実戦復帰の原口選手「これからの野球人生はみんなのために」《阪神ファーム》
阪神タイガースの原口文仁選手は昨年末、プロ10年目を目前に初めて人間ドックを受診したのですが、そこで見つかったのは大腸がん。詳しい検査を受け、1月24日に自身が開設したツイッターで病名を公表しました。その時の記事はこちらです。→<ガンという壁も越えてみせる!阪神タイガース・原口文仁選手>
1月末に入院、手術、2月初めに退院すると中旬からは球場でのリハビリを開始。最初は“運動”だったものが少しずつ“野球の動き”へと変わっていきます。やがて3月7日、鳴尾浜でチームに合流。みんなより1か月遅れでユニホームに袖を通し、3月下旬には屋外でキャッチボール、4月16日には屋外でのフリーバッティングを始めて、大きく前進。ブルペンで球を受けたり、ピッチャーの投球を打ったり、実戦復帰を目指す毎日でした。
5月7日は遠征から戻ってきたチームの全体練習に合流、試合前のシートノックまで参加。この日はベンチに入らず、室内で打撃練習をして試合に備えています。ピッチャーとの対戦が半年近くなかったため、感覚がなかなかつかめなかったんでしょうね。実戦復帰を控え「開幕前みたいな感じ」というワクワクした気持ち、さらに「打てるかな。大丈夫かな」という不安もあったと思われます。
172日ぶりの実戦、今季初打席
そして5月8日の14時46分、ウエスタン・中日戦の8回裏に代打で登場。ライトフェンス近くまで飛ぶ大きな右飛を放ち、走って戻る姿に惜しみない拍手が送られました。ちなみにニュース等で報じられている「207日ぶりの実戦」は公式戦のこと。昨年11月17日、秋季キャンプの練習試合(安芸・LGツインズ)に5番キャッチャーで出場したので、実戦自体は172日ぶりとなりますね。
では試合結果をご覧ください。1対1で迎えた9回に相手エラーでサヨナラ勝ち!貯金を11に戻しています。
《ウエスタン公式戦》5月8日
阪神-中日 9回戦 (鳴尾浜)
中日 010 000 000 = 1
阪神 100 000 001x =2
◆バッテリー
【阪神】小野‐岡本‐谷川‐歳内‐尾仲‐石崎‐○飯田(1勝1敗1S) / 長坂
【中日】勝野(7回)-伊藤準(1回)-●祖父江(1敗)(1/3回) / 桂-武山(8回~)
◆本塁打 神:荒木3号ソロ(勝野)
◆盗塁 神:長坂(2)
◆打撃 (打-安-点/振-球/盗/失) 打率
1]右:島田 (3-0-0 / 0-0 / 0 / 0) .233
2]二:熊谷 (4-1-0 / 1-0 / 0 / 0) .246
3]中:荒木 (4-1-1 / 1-0 / 0 / 0) .229
4]三:陽川 (3-0-0 / 0-0 / 0 / 0) .247
5]一:ナバー (3-0-0 / 0-0 / 0 / 0) .125
6]左:板山 (3-0-0 / 2-0 / 0 / 0) .163
7]指:伊藤隼 (2-0-0 / 1-0 / 0 / 0) .145
〃打指:原口 (1-0-0 / 0-0 / 0 / 0) .000
8]捕:長坂 (3-1-0 / 0-0 / 1 / 0) .275
9]遊:小幡 (3-1-0 / 0-0 / 0 / 0) .225
※ナバー=ナバーロ
◆投手 (安-振-球/失-自/防御率) 最速キロ※
小野 2回 29球 (3-1-2 / 1-1 / 3.00) 147
岡本 1回 16球 (2-0-1 / 0-0 / 1.80) 143
谷川 2回 35球 (0-1-0 / 0-0 / 2.53) 146
歳内 1回 13球 (0-1-0 / 0-0 / 2.53) 146
尾仲 1回 10球 (0-1-0 / 0-0 / 4.00) 147
石崎 1回 13球 (0-2-0 / 0-0 / 0.00) 149
飯田 1回 12球 (1-0-0 / 0-0 / 3.86) 146
※チーム測定による最速数値
《試合経過》※敬称略
先発の小野は1回、四球とヒットで走者を出しながら無失点。その裏に2死から荒木がレフトへソロホームランを放ち先制しました。しかし2回に四球とヒットで1死一、二塁として8番・根尾に中前タイムリーを浴びた小野。追いつかれたあとは小刻みな継投で、3回は岡本が連打と四球で無死満塁とするも併殺などで得点を与えず。続く谷川は4回と5回を投げパーフェクト。歳内、尾仲、石崎はすべて三者凡退。つまり4回から8回まで4投手が完璧に抑えます。9回は飯田が2死からの1安打のみで無失点。
ところが2回以降、勝野に抑え込まれた打線。3回に先頭の長坂が中前打を放っただけ。それ以外はすべて三者凡退でした。8回は伊藤準と武山のバッテリーに代わり、原口が打者装備でベンチを出て素振りを開始。スタンドはカメラやスマホを構える人、『94』のユニホームや応援タオルを掲げる人が一気に増えます。
そんな中で先頭の板山が二ゴロに倒れ、場内に「伊藤(隼)に代わりまして原口」のアナウンスが響くと大きな拍手。みんなが身を乗り出して見つめるベンチを背に、1球目(130キロ)を見送ってボール、ついで2球目(144キロ)にバット一閃!鋭い打球が右中間へ伸びて沸き起こった大歓声は、ライト藤井のランニングキャッチで溜め息に変わりました。でも拍手はしばらく鳴りやみません。
結局、三者凡退で攻撃が終わり1対1のまま迎えた9回裏。ピッチャーは祖父江、先頭の小幡がキャッチャーへの内野安打で出塁します。島田が送って、熊谷の右前打で1死一、三塁。続く荒木が二ゴロで、捕った高松はホームへ送球、三塁から還る小幡。判定はセーフ!試合終了です。これ、サヨナラ野選かと思っていたら記録はセカンドのエラー。よって自責点は0だけど、祖父江に負けがつきました。
両監督がたたえる、さすがの打球
勝ったことによって行われたヒーロースピーチ、平田監督が指名したのは原口選手。マイクを渡され「僕ですか?」と驚いた声も、スピーカーから聞こえましたね。原口選手は平田監督の横へ行き、2人でスタンドに手を振ります。そのあと誰かのことを指差して大笑い。あれは何だったんでしょう?それはさておき、短かったけど思いのこもった原口選手のヒーロースピーチはこちら。
「お疲れ様でした。野球は、やっぱ楽しいですねえ。最高でーす!どうも応援ありがとうございましたー!」。最後は甲子園のお立ち台で叫ぶような大声です。
平田監督は「若い選手が見ていて参考になるし、空気を変えてくれるよ。違いを見せてくれる。久しぶりに試合に出て、あんないい当たりで。さすが以外に言葉が出てこないよ。藤井も捕るか~(笑)。まあ、いいことは取っておこうということだね」と話しています。スピーチを振り返り「久しぶりにベンチ入りして新鮮さと、野球のできる喜びがあったんじゃないかな」と。なお、今後はスタメンも?守備も?という質問に「急ぐな、急ぐな」と記者陣を制しました。
遠征中の1軍・矢野監督もこんなふうに話しています。
「まずはここまで来られたというのもすごいことやし、いきなりフミらしい、いい打球を打って。なんかそこだけを見るとね、ブランクも、もしかして病気もなかったかのような姿に見えたけど。でも、その打席までにいろんな思いがあって、そこに立てているっていうのが正直なフミの思いやから。一つ一つがフミの中で目標になっていく。まず鳴尾浜で1打席立てたというのは大きな前進。ここから普通にまずは2軍でやるっていうところが次の目標になっているのかなと、俺の中では勝手にそう思っている。で、次はそこから1軍に上がっていくためのステップアップ」
「これで“おめでとう”っていうと、フミは“違います”って言うかもしれないけど、第一歩を踏み出せたというのは本当にめでたいことやと思うし。ファンも俺らも、甲子園だったり1軍でフミらしい姿を見せてもらえるのを、みんな待っていると思うので。まあ焦る必要はないけど、楽しみがまた増えたなって感じです」
自分のスイングが、ひと振りでできた打席
ではお待たせしました。原口選手のコメントをご紹介しましょう。試合後にテレビインタビュー、続いて囲み取材があり、取材場所はチームに合流した時と同じ虎風荘の2階で、立っている位置も同じ。違うのは、2か月間で日焼けした顔ですかね。
まずテレビインタビューから。「きょうを迎えられてすごく嬉しい気持ちと、感謝の気持ちでいっぱいです。本当になるべく早くという気持ちで、たくさんの人に支えてもらってやってきたので。まあ本当に、きょうを迎えられてよかったなと思います」と、実戦復帰した感想を述べました。
「打席に入る前まで、すごく緊張感が自分の中にあって、バットが出るかなと少し不安だったんですけど、打席に入ったらいつも通りというか。まあ久しぶりだったんですけど、いつもと変わらない気持ちでできたなと思います」とのこと。ヒットにならなかったけど「自分のスイングはしっかり、ひと振りでできたので。そこはよかった」と手応えがあったようです。
打席で心がけていたことは?「そこまでの余裕がなくて(笑)。緊張感の方がすごくあったので、特に意識することはなかったです」。試合後にはスピーチもしましたね。「まさか自分に来ると思っていなかったので、思ったことをそのまま言った感じです」
応援に来てくれたファンへ一言。「きょうは暑い中、メディアの皆さんもそうですが最後まで試合を見ていただいて、チームも勝ってすごくよかったですし、僕自身もこれから少しずつですけど、どんどん出場機会を増やして。また1軍の戦力になるために、結果を出してやっていきたいと思っています」
「野球が楽しい」という気持ちを大切に
引き続き行われた囲み取材でのコメント。順番を入れ替えたところも少しあります。ご了承ください。
久しぶりの打席、ファーストストライクをファーストスイングで、というところを自身ではどう感じる?「ほんと打席に入る前まで、すごく緊張していたので。ベンチ裏でも“緊張しているなあ”と言われて。確かにもう緊張していたので。まあ打席の中では意外といつも通りというか、今まで通りの打席の心境で、しっかり1球の、ボール球を見送れたので、次はしっかり自分のスイングをしようと思って、振りにいきました」
試合前は特に変わらなかったような。「試合に入る前ですか?それは特に緊張感なく、いつも通りでした」。ベンチに入ってから?「そうですね。久しぶりの感じだったので」。代打でコールされた時はすごい拍手でしたね!「そうですね。意外と打席に集中しちゃうタイプで、甲子園でも聞こえないぐらいなんですけど。きょうは少し耳にも入ってきて、嬉しい気持ちと“ここからやるぞ”という意気込みで(打席に)入っていきました」
ライトフライになってベンチに戻る時、悔しそうでした。勝利に導く一打を放ちたかった?「もちろん、やっぱり競った試合の中だったので、何とかチャンスメイクできれば流れもよかったと。投手陣も踏ん張っていたから、ヒットになればチャンスになるなと思っていたので、まあ悔しかったですね」
ヒーロースピーチで「野球は楽しい」と。試合に出て実感した?「そうですね。ほんと楽しかったですね、久しぶりに。こういう気持ちをしっかり、一生持ってやれるように。きつい点も必ずあると思うんですけど、この気持ちを大切に今後がんばっていきたいと思います」
生きていることがありがたいと実感した
ここまでのトレーニングでつらかったことは?「いや~、つらい気持ちというのはなかったですね。自分の中で復帰のイメージはできていたので。時期的にも自分の思い描いていた通りに進んでいるので、うまくいっている感じです」
心の支えになっているものを聞かれ「生きているってことが、すごくありがたいことだなと実感できたので。プラス、またNPBというところで、こうして野球ができているってのは僕の中ですごく幸せなことだし。これで僕が活躍することで、さらにたくさんの人に勇気だったり、夢だったりを与えられると思うと、本当にがんばるしかないなと。そういう気持ちですね」と答え、そして「自分のためにというのは置いといて、みんなのために、これから野球に取り組んでいきたい」と続けました。
1軍の戦いは見ていますか?「見られるときはしっかりテレビでも見ています。いろいろ考えながら。早く1軍の戦力になりたいなという思いもありますけど、まずは自分のできること、コントロールできることを。今のうちにしかできないこともあると思うので、しっかりパワーをためて。呼ばれた時に爆発できるくらいに、ためたい」
原口選手にとって節目の試合がたくさんあるけど、きょうもその一つに?「そうですねえ。ほんとにそうですね。ちょっと多すぎて、どんどん忘れていっちゃうんじゃないかなと心配なんですけど」。いえいえ、結構覚えていますよと言われて「ありがとうございます」と返しました。
「本当にきょうもリスタートじゃないですけど、野球人生でまた新しいスタートを切れたので。大谷くんの復帰とかぶる中で、こんなにたくさんのメディアの方に来ていただいて本当にありがたい気持ちですし。これを『原口がんばっているぞ!』と日本中に届けてもらって、たくさんの人に元気になってもらえたら、それが僕の本望なので。そういう気持ちで、皆さんにも感謝しています」
壁を越えるたびに強くなる選手
ガンという病名を聞いた時、ものすごく驚いたし戸惑ったけど、“悲しい”という感情が私には一切なかったんです。頭に浮かんだのは「さあどうする。これから大変だぞ」という思いだけでした。だって腰痛に苦しんだ時も、骨折した時も、肩を痛めた時も、何一つ弱音を吐かなかった原口選手なので。さすがに今回は…という懸念さえ吹き飛ばしてしまうくらい前向きだったのも確かです。
でも、きのうの取材中に原口選手が「こういう気持ちを一生持ってやれるように」と言ったところで私は鼻の奥がツンと痛くなりました。さらに「生きているってことがすごくありがたいと実感した」という言葉で目頭が熱くなり、「自分のことは置いといて、みんなのために」で涙腺決壊です。なんて人なんだろう。復帰ですべて完了ではなく、まだこれから病と闘っていかなければならない自分がいるのに。
昨夜も実戦復帰を報告したツイッターに3月1日、原口選手は『今起きているすべてのことが成功へのプロセスと考えれば、どんなことも乗り越えられる』と書いていました。もちろん自らを鼓舞する意図もあるはずです。でも彼にとって試練は、高く飛ぶため一旦しゃがんでいる状態なのかもしれません。飛び越えた先で、よりパワフルな武器と強靭な心を手に入れ、もっともっと高い壁を越えていく―。
そんな原口文仁選手の“進化先”を、ぜひ見届けてください。
<掲載写真は筆者撮影>