聖夜を揺らすクラリネット・レジェンドの調べ
北村英治カルテットによる
クリスマス・ジャズナイトと
題されたコンサートが、
東京文化会館小ホールで
開催されました。
北村英治とは
言わずと知れた
日本ポピュラー音楽界の重鎮にして
スウィング界を代表する
クラリネット奏者。
御年88歳ながら
現役バリバリでライヴをこなす
その姿こそが、降誕祭に相応しい
のではないだろうかと、
上野の森のクリパならぬ
クリコンに出掛けました。
88歳の挑戦?
ステージに登場した北村英治、
第一声が「この歳で初めて
ということもあるんですよ」
と語り始めました。
そう、クラシックの殿堂と呼ばれている
上野の森のこのコンサート・ホールの
ステージに上がるのが初めて、
なのだそうです。
そんなエピソードをご開帳したあとに、
マイクから離れてメンバー全員がNo PA
つまり電気的増幅なしでの演奏という
これもまたチャレンジングな試み。
「いつも、どこに行っても、
この曲から始めるんですよ」
とスタートさせたのはおなじみの
「ローズルーム」でしたが、
音がふんわりと宙を舞いながら
客席へと降り注いで来たように
感じられたのは、決して
気のせいではなかったと思います。
1部では、演奏する人も少ない
「リンゴの木の下で」や
フランス語の歌詞を交えた「枯葉」、
北村のオリジナル「サツキに寄せて」
など、親しみやすさはもちろん
スウィングの楽しさを感じてもらおう
という意志を感じられる工夫が
随所にちりばめられていました。
おもしろかったのは、
「ビギン・ザ・ビギン」の
スウィング仕立てという趣向。
この曲、独特な流れるようなリズムの
曲調で知られていますが、
それをわざわざ「スウィング仕立てで」
としたところがミソ。
カリブ海に浮かぶマルティニーク島
で生まれたラテン音楽のリズムを
そのままタイトルにしてしまった
超有名曲。
それをそのままではなく、
あえてスウィング・ビートに
変えてしまう趣向は、
このステージのホストが
超有名曲を超有名曲としてではなく、
ジャズとして楽しんでほしいという
意思の表われに違いありません。
クラシックも巻き込む北村マジック
セカンド・セットは季節ものの
クリスマス系で盛り上げたあと、
グレン・ミラー・ナンバーで
再びジャズの世界へ呼び戻します。
と思ったら、なにやら北村トークの
途中でステージに現われる人影が…。
なんと、東京藝術大学名誉教授の
村井祐児がクラリネットを手に登場。
プログラムにもないサプライズで
客席がザワついていると、
「ムーンライト・セレナーデ」
をダブル・クラリネットで
披露してくれたのです。
村井祐児と言えばアカデミック側の
日本を代表するクラリネット奏者で、
北村が年長ながらその教えを
請うた人物です。
つまり日本のクラリネット界を
二分する両巨頭がここに集って
しまったというわけなのです。
そのあとも村井は随所で
演奏に乱入。
「メモリーズ・オブ・ユー」では
ほとんど1人でクラリネットの
パートを担当するという、
おそらく本人にとっても
ハプニング的な展開に
なっておりました。
いや~、ジャズですね~。
エンディングはクラリネットの
マスターズ・オブ・アイコンの
ひとりでもあるベニー・グッドマンの
代表曲として知られる
「シング・シング・シング」。
これがまた大熱演で、
北村のヴォリュームが
前のセットに比べて
5割増しになったのでは
と思うほど。
始めのほうこそ
大人しくしていた客席からも
歓声が飛び交うようになり、
クラシックの殿堂も
様相を変えて大団円へ。
アンコールの「ボナセラ」が
終わってもまだ鳴り止まない
拍手と歓声に、出演者たちは
カーテンコールで応えなければ
ならない事態になっていました。
さてこのスペシャルなコンサート。
レジェンドのノスタルジーに
あふれたプロブラムなどとは
およそ形容できないような、
熱く濃く“若い”内容だと
感じたのはボクだけでは
なかったはず。
近頃のナウなヤングには
エレクトロ・スウィングなるものが
流行っておりますが、
その潮流の源泉とも言える
ホットなジャズを
聴くことができた
貴重な夜になりました。