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英国のGDPがドイツを上回る予測―EU脱退に追い風

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英国はドイツに代わって欧州盟主国となるか?
英国はドイツに代わって欧州盟主国となるか?

欧州の“超大国”として長く君臨してきたドイツも2030年には、英国によってそのトップの座を奪われるという大胆な経済予測が昨年12月下旬、著名な英民間調査機関の経済ビジネスリサーチセンター(CEBR)から発表され話題を呼んだ。

これはCEBRの年次リポート「世界経済順位総覧2013年版」で示されたものだが、ユーロ圏債務危機では独り勝ち状態のドイツ経済にも暗雲が垂れ込めてきたといえる。CEBRの予測では、英国のGDP(国内総生産)は2013年の1.59兆ポンド(約270兆円)から2028年には2.6兆ポンド(約445兆円)に急拡大し、現在、GDP規模で世界6位の英国と同4位のドイツのGDPの差は2013年の約6100億ポンド(約104兆円)から2018年には1830億ポンド(約30兆円)に縮まって英国は同5位のフランスを抜き、さらに、2030年にはドイツまでも追い越すという。

その理由について、CEBRは「英国の人口構成は若い世代がユーロ圏各国に比べて多く、しかもユーロ圏の外にいるため、ユーロ圏内での債務危機によって経済力が疲弊することを免れる。また、税金が安いことやユーロ安の恩恵を受ける」と指摘する。つまり、ドイツは高齢化が進んで総人口が伸び悩むのに対し、英国は若い世代が多く人口増による経済の拡大が見込めて有利になることを意味する。もっとも、CEBRは、「もしユーロ圏が崩壊すれば、ドイツは再び、強い国際決済通貨としての旧通貨マルクに戻るため、経済は一段と拡大し英国はドイツを抜くには多くの年数を要することになる」と付け加えている。

英紙デイリー・テレグラフのシュー・ピン・チャン記者はこのCEBRの予測について、昨年12月26日付電子版で、「CEBRが英国のEU(欧州連合)脱退は国益にかなうと確信していることを示すものだ」という。CEBRのダグラス・マクウィリアムズCEO(最高経営責任者)も同日付電子版で、「英国はEU脱退が短期的には大きな痛みを伴うとしても、経済力は一段と強まる」と述べ、脱EUで揺れる英国政界に一石を投じている。デービッド・キャメロン英首相は2015年の総選挙で与党・保守党が勝利すればEU脱退の是非を問う国民投票を実施する構えを崩しておらず、CEBRの予測はキャメロン陣営を勢いづけている。

ユーロ危機脱却は時期尚早

ドイツ経済の先行き不安を象徴するのが国内賃金の伸び悩みだ。昨年12月19日にドイツ統計局が発表した7-9月の賃金とボーナスの合計額は名目で1.3%増、物価調整後の実質では0.3%減となった。これは一時的な現象ではなく、過去3年間、賃金の減少が続いている。この点について、米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルのマシュー・ダルトン記者は同日付電子版で、「エコノミストはインフレ圧力を測る物差しとして賃金の動向を見ているが、ドイツの賃金の低下傾向はデフレが現実のものになることを示すだけでなく、ユーロ圏の経済不均衡の是正を困難にしている」という。

つまり、ユーロ圏発足当初の10年間は、ギリシャやポルトガルなど周辺国の賃金水準がドイツを上回っていたため、最後には国際競争力を失って重債務国となり、債務危機が起こると財政資金不足からEUに救済策を求めた。しかし、これまで高い賃金の伸びに支えられた強いドイツ経済は周辺国の輸出を拡大させ健全な経済に戻すことが期待されていたが、それができないほど弱くなっているのだ。

同記者は、また、「同時にドイツ経済の問題点を示している。失業率が低下しているのに賃金が上昇しないという問題だ。これは10年前のシュローダー政権が低賃金のパートタイマー労働者の比率を高める政策をとったことに起因するも。構造的に雇用が増えても賃金が上昇しにくくなっている」と指摘する。ドイツ経済を襲うデフレの恐怖はユーロ圏の危機脱出を困難にしているのだ。

一方、最近では、EU統計局ユーロスタットが1月8日に発表した昨年11月のユーロ圏小売り売上高が前月比1.4%増(前年比1.6%増)と、12年ぶりの高い伸びとなりデフレ懸念を払しょくする一方で、同7日には昨年12月にEUの救済策を脱却したアイルランドが10年ぶりに低金利での国債発行に成功したことから、ユーロ圏経済は危機を脱し景気回復の兆しを見せ始めてきたかに見える。しかし、他方でユーロ圏の11月失業率は12.1%(失業者数1924万人)と、4月以降変わっておらず、依然高水準のまま。12月のコアインフレ率も0.7%上昇と、過去最低の伸びで物価目標の2%上昇を下回り厳しい状況を脱していない。

マリオ・ドラギECB(欧州中央銀行)総裁は、英紙フィナンシャル・タイムズの1月9日付電子版で、政策金利を過去最低の0.2%に据え置いたあとの会見で、その前日に、ジョゼ・マヌエル・バローゾEC(欧州委員会)委員長が今年、ユーロ圏は危機を脱すると楽観的な発言をしたことに対し、「ユーロ圏経済は依然として脆く、今年、危機を脱するという見方は時期尚早だ」と釘をさしている。米国のノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏も1月1日付のニューヨークタイムズ紙(電子版)で、「ユーロ圏危機は終わってない。危機国はまだ、低賃金による輸出主導の景気回復や、財政緊縮政策が債務の削減をもたらすような段階に至っていない」とし、危機脱却は時期尚早と見ている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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