珠城りょうが男女二役、宝塚歌劇月組『WELCOME TO TAKARAZUKA』『ピガール狂騒曲』
一度タカラヅカを観てみたいという人におすすめを聞かれることがよくあるが、私は断然、一本立ての大作よりも「二本立て」派である。9月25日に宝塚大劇場にて開幕した月組公演は日本物ショーにベル・エポック時代のパリを舞台にしたミュージカルと、ともにタカラヅカの本領発揮な美味しい組み合わせだ。これはおすすめできる二本立てではなかろうか。
拍子木が鳴り、照明がパッとついたかと思うと、舞台上には艶やかな着物姿の若衆と女性たちがずらり。『WELCOME TO TAKARAZUKA ー雪と月と花とー』は、日本物ショーならではの華やかな幕開きを見せる。作・演出は植田紳爾、坂東玉三郎が監修に加わっている。
赤の千本鳥居がどこまでも続く景色の中、専科の松本悠里が踊りで女の哀しみを表現する「雪の巻」、珠城りょう率いる月組メンバーが幻想的な群舞で月が満ちていくさまを表現してみせる「月の巻」、月城かなとらが役者の粋を見せる「花の巻」。どの場面も色が異なる新鮮さだ。
各場面とも色彩のコントラストが美しく、またビバルディ「四季」より「冬」、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」、チャイコフスキー「くるみ割り人形」より「花のワルツ」と、お馴染みのクラシックの名曲が使われているのも耳馴染みが良い。密度濃く、かつスピーディーな展開であっという間の45分間だった。
今回は生オケでないのが残念だが、洋楽で踊る日本舞踊を探究し続けてきたタカラヅカの日本物ショーの令和の集大成ともいえそうな作品であり、この分野で長年貢献してきた松本悠里の卒業の花道を飾った。
もともとはオリンピック開催のタイミングに合わせて海外からの観客も視野に入れて作られたようだが、図らずも日本舞踊に馴染みの薄い今の日本の観客にとっても親しみやすく、タカラヅカの日本物ショー独自の魅力が伝わる一作となった。
後物のミュージカル『ピガール狂騒曲』はシェイクスピアの『十二夜』を題材にした物語が、「ベル・エポック」といわれた20世紀初頭のパリに舞台を移して展開する。作・演出は原田諒である。
母を失い孤児となったジャンヌ(珠城りょう)は身を守るため男装しジャックと名乗り、腹違いの兄を探している。客足が遠のくミュージック・ホール「ムーラン・ルージュ」支配人のシャルル(月城かなと)は、起死回生を図るべく、人気作家ウィリー(鳳月杏)の妻でありベストセラー『クロディーヌ』のモデルとも目されるガブリエル(美園さくら)を舞台に引っ張り出そうと画策、その交渉役をジャックに任せる。じつはガブリエルは夫のゴーストライターをさせられており『クロディーヌ』を書いたのも彼女だった。夫の身勝手な態度に愛想を尽かしたガブリエルはウィリーに離婚を要求、そんな折、出演交渉にやってきたジャックに一目惚れしてしまう。
『十二夜』でいうとジャンヌ(ジャック)がヴァイオラ(シザーリオ)、シャルルがオーシーノ公爵、ガブリエルがオリヴィアに当たるだろう。だが、シェイクスピアの原作の上に女性の自立、そして舞台を創り上げる人々の情熱というテーマが重ねられ、今の観客が深く共感できる物語に仕上がっている。
作家ガブリエル・コレット、「ムーラン・ルージュ」の創始者シャルル・ジドレールといった実在の人物をモデルにしたキャラクターが登場するのも面白い。コメディ要素も強いが、ドタバタ喜劇というよりはウィットと絶妙な間でクスリと笑わせる舞台である。
珠城りょうがジャンヌ(ジャック)と腹違いの兄ヴィクトールの2役を演じるが、これが何とも不思議な魅力を醸し出している。この役は中性的なフェアリータイプの男役に似合いそうな役柄であり、男っぽいタイプの珠城がこの役をやると聞いたときには誰もが意外に感じたことだろう。だが、それゆえに男女を巧みに演じ分けるというより、もはや完全に別人格に見えるのが妙味だ。ことに、素顔の珠城の延長にも見えるジャンヌ(ジャック)の「健気なのに色っぽい」姿から目が離せない。
知的で強気だが意外と可愛い部分もあるガブリエルは、美園さくらにぴったりの役どころ。月城かなと演じるシャルルの一発逆転に賭ける男気、どん底に陥ったときになお漏れ出てしまう色気も魅力的だ。
鳳月杏演じるウィリーは憎まれ役でもあり、愛すべきダメ男でもある。その両極のバランスをどう取っていくのかに注目したい。そして、風間柚乃演じる弁護士ボリスはとにかく見てのお楽しみということで。
千海華蘭のロートレックが残されている写真さながらで、背景に映し出される絵画と合わせて見ると、あの時代にタイムスリップしたかのよう。「芝居の月組」の面々が回を重ねるにつれそれぞれの役をどう進化させていくのかが楽しみだ。
大階段でのパレードのトリコロールカラー(ブルー・ピンク・白)の色味がシックで洒落ている。トリコロールカラーはフランス国旗の色の組み合わせであり、かつて「レビューの王様」白井鐵造が好んで使ったそうだが、この色味ひとつからも106年の歴史を経た洗練が感じられる。
そして、この公演が初舞台となる106期生がショーでは口上を、フィナーレではラインダンスを披露する。本来は4月24日に初日を迎えるはずだった公演が延びに延びて5カ月、その間、様々な不安もあったに違いないが、そんなことは微塵も感じさせない溌剌とした笑顔は舞台に立つ喜びにあふれており、見る者も初心に帰らせてくれる。
終演直後は何とも清々しい気分になり、時間が経過するにつれ、じわっと心が温かくなる、そんな効用のある二本立てである。