100円に次ぐ:新生銀行グループ「男性会社員のお小遣いは過去2番目に低い金額」ニュースリリース(2018/11/14アクセス)

※5-1:Dahlia K. Remler, "Poor Smokers, Poor Quitters, and Cigarette Tax Regressivity." American Journal of Public Health, Vol.94, No.2, 225-229, 2004

※5-2:Timothy T. Brown, et al., "The empirical relationship between community social capital and the demand for cigarettes." Health Economics, Vol.15, Issue11, 1159-1172, 2006

※5-3:Peter Franks, et al., "Cigarette Prices, Smoking, and the Poor: Implications of Recent Trends." American Journal of Public Health, Vol.97, No.10, 1873-1877, 2007

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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