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美しき分身を見つけたグザヴィエ・ドラン。『たかが世界の終わり』

杉谷伸子映画ライター
(c)Shayne Laverdiere, Sons of Manual

映画監督にとって、多かれ少なかれ 主人公は監督自分の分身です。自分で脚本を書きおろす映画作家にとっては なおのこと。『たかが世界の終わり』はドランが自分の分身を演じるべき俳優を見つけたことに興奮させてくれる作品なのです。

カンヌ国際映画祭でクィア・パルムを受賞した監督第3作『わたしはロランス』(’12年)が日本でも話題を集めたのに続き、19歳で撮った長編デビュー作『マイ・マザー』(’09年)、恋と嫉妬と自意識さえもがみずみずしい第2作『胸騒ぎの恋人』(’10年)が劇場公開されて、日本におけるグザヴィエ・ドラン元年となったのが2013年。14年にはインスタグラム風な正方形画面が印象的な『Mommy/マミー』で、ジャン=リュック・ゴダールの『さらば、愛の言葉よ』とともにカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した彼が、昨年のカンヌでグランプリに輝いたのが『たかが世界の終わり』です。

原作は、38歳でエイズで亡くなったジャン=リュック・ラガルスの戯曲『まさに世界の終わり』。34歳の人気作家ルイは、自分の死が近いことを伝えるために12年ぶりに帰郷するのですが、家族とのぎこちない空気のなか、本題を切りだせないまま過ぎていく時間を通して、ルイと家族の不器用な関係が浮かびあがっていくことに。

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ドランにとって『トム・アット・ザ・ファーム』(’13年)以来となる戯曲の映画化ですが、映画ファンの関心をまず引くのは、ドランの業界人気を反映するかのような豪華キャストでしょう。

主人公ルイを演じるのは、ギャスパー・ウリエル。ルイに憧れる妹にレア・セドゥ。何かにつけてルイに攻撃的な兄にヴァンサン・カッセル。その妻にマリオン・コティヤール。母親には『わたしはロランス』でロランスの母を演じたナタリー・バイ。カナダ人監督ながら『フランス映画祭2013』で『わたしはロランス』が上映されたり、カンヌ映画祭での評価も高い監督だけあって、フランス映画界のスターがずらりと揃っています。

ぎこちない空気を埋めようとするからなのか、家族の思い出話を饒舌に話す母や、憧れの兄との久々の対面に興奮気味の妹、そんな家族に何かにつけて苛立つ兄など、登場人物たちが醸しだす濃密な空気も、フランス映画っぽい。けれども、ドランにとっての永遠のテーマであり続けるだろう 母と息子の関係が、兄妹も交えた関係に広がっているとはいえ、家族の緊張感や、主人公がゲイであること、クラシックな模様の壁紙など、独特な美意識と洗練された映像スタイルで描かれるのは まさにドランらしい世界。

さらに、オープニングから ルイの心情に一気に引き込んでくれるカミーユの『Home is where it hurts』といい、本作でも随所で抜群の音楽センスに痺れさせずにいないのです。

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けれども、この作品の最大の勝因は、グザヴィエ・ドランが、ギャスパー・ウリエルという自分の分身を演じるのにふさわしい美しき分身を見つけたこと。

原作はラガルスの自伝的作品だそうですが、ルイが ゲイを公言するドランの分身でもあるのはいうまでもありません。

『トム・アット・ザ・ファーム』でも主人公を演じるなど、自身の監督作でも“分身”を何度も演じてきたドランだけに、自分の分身を演じるべき、美しき俳優を見つけたことは大きな幸福であるはず。

なにしろ、『Mommy/マミー』までは自ら衣装デザインも手がけるなど、独特とはいえ、高い美意識を持ち、美しいものへのこだわりに溢れる映画作家です。

ドラン自身は、観客が自分とルイを重ねることを意識してはいなかったでしょうが、これまでたびたびドランが自作で主人公を演じるのを観てきた観客にとっては、ギャスパーという美しい分身を通して、ルイとドランが重なっていく興奮がたまりません。

しかも、モノローグは多いものの、台詞自体は極めて少ないルイは、必然的にアップが多くなり、表情による繊細な表現も要求されます。アップに耐えうる美しさと 確かな演技力。ギャスパーは、まさにその両方を備えた存在なのですから。

そんなルイを軸に家族のぎこちなくも濃密な時間を描きながら、既にもうこの世にいないルイが 家族の元を訪れたようにも解釈できるポエティックな描写もある美しい世界。重苦しくなりかねないほどに映像と言葉の情報が溢れているのに、さらに その行間を読ませる世界でもある不思議。「Feel, don’t think」ではなく、まずは「Feel」、それから「Think」。そんな深い余韻が広がっていきます。

『たかが世界の終わり』(配給:ギャガ)

新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA 他全国順次公開中

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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