エイプリル・フールに生まれた選手は、ジョークのような記録を残しているのか
1985年4月1日に生まれたダニエル・マーフィーは、2015年のポストシーズンに6試合続けてホームランを打った。これは、ポストシーズン最長のストリークだ。ただし、ジョークのような記録ではない。
1939年4月1日に生まれたフィル・ニークロは、1976年から1979年まで、4年続けて100人以上を歩かせた。けれども、与四球100以上のシーズンをさらに長く継続した投手はいる。しかも、ニークロはナックルボーラーだ。与四球の多さは、やむを得ないところもある。
エイプリル・フールに生まれたメジャーリーガーのなかには、ジョークのような記録を残している選手がいるのではないか。そう思って調べてみたが、なかなか見つからない。
強いて挙げるなら、1969年4月1日に生まれたフランク・カスティーヨだろうか。1997年の夏、カスティーヨはトレードによってチームを移った。移籍前はシカゴ・カブスで98.0イニングを投げ、防御率5.42。移籍後はコロラド・ロッキーズで86.1イニングを投げ、こちらも防御率5.42を記録した。
厳密に言えば、まったく同じ数値ではなく、5.418…と5.420…ながら、移籍の前後とも80イニング以上を投げ、それぞれ違うイニングにもかかわらず、小数点第3位を四捨五入すると同じ防御率、なおかつ、その数値が5.00以上というのは、かなりレアな記録ではないだろうか。
また、移籍前は与四球率4.04と9敗、移籍後は与四球率2.61と3敗なのでまったく違うが、奪三振率6.15と6勝は、移籍前も移籍後も共通する。防御率、奪三振率、白星の3点セットだ。
他には、1995年4月1日に生まれたキーガン・エイキン(ボルティモア・オリオールズ)が、メジャーデビューから毎年、10の倍数となる与四球を記録している。2020年が与四球10、2021年が与四球40、2022年は与四球20だ。まだ、レアというところまではいかない気がするものの、これが10年続けば、トリビアになりそうだ。
なお、エイキンは、今シーズンの開幕戦で6回裏の無死一、二塁から登板し、最初に対戦した吉田正尚(ボストン・レッドソックス)にヒットを打たれた。これは、吉田のメジャーリーグ初安打となり、初打点も記録された。
エイキンは、続く3人をアウトに仕留めてイニングを終わらせ、7回裏のマウンドには上がらなかった。内野ゴロの間にも走者に生還されたが、エイキンの失点と自責点はゼロだ。与四球も、まだ記録していない。
オリオールズの次の試合は、エイキンの28歳の誕生日だ。