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サンナ・マリンが明かす、未来のリーダーに不可欠な視点

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
写真:Oslo Business Forum

フィンランド史上最年少で首相を務めたサンナ・マリン。彼女は今、国際団体トニー・ブレア研究所で戦略顧問として働きながら、世界各地のカンファレンスで人気スピーカーとして活躍している。

ノルウェーで産業界エリートが集まるオスロ・ビジネス・フォーラムでは、メインスピーカーとして登壇して、リーダーシップについて語った。

不確実性を受け入れる、適応力の高いリーダーであれ

パンデミックやロシアによるウクライナ侵攻の際、当時のフィンランド政府は随時、状況の変化に応じた政策を速やかに修正した。

マリン元首相は、「情報が変われば、それに応じて決断を見直すべきだ」と述べ、これが彼女の政策の根底にある考え方であることを明らかにした。

「世界をありのままに見ること、過去の想定に依存せず、不確実性を認識し受け入れること」

批判的思考を実践し、大胆な決定を下すことの重要性を強調し、「これまでの仮定に固執せず、新しい情報が得られたときはそれに基づいて柔軟に対応することが賢明」と述べた。

正常性バイアスのリスク


彼女は「正常性バイアス」という概念を取り上げ、「危機や災害の兆候を見ても、現状が維持されると仮定する人間の傾向が、しばしば適切な対応を遅らせる」と警鐘を鳴らした。

「例えば、ヨーロッパで戦争が起きている状況で、プーチンがウクライナで勝利を収めれば、突然周辺国への攻撃をやめると考えるのは偏った考えです。このような偏見はビジネスにも広がっています」

「古い思い込みに頼ることなく、目の前の情報に目を向け、不確実性を認め、受け入れ、批判的思考を実践し、大胆な決断を下してください」

自分が正しいと思うこと、そしてなすべきことに集中せよ

「あなたは正解のロックスターとも呼ばれましたが、失敗や巨大な責任に、恐れを感じることはなかったのですか?」と司会者が聞いた。サンナ・マリンさんは、「やりたいことがあるため、そもそも、あまりそのようなことに焦点を当てていない」と回答した。

「自分の目標やゴールは何なのか、世界で何をしたいのかを考えれば、失敗を恐れることはありません。大切なのは、この世界で何をするかということです」

「私は国に貢献したかったし、自分の小さな部分で世界を救いたかったのです。だから、自分のことに集中することはありませんでした。自分がどう見えるか、自分の行動が外からどう見えるかを気にする余裕はなく、自分が正しいと思うこと、そしてなすべきことだけに集中しました」

そのプライドを捨てられますか?

筆者撮影
筆者撮影

多くのリーダーが集まっていたオスロ・ビジネス・フォーラムの壇上で、サンナ・マリンさんは参加者に向かって、「プライドを持ちすぎていませんか?」と問いかけた。

「多くの人々や指導者が抱えている弱点は、実はプライドに関係していると思います」

「私たちは自分の考えを変えることに誇りを持ちすぎているのでしょうか?新しい情報を得たときに、戦略を変えることにプライドを持ちすぎていませんか?あるいは、前に決めたことを変えると失敗すると思ってしまうのでしょうか?

「私はそれを失敗だとは思いません。新しい情報を得たとき、戦略を変更し、適応させることは賢いことだと思います」

新しい扉を開いて、生き生きしているサンナ・マリン

サンナ・マリンさんは早々と首相を引退して、新しい扉を開いて生き生きと活動している。

「私の使命は変わりません。ジェンダー平等、人権、多様性による気候変動、地政学的な問題。政治の世界であれ、ビジネスの世界であれ、地政学は今の世界を支配しているのです。今も同じ問題意識を持って仕事ができていますが、政界を引退してから、より自由に自分の言葉で発言ができるようになりました」

執筆後記
北欧政界を取材してきた側として気になっていることがある。北欧各国で、政界から引退する女性議員が続出しているのだ。

どうしても、女性だからこそ背負う子どもと過ごす時間の減少、メディアや社会からの批判、今までの「女性らしさ」や「リーダーの姿」と違えば違うほど浴びるバッシングのことが、筆者の頭をよぎる。もちろん、ずっと政治家をする必要はないが、ジェンダー平等が進んでいるとされる北欧で、女性議員が政界を去っていく風景には共通する構造的な問題もある気がしてならない。

サンナ・マリンも口にした「脆弱性」は最近気になっているテーマでもある。戦争やAI革命が起きて、パンデミックがいつまた発生するかもしれない不確実性が高い時代で、必要とされるのは「弱さを隠すマッチョなリーダー」ではない。今求められているのは「脆弱性を受け入れ、柔軟に時代の変化に適応できるリーダーシップ」だ。

サンナ・マリンは、フィンランド、北欧諸国だけではなく、世界に向けて、これまでとは全く異なるリーダーシップを見せてくれた。SNSを好み、時にはダンスもする、今までのリーダーとは違ったからこそ、控えめや謙虚さを美徳とするフィンランドの土壌では時にはバッシングも浴びた。

だからこそ「こういう生き方をしていても、自分らしいままで、リーダーになれるんだ」と子どもたちに希望を与えたとも思っている。選挙で負けても、首相や政界を引退しても、生き生きと世界平和のために活動している彼女の後姿は、また新しいリーダーシップ像であり、ロールモデルといえるだろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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