拉致多発! 狙われる韓国人船員 ”世界一危険な海”での海賊被害相次ぐ
高速艇が海上のマグロ漁船に近づき、銃が放たれる。
そこには5人の武装した男たちが乗っていた。
漁船に乗り移ると36人いる船員たちの持ち物を強奪。
さらに船員のうち韓国人4人を拉致し、ギニア湾沖200キロの地点で消息を絶った――。
「韓国の船員、また西アフリカ沖で海賊に拉致される」。2日、韓国主要メディアがこのニュースを報じた。5月19日に同海域で韓国人船長と中国人船員3人が拉致された事件が解決していないうちに、再び拉致事件が起きたのだ。
今回の情報は世界の海上安全情報を報告する「Dryad Global」にアップされたものを国内メディアが伝えた。どの集団が犯行に及んだのかの特定もできていないという。この2件のみならず、近年は韓国人船員の拉致被害が相次いでいる。
2020年8月の事件を報じる韓国メディア
西アフリカ海域の危険度
韓国にとっての遠洋漁業は、伝統的に重要な産業と見られてきた。朝鮮戦争直後の1960年代~70年代までが全盛期で、「遠くまで行って旨い魚を獲ってきて売る」というのは取り掛かりやすい商売でもあった。一時は「外貨の稼ぎ頭」とも言われていた。
いっぽうで90年代頃からアフリカ沖での犯罪に巻き込まれるニュースが多くなった。当初、頻発したのは東アフリカのソマリア海域だ。
2006年:ソマリア沖で韓国でも有名なマグロ製品の会社ドンウォンの漁船と船員30人が拘束され、韓国政府が交渉に乗り出した結果117日後に全員が解放。
2011年1月:ソマリア沖のアデン湾で韓国の海運会社の1万トン級の船舶(漁船ではない)が海賊に拉致され、最終的には救助に韓国軍を投入。船長が負傷しながらも、5日間で韓国人21人の人質が解放された。
同年4月:韓国人船員4人を含む25人が搭乗するシンガポール船籍「ジェミニ号」が拉致された。他国籍の船員は早々に解放されたが、韓国人船員(全員が50代後半以上の男性)に関しては身代金などの条件交渉が難航。解放までは1年7ヶ月がかかった。
いっぽう近年は東アフリカ沖は沈静化の方向にある。大韓民国海軍ソマリア海域護送戦隊と国連軍の共同警備を行っているのだ。替わって犯罪多発地域となっているのが、寒流と暖流が交わるマグロの好漁場、西アフリカ海域の大西洋だ。
韓国政府の海洋水産部は2020年9月に、同年1月~9月の世界での海上犯罪の統計を発表した。「世界的な傾向として、2020年は海賊被害が増加」しているという。一昨年の同時期までと比べ10.9%増加。船員の拉致は85名で、一昨年の同じ時期よりも21.4%増えた。このうち、西アフリカ海域での事件は44件で一昨年と比べると12.0%減ったが、全世界の船員拉致の94.1%(801人)がこの地域で起きている。このうち、船舶ごと奪う事件も2件起きており、韓国政府は「狂暴な犯罪」と位置づけた。合わせて「この海域での漁業を行わないよう」勧告を行っている。
(ドンウォン号拉致事件で救出を求める家族の会)
狙われる韓国船員
東アフリカであれ、近年に犯罪が頻発している西アフリカであれ海賊側の狙いは当然のごとくこの点にある。身代金だ。韓国漁船(もしくは他国船籍であっても韓国人が登場する漁船)は”荒っぽい漁をする”という評判があるのは確か。
2013年には環境保護団体「グリーンピース」の韓国支部により、韓国と漁業協定を結んでいない東アフリカ小国の漁民との共同作業により、東アフリカ海域で不法な漁が行われている実態が指摘された。近年は現地に暮らし、そこでのネットワークを駆使しての漁も行われているのだ。
近年では西アフリカに位置するシエラレオネの(犯罪集団ではない)漁業組合の代表は2019年4月に中国と韓国を名指しして非難したことがあった。「中韓の大規模漁船がわれわれの漁網を破壊し、魚を乱獲している」「政府に対し、監視体制を敷いて禁止措置を実効的に適用していくよう求めている」。
この事情に加え、犯罪集団にとっては「韓国は自国民救助のために政府が身代金を払う」というイメージがあると思わせる事態も起きている。2020年8月には50人の船員のなかから韓国人2人のみが拉致されるという出来事もあった。
近年の韓国報道では身代金の存在や金額は明らかにされないことが多いが、一般層も「お見通し」というところだ。2日の事件報道の際にも国内最大のポータルサイト「NAVER」の記事には冷ややかなコメントが寄せられた。
「韓国はアフリカのATMじゃないんだから」
「漁をしないよう勧告が出ているのに、また解放の身代金に税金が使われるのか?」
2011年4月の拉致事件解決時の映像
解放後、戻る場所は?
船員たちが拉致されている間に受ける仕打ちについては、韓国の報道をまとめると、暴行を受けるような事例は報じられていない。軟禁のようなかたちで通信と移動の自由を削がれるケースが多いようだ。
2020年10月17日には西アフリカのトーゴ海域で2人の船員が50日間の拘束後に解放された。この際には、近隣国ナイジェリア駐在の韓国大使が交渉に当たり、解放後に「朝鮮日報」の取材に答えている。
大使は2人の船員ともにまずナイジェリアの韓国大使館内に移り、そこで急遽キムチチゲとラーメン、ビールを振る舞ったという。その時の様子をこう伝えた。
「ひとりは状況をポジティブに捉えようと努力していた。”50日間の休みだったと思おう”と話していました」
「しかしもうひとりは表情が暗く、こちらと目を合わせようとしなかった。一晩寝たら少し落ち着いた様子となりましたが」
では、解放された船員がどこに向かうのか。「早い時期に(居住地の)ガーナに復帰し、日常生活を送れるように支援する」。また危険な海に戻る者もいるのだ。もちろん韓国に帰国する例もあるのだが。
2019年の「韓国在外同胞財団」のデータによると、西アフリカ諸国には以下の人数の韓国人が暮らしている。
ナイジェリア428、ガーナ695、トーゴ57、ベナン20。
遠い地に暮らし、自国からの禁漁勧告を破るほどの過酷な漁業に従事しているのだ。
韓国人の「一人あたりの魚介類摂取量」は2013年~15年基準で世界1位(58.4kg。日本は50.2kg/2020年「世界水産様式現況」国連)。いっぽうで韓国としての漁獲高は近海・遠洋ともに減少傾向にある。遠洋漁業は2018年から2019年までの1年でも約30%減(66万9140トンから46万2125トン)。 乱獲による魚の減少、各国の競争。これに打ち勝たなければならないのだ。