イスラエルがシリアを爆撃し、イラン革命防衛隊幹部を殺害:「いなし」と「代行」で拡がる報復の連鎖
報復合戦のきっかけとなったのが何だったのかさえ分からなくなるほどの攻撃が、中東、とりわけ東アラブ地域で繰り返されているが、1月20日にシリアの首都ダマスカスがまたもやイスラエル軍戦闘機からのミサイル攻撃に晒された。
シリア爆撃の詳細
シリア国防省はフェイスブックを通じて声明を出し、同日午前10時20分頃、イスラエル軍が占領下ゴラン高原方面から首都ダマスカスのマッザ区にある住宅1棟を狙って爆撃を行い、シリア軍防空部隊が迎撃、ミサイルの一部を撃破したものの、民間人多数が死傷、標的となった住宅が全壊、近隣の建物が損害を受けたと発表したのだ。
今年に入って2回目となるこの爆撃(ミサイル攻撃)に関して、国営のシリア・アラブ通信(SANA)や日刊紙『ワタン』はイラン人顧問を含む多数が死亡し、標的となった4階建ての集合住宅が全壊したと伝えた。
錯そうする情報
犠牲者については情報が錯そうした。
英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、爆撃を受けたのは、マッザ区西部のマッザ・ヴィーラート地区(西ヴィーラート地区)のムハンマディー・モスク脇の住宅で、イラン・イスラーム革命防衛隊の幹部3人を含むイラン人5人、「イランの民兵」と契約しているシリア人3人、イラク人1人、レバノン人1人が死亡したと発表した。またマッザ区には、イラン・イスラーム革命防衛隊、パレスチナのイスラーム聖戦機構、レバノンのヒズブッラーの幹部が居住しているとしたうえで、爆撃が行われた際、標的となった住宅では、イラン・イスラーム革命防衛隊の幹部とイランに近いパレスチナ諸派の幹部の会合が行われていたと付言した。
また、イスラエルでは、イスラーム解放機構のズィヤード・ナッハーラ書記長とアクラム・アジューリー軍事局長(政治局員)が死亡したとの情報が拡散された。だが、これに関しては、イスラーム解放機構のイスマーイール・サンダワーイ・ダマスカス事務所長やイフサーン・アターヤー政治局員が、シリアとロシアのメディアに対して、偽情報だとして否定した。
イラン・イスラーム革命防衛隊発表
こうしたなか、爆撃の数時間後、イラン・イスラーム革命防衛隊は声明を出し、「残忍で犯罪的なシオニスト政体(イスラエル)がシリアの首都ダマスカスを攻撃、侵略と略奪を行う(シオニスト)政体の戦闘機の爆撃によって、多数のシリア軍兵士、そしてイラン・イスラーム共和国の軍事顧問5人が殉教した」と発表した。また、別の声明では、イラン・イスラーム革命防衛隊の軍事顧問5人、(シーア派の)巡礼地の守護者複数、シリア軍兵士多数が殉教したとしたうえで、ホジャトッラー・オミードワール、アリー・アーガーザーデ、ホセイン・モハンマディー、サイード・カリーミー、モハンマド・エミーン・サマディーの殉教に哀悼の意を表明した。
英国に拠点を置くスカイ・ニュース(アラビア語版)などによると、死亡した5人のうち1人のホジャトッラー・オミードワールは、ハーッジ・サーデク・オミードワールの名で知られるイラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団の諜報局長である。
オミードワールは、イランの首都テヘラン生まれで、2021年12月25日にダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町近郊に対するイスラエル軍の爆撃で殺害されたイラン・イスラーム革命防衛隊の幹部顧問レザー・ムーサヴィーに近いとされる人物。
シリア内戦当初から、シーア派聖地の防衛を任務として、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放機構)が主導とする反体制派との戦闘を指揮してきた。内戦ぼっ発初期には、複数のイラン人とともにヌスラ戦線(現シャーム解放機構)によって拉致された経験がある。
イスラエル・ハマース衝突が発生した去年10月以降、「イランの民兵」が、ガザ地区に対するイスラエルの攻撃と、米国によるイスラエル支援への報復だとして、シリア領内に違法に設置されている米軍基地への攻撃を繰り返している。オミードワールはこれらの攻撃を計画、指揮していたと目されている。
報復の矛先は?
イランのエブラーヒーム・ライースィー大統領は、イスラエル軍の爆撃を国際法違反だと非難したうえで、「こうしたテロ行為や犯罪行為が続くことに、イランが反応しないことはない」と表明、報復を示唆した。
だが、イランによる報復がイスラエルに向けられるかというと、必ずしもそうではない、というのが、イスラエル・ハマース衝突が発生以降の中東情勢の現状である。
イランは、1月15日から16日にかけて、シリア、イラク、そしてパキスタンに対して弾道ミサイルによる攻撃を行った。標的となったのは、イスラエル、イスラーム国を筆頭とするテロ組織、そして米国だった。これらの攻撃は、去年12月13日のラスクでのジャイシュ・アドルによるテロ攻撃、1月3日のケルマーンでのイスラーム国による爆破テロに対する報復とされた。だが、拙稿「イランによるシリア、イラク、パキスタンへの弾道ミサイル攻撃の狙い:イエメンを爆撃した米国への対抗措置」において述べた通り、その狙いは、1月12日に米軍が、紅海でイスラエルに物資を輸送しようとする船舶に対して攻撃を続けるアンサール・アッラー(蔑称フーシー派)の支配下にあるイエメン領内への爆撃を開始したことへの対抗措置にあった。
つまり、イスラーム国をはじめとするテロ組織への報復の矛先が、これらの組織だけでなく、イランがその支援者とみなす米国に向けられた訳だが、これに対する報復においても、同様の「いなし」、あるいは「代行」が行われた。
1月15日から16日のイランによる攻撃に対して、米国はイランそのものを狙うのではなく、アンサール・アッラーの支配下にあるイエメン各所への攻撃を強化した。米国は1月17日にアンサール・アッラーを特別指定グローバル・テロ組織(SDGT)に指定するとともに、米中央軍(CENTCOM)の発表によると、1月16日、18日、19日、20日にアンサール・アッラーの対艦ミサイルを攻撃した。
そして、米国に代わって、1月20日のシリアへの爆撃を通じて「鉄拳」を下したのがイスラエルだ、そう見ることができるのである。
報復の連鎖で深まる中東の混迷
米国、イスラエル、イスラーム国などのテロ組織、イラン、アンサール・アッラーが報復を連鎖させていることだけ見ても、事態が複雑化していることは明らかだ。
だが、それだけではない。
イスラエルのヨアブ・ガランド国防大臣は、7つの「正面」での戦いを強いられていると述べている(「イスラエル・ハマース衝突発生から3ヵ月:7つの「正面」で戦うイスラエル、5つの「正面」で戦う抵抗枢軸」を参照)が、上記の国や組織以外にも、レバノン南部でイスラエル軍との戦闘を続けるヒズブッラーを主体とするレバノン・イスラーム抵抗、ヒズブッラー大隊やヌジャバー大隊などイラクの人民動員隊の急進派らで構成されるイラク・イスラーム抵抗、そしてこれらの組織と連携するシリアが自らをイスラエル・ハマース衝突に伴う紛争の当事者を自認している。
抵抗枢軸と称されるこれらの勢力は、とりわけシリアにおいて、シャーム解放機構を主体とする反体制派、中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党などのアル=カーイダ系組織、クルド民族主義勢力(クルディスタン労働者党(PKK)や民主統一党(PYD)など)、そしてトルコと直接、間接に対立を続けており、それぞれが自らの敵に対する報復権を留保していると考えている。
報復は、しかるべき時、しかるべき場所、しかるべき相手に対して行使される。そのことが、イスラエル・ハマース衝突以降の中東において繰り返されており、報復の連鎖が拡大することが、同地域の緊張を高め、混迷を深める結果となっている。