トロント映画祭にまた見た、Netflixの必死感とオスカーへの本気度
オスカー予測で重要な役割を果たすトロント映画祭が、現地時間15日、閉幕する。今年も、スカーレット・ヨハンソン、メリル・ストリープ、エディ・マーフィーなど大物が、新作を引っさげてこの街を訪れた。
スターの顔ぶれの華やかさで、トロントはカンヌより上。そこに大きく貢献しているのが、Netflixだ。ヨハンソンの「Marriage Story」、ストリープの「The Laundromat」、マーフィーの「Dolemite Is My Name」は、いずれもNetflixが世界配信する“映画”なのである。ほかにも、この映画祭では、やはりNetflixの「The Two Popes」(アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライス主演)、「American Son」(ケリー・ワシントン主演)や、ドキュメンタリー作品が上映された。
フランスの興行主からのプレッシャーがあったり、審査員長が「Netflix作品は上映しても賞はあげない」と言ったりしたことから、Netflixはカンヌ映画祭をボイコットしているのだが、トロントとは蜜月。だいたい、一社でここまで多くの作品を持ってくること自体がすごい。Netflixはまた、来月のニューヨーク映画祭で、マーティン・スコセッシが監督、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノらが出演する「The Irishman」をお披露目する予定でもある。
オスカーの資格問題は解決しないまま
昨年、「ROMA/ローマ」をオスカー作品賞受賞ギリギリのところまで持ち込んだNetflixは、今年、さらに数多いコマを抱えるだけでなく、それらをもっと効果的に売り込もうと策を練っている。第一ステップは、これらの作品が立派な“映画”であると認識してもらうこと。大きな映画祭で上映され、いい評判を得るのは、そのための有効な手段だ。次のステップとしては、北米公開時、昨年「ROMA〜」やコーエン兄弟の「バスターのバラード」で行ったように、ストリーミング配信に先立って、劇場公開限定の期間をもうけるつもりでいる。その期間がどれくらいなのかはまだ明らかにされていないが、作品によっては「ROMA〜」より長く、もしかすると4週間ほどもうけるのではないかというのが、業界の憶測だ。
オスカーの資格を得る上で必要な劇場公開期間は、1週間。それはストリーミング開始と同時でもかまわない。この基準を変えないと映画の定義が揺らいでしまうと危機感を持ったスピルバーグは、オスカーの直後にも資格に関するルール変更を提唱するつもりだったのだが、結局、何も変わらなかった。Netflixへの態度は、映画界の大物の中でも分かれており、ひとつの方針で合意を取り付けるのは難しいという現実も、そこにはからんでいる。
メジャースタジオがスーパーヒーロー映画やアクション大作、アニメーションなどに力を注ぎ、大きくは儲からない大人向け映画をますます敬遠するようになってきた近年、Netflixは、そういったプロジェクトを抱えるフィルムメーカーを助ける天使の役割を果たしてきた。今回のトロントで上映された中でも、「The Laundromat」は、パナマ文書をスティーブン・ソダーバーグらしく良くも悪くも実験的な形で語るリスクだらけの映画だし、「American Son」は人種問題に鋭く迫るダークな作品だ。「Marriage Story」も、ヨハンソンとアダム・ドライバーが出ているとはいえ、ひと組の夫婦が離婚する過程を2時間以上かけてゆっくり描くもので、どこから見ても商業性が高いとは言えない。Netflixが「うちでやろう」と言ってくれなかったら、これらのスターがトロントでレッドカーペットを歩くことは、おそらくなかった。
スコセッシの「The Irishman」も、本来はパラマウントが作るはずだったのだが、予算が1億ドルを超えたことから彼らが手放し、Netflixが拾ったものである。まともな常識を持つスタジオなら観客の層が狭いR指定の映画にそこまでのお金をかけることは、今日、まずしない。「ROMA〜」も、劇場用映画として作られたのだが配給がつかず、Netflixが買ったものだ。
つまり、それらの監督にとっては妥協の結果ということ。それでも、自分たちのところへ来てくれたことにNetflixは感謝し、いたれりつくせりのサービスをする。だから、本当なら1週間でいいのにもっと長く劇場公開の期間をもうけて劇場用映画のイメージを強くしようとしてあげるし、広告費も、オスカーキャンペーンの経費も、惜しまないのだ。今年のオスカー前、Netflixは、美しい写真が詰まった「ROMA〜」の豪華本を投票者らに送ったが、あの重い本をあれだけの人たちに届ける送料だけでも、小さなライバルがかけたキャンペーン予算の総額を上回っていたのではないかと、皮肉を含めてささやかれたものである。
だが、Netflixにとって、そこまでするメリットは何か。彼らはどうしてそこまでしてオスカーがほしいのか。それにはもちろん、正当な理由がある。そしてそれはますます切実になっている。
混み合うストリーミング市場における差別化の必然
今月、アップルは、11月にスタートするストリーミングサービスApple TV+の料金を、1ヶ月5ドルと発表した。業界関係者は10ドル程度ではないかと予測していたのだが、その半分だったのである。ひと足先に発表されたディズニーのDisney+は、1ヶ月7ドル。ワーナーメディアも、来年春には、ワーナー・ブラザースの映画、テレビ、HBOのドラマを配信するHBO Maxをスタートさせようとしている。こちらの価格帯は不明ながら、つまり、今、視聴者は、どれを契約してどれをやめるか、考えなくてはならない状況に直面しているのである。
Disney+には、ディズニーの古典アニメーションのほか、マーベル、ピクサー、「スター・ウォーズ」がある。それらが揃って7ドルなのだから、子供がいる家庭にとって、これはもう決まりだ。HBO Maxにはアメリカ人が愛してやまないテレビ番組「フレンズ」や、「バットマン」がある。Apple TV+は、新しくiPadやiPhoneを買った人には1年間無料サブスクリプションをオファーすると言っている。そうなると、今年料金を値上げしてスタンダードプランが13ドルになったNetflixは、厳しい。そんな彼らが生き延びる道は、オスカーにからむ傑作映画を、アワードシーズン真っ最中に見られる唯一の場所という立ち位置になることなのである。
とは言っても、毎年「ROMA〜」のような超有力作品を出してくるのは、至難の業。今年のトロントでかかった作品のどれかが実際にオスカーに引っかかるのかどうかも、今のところわからない。だが、少なくとも、この映画祭で、それらの作品の宣伝を十分にできたのは、たしかだ。新聞やネットに出た批評や記事を見て、「見てみたい」と思った一般人が何人かでもいれば、価値はあったと言える。オリジナルコンテンツが増え、ちょっと良い程度の作品ならば埋もれてしまう今だけに、なおさらだ。
来年もきっと、Netflixはトロントにたっぷりと作品を送り込むことだろう。気になるのは、その時までに、オスカーの資格についての条件が変わっているのかどうかだ。それによっても、たぶん流れは変わる。来年の話をすると鬼が笑うと言うが、鬼の顔を見る暇もないスピードで、今、ハリウッドは変動しているのである。
場面写真:Courtesy of TIFF