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「ボヘミアン・ラプソディ」はオスカーを取らない。その根拠

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ボヘミアン・ラプソディ」は、ゴールデン・グローブを取ったが...(写真:Shutterstock/アフロ)

「ボヘミアン・ラプソディ」がゴールデン・グローブを取った2日後、「L.A.TIMES」紙は、「So Wrong and So Right」と題する大きな批判記事を掲載した。間違っている(Wrong)のは「ボヘミアン・ラプソディ」と「グリーンブック」のグローブ受賞、正しい(Right)のは、その前日に発表された「The Rider」の全米映画批評家協会賞受賞である。

 この記事を書いた「L.A.TIMES」映画批評家のジャスティン・チャンは、奇妙な選択をしがちなグローブの歴史においてもここまでひどかったことは初めてだと、この結果を嘆いている。「ボヘミアン〜」については、「(フレディ・)マーキュリーの複雑なセクシュアリティをこぎれいに描こうとする臆病さのせいで、ラミ・マレックの優れた演技力まで無駄にされている」と非難。「グリーンブック」が選ばれたことについても、今年はほかに「ブラック・クランズマン」「ビール・ストリートの恋人たち」など人種問題に正面から突っ込む作品があっただけに残念だと述べる(ただし、『グリーンブック』はコメディまたはミュージカル部門で、『ブラック〜』『ビール・ストリート〜』はドラマ部門と、ライバルではなかった)。

全米映画批評家協会賞を受賞した「The Rider」は、中国生まれの女性監督クロエ・ジャオによる低予算のインディーズ映画(写真/Sony Pictures Classics)
全米映画批評家協会賞を受賞した「The Rider」は、中国生まれの女性監督クロエ・ジャオによる低予算のインディーズ映画(写真/Sony Pictures Classics)

 チャンと同じ感想をもつ業界人は少なくない。だが、その人たちも、“本番”のアカデミー賞で同じ思いをすることについての心配は、していない。組合系のノミネーションが出揃った今、「グリーンブック」はともかく、「ボヘミアン・ラプソディ」がオスカーを取る可能性は限りなく低いと言えるからだ。

現状、最有力は「アリー/スター誕生」と「ブラック・クランズマン」

 オスカーと投票者がひとりしかかぶらない(ひとりだけかぶるようになったのもごく最近のこと)ゴールデン・グローブは、もともとオスカー予測上、あまり当てにならない。それに対して、監督組合(DGA)、映画批評家組合(SAG)、プロデューサー組合(PGA)には、アカデミー会員も多数いる。

 オスカー作品賞と一致することがとりわけ多いのが、PGAだ。「シェイプ・オブ・ウォーター」と「スリー・ビルボード」の大接戦だった昨年も、PGAは「シェイプ・オブ〜」に賞をあげていた。PGA賞が生まれた1989年から現在までに、PGAに候補入りをしなかったのにオスカー作品賞を取ったのは、「ブレイブハート」だけである。

 今年のノミネーション10本は、「ブラックパンサー」「ブラック・クランズマン」「ボヘミアン・ラプソディ」「クレイジー・リッチ!」「女王陛下のお気に入り」「グリーンブック」「クワイエット・プレイス」「ROMA/ローマ」「アリー/スター誕生」「バイス」。「ボヘミアン・ラプソディ」も、「グリーンブック」も、入っている。

「アリー/スター誕生」はブラッドリー・クーパーの監督デビュー作。クーパーは監督としても、主演俳優としても、高い評価を受けている(写真/Warner Brothers)
「アリー/スター誕生」はブラッドリー・クーパーの監督デビュー作。クーパーは監督としても、主演俳優としても、高い評価を受けている(写真/Warner Brothers)

 次に、SAG。俳優は、アカデミーの中で最も人数が多い。また、過去20年の間で、SAGのアンサンブル部門にノミネートされなかったのにオスカー作品賞を取ったのは、昨年の「シェイプ・オブ〜」だけである。オスカーで最有力と思われていた「ラ・ラ・ランド」がSAGアンサンブルに候補入りしなかった年には、「初の例外となるか?」と騒がれたのだが、オスカーは結局、SAGにノミネートされていた「ムーンライト」だった。

 今年のアンサンブル候補作は、「アリー/スター誕生」「ブラックパンサー」「ブラック・クランズマン」「ボヘミアン・ラプソディ」「クレイジー・リッチ!」。「グリーンブック」は落ちたが、「ボヘミアン〜」は入っている。

 そして、DGA。過去28年、DGAに候補入りしなかった映画がオスカー作品賞を取ったことは、一度もない。昨年の受賞者も、「シェイプ・オブ〜」のギレルモ・デル・トロだった。

 今年の候補者は、「アリー/スター誕生」のブラッドリー・クーパー、「ブラック・クランズマン」のスパイク・リー、「ROMA/ローマ」のアルフォンソ・キュアロン、「グリーンブック」のピーター・ファレリ、「バイス」のアダム・マッケイだ。「グリーンブック」は入ったが、「ボヘミアン〜」は落ちた。

「ブラック・クランズマン」はスパイク・リー監督の最新作。主演はデンゼル・ワシントンの息子ジョン・デビッド・ワシントン(写真/Focus Features)
「ブラック・クランズマン」はスパイク・リー監督の最新作。主演はデンゼル・ワシントンの息子ジョン・デビッド・ワシントン(写真/Focus Features)

 今のところ、この3つともに入ったのは、「アリー/スター誕生」と「ブラック・クランズマン」だけだ。これらは脚本家組合(WGA)にもノミネートされている(『グリーンブック』も候補入りしたが、『ボヘミアン〜』は入っていない)。WGAは資格について独特のルールがあるため、必ずしもオスカー予測につながらないのだが、それでも、この2作が、監督、脚本、演技、作品全体という、どの方面から見ても評価されていることは明らかである。

もっと見えてくるのはこれからの1週間

 ただし、「アリー/スター誕生」も、「ブラック・クランズマン」も、これといった大きな賞を、まだ取っていない。いつも名前は上がるのに、究極の決定打がないのである。たとえば、「グリーンブック」は、オスカー作品賞につながることの多いトロント映画祭観客賞を取っている。過去には「スラムドッグ$ミリオネア」「英国王のスピーチ」「それでも夜は明ける」などが、この道をたどった。

 しかし、オスカーにおいては、この“多くの人にまんべんなく愛される”のが強かったりもする。投票者が候補作に順番をつけて投票し、一番低かったものを落とし続けながら、最終的に50%の票が集まった作品を選ぶという制度のもとでは、熱烈に愛される人が多いかわりに反発もある作品より、2番目、3番目くらいに好きという作品が選ばれることが多いようなのだ。その意味でも、興行成績は抜群なのに作品への評価が大きく分かれる「ボヘミアン〜」は、弱い。

 本当に予測がしやすくなるのは、これからの7日間だ。アメリカ時間13日には放送映画批評家協会賞、そして19日にはPGAが発表になるのである。

 PGAの重要性は、先に述べたとおり。放送映画批評家賞は、投票者こそかぶらないものの、投票システムが同じなのが注目点だ。オスカーとの一致度もかなり高く、昨年の受賞作は「シェイプ・オブ〜」。その前の年はオスカーを逃した「ラ・ラ・ランド」を選び、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」と「6才のボクが、大人になるまで。」が争った2014年度にも食い違ったりしているが、それ以外は、近年、だいたい同じである。今年の作品部門候補は「ブラックパンサー」「ブラック・クランズマン」「女王陛下のお気に入り」「ファースト・マン」「グリーンブック」「ビール・ストリートの恋人たち」「メリー・ポピンズ リターンズ」「ROMA/ローマ」「アリー/スター誕生」「バイス」。「ボヘミアン〜」は入っていない。

 PGAもまたオスカーと同じ投票システムをもつ。このふたつを「アリー/スター誕生」か「ブラック・クランズマン」が制覇すれば、オスカーの行方は相当に見えてくるというわけだ。逆に、全然違う作品が受賞すれば、混乱を巻き起こし、それはそれでおもしろくなる。

 オスカーのノミネーション投票は現在行われている最中で、発表は22日。そこでまた次の段階に入る。オスカー戦線は、これからがまさに正念場。果たして、どんな展開になるのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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