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イスラエル・ハマース衝突発生から3ヵ月:7つの「正面」で戦うイスラエル、5つの「正面」で戦う抵抗枢軸

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

パレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦とそれに対するイスラエルのガザ地区への大規模侵攻(イスラエル・ハマース衝突)が始まって1月7日で3ヵ月、そしてガザ地区での戦闘が波及するかたちでヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗とイスラエル軍がレバノン南部とイスラエル北部で交戦を開始してから1月8日で3ヵ月が経過した。

イスラエルが戦う7つの「正面」

国際社会においては、一般人の犠牲も厭わないイスラエルの攻撃への非難が、高まってはいる。だが、欧米諸国の政府による停戦に向けた取り組みは依然として限定的であるなか、イスラエルは長期戦の構えさえ見せるようになっており、その軍事攻勢が止む気配はない。

一方、軍事面において、イスラエルは、ヨアブ・ガランド国防大臣が言うように、7つの「正面」での戦いを強いられている。7つの「正面」、あるいは前線とは、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、レバノン、シリア、イラク、イエメン、そしてイランである。これらは「抵抗枢軸」(mihwar al-muqawama)を自称している。

冒頭で述べた通り、ガザ地区では、ハマースやイスラーム聖戦による抵抗が続く一方、レバノンでは、レバノン・イスラーム抵抗がロケット弾、ミサイル、無人航空機(ドローン)による越境攻撃を繰り返している。

ヨルダン川西岸では、「ライオンの巣」をはじめとするパレスチナ人武装集団がイスラエル軍やユダヤ人入植者への攻撃を頻発化させている。

シリアでは、イスラエルの占領下にあるゴラン高原に向けて、同地に隣接する兵力引き離し地帯から、シリア・ゴラン解放抵抗などの武装勢力がヒズブッラーの支援を受けてロケット弾攻撃を繰り返している。

ガランド国防大臣がイラク、イランと呼ぶ2つの「正面」とは、地理的には米国(有志連合)が違法に部隊を駐留させているダイル・ザウル県やハサカ県のユーフラテス川東岸、ヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)、そしてイラクを指す。そこでは、イラクの人民動員隊に所属するヒズブッラー大隊などによって構成されるイラク・イスラーム抵抗、あるいはイラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受けるいわゆる「イランの民兵」が、米軍基地を狙ってドローンやロケット弾で執拗に攻撃を行っている。イラク・イスラーム抵抗、そして「イランの民兵」はまた、イスラエル北部と南部、そして西岸地区への攻撃も実行していると表明している。

イエメンでは、アンサール・アッラー(蔑称フーシー派)が、イスラエルへの物資を輸送する船舶のバブ・エル・マンデブ海峡の通過を阻止するとして、貨物船への攻撃を試みているほか、イスラエル南部へのドローンや弾道ミサイルによる攻撃を敢行している。

幹部暗殺で抵抗枢軸を圧倒しようとするイスラエル

戦況を俯瞰すると、イスラエルが軍事的に劣勢を強いられているかに感じられる。だが、イスラエルは、ガザ地区だけでなく、それ以外の6つの「正面」においても軍事力を誇示することで、抵抗枢軸を圧倒しようとする戦術に出ている。

6つの「正面」のなかで、とりわけイスラエル軍が激しい攻撃を加えているのが、レバノンとシリアである。両国に対するイスラエルの攻撃は当初、ダマスカス国際空港、アレッポ国際空港などといった民間施設を狙うなど「無差別さ」が目立つものではあったが、目に見える戦果を伴うものではなかった。

だが、12月末頃から、その攻撃の「精密さ」が増していった。

イスラエル軍は12月25日、シリアのダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町郊外に対してミサイル攻撃を行い、イラン・イスラーム革命防衛隊の幹部顧問のレザー・ムーサヴィーを含む4人を殺害、4人を負傷させた。

年が明けて1月2日、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルート南部郊外(ダーヒヤ)にあるハマースの事務所を爆撃し、幹部の1人であるサーリフ・アールーリー副政治局長を含む6人を殺害、11人を負傷させた。

イスラエル軍は、さらに1月8日には、シリアのダマスカス郊外県バイト・ジン村郊外をドローン1機で攻撃し、シリア領内から占領下のゴラン高原へのロケット弾攻撃の責任者とされるハマースのハサン・アッカーシャなる幹部を殺害した。

こうした一連の攻撃に対して、抵抗枢軸は報復を示唆する強気な姿勢を示している。このうち、レバノン・イスラーム抵抗は1月6日、イスラエル北部唯一の航空管制施設であるメロン山山頂にあるイスラエル軍基地を62発の砲弾で攻撃、アールーリー副政治局長暗殺への報復を開始したと宣言した。また、レバノン・イスラーム抵抗、そしてイラク・イスラーム抵抗による攻撃は増加傾向にあり、イスラエル最大の支援国で、シリアとイラクにおいて基地の攻撃を受けている米国は、戦闘拡大に懸念を示すようになってはいる。

だが、イスラエルに対する報復がさらに激化する兆候は今のところ見られない。それどころか、抵抗枢軸がイスラエルへの敵意を強め、報復を示唆するたびに、イスラエルは報復を封じ込めるかたちで攻撃を畳みかけているのが現状である。

抵抗枢軸への嫌悪と敵意を露わにするイスラーム国

抵抗枢軸の報復が依然として限定的である背景には、イスラエル・ハマース衝突が域内全体に拡大すること、そしてそれによって、自らの存続がハマースと同じように危機に晒されるのを避けたいという思惑があることは言うまでもない。だが、抵抗枢軸は、イスラエルと同じく複数の「正面」での戦闘を余儀なくされており、そのことがイスラエルとの戦闘に注力することを抑止している。

抵抗枢軸が対応を余儀なくされている「正面」の一つがイスラーム国である。

イスラエル・ハマース衝突が始まって以降、イスラーム国は、とりわけシリアで活発な動きを見せるようになり、シリア軍、「イランの民兵」、そして米国の支援を受けるクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍への攻撃を強めるようになっている。1月3日には、イランのケルマーン市にある殉教者墓地(2020年1月3日にイラクで米軍によって暗殺されたイラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団前司令官のガーセム・ソレイマーニー氏の墓地が所在)付近での爆発事件に関与、103人を殺害、188人を負傷させている。

ケルマーン市での事件に対するイスラーム国の犯行声明が出された1月5日に、アブー・フザイファ・アンサール報道官によるとされる音声声明が発表された。

声明のなかでは、パレスチナのイスラーム教徒を支援するとしたうえで、世界中のあらゆる場所で、ユダヤ人・十字軍を攻撃するよう唱道した(髙岡豊「そしてイスラエルと戦うふりを続ける「イスラーム国」」を参照)。だが同時に、ハマースに対して「イスラエルとだけ戦うことでは、正しい道を進んでいることは示せない」と主張、パレスチナ諸派がイランの庇護下に身を置いていることを非難、抵抗枢軸、ひいてはイスラーム教シーア派への嫌悪と敵意を露わにした。

イスラエルは、ハマースをイスラーム国と同一視し、その殲滅を正当化するようなプロパガンダを繰り返している。だが、イスラーム国自体は、抵抗枢軸を標的とすることはあっても、イスラエルに対して物理的脅威を与えていないのである。

ドローン攻撃でシリア軍を釘付けにするアル=カーイダ

2つ目の「正面」はアル=カーイダである。シリア北西部(イドリブ県中北部など)には、自由と尊厳の成就を目的とする「シリア革命」を標ぼうする活動家や市民による「解放区」が広がっている。同地の軍事・治安権限を掌握し、事実上の統治を行っているのが、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)である。

同組織は、トルコの支援を受ける国民解放戦線(シリア国民軍)、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系のトルキスタン・イスラーム党、同じく新興のアル=カーイダ系組織であるアンサール・タウヒードなどとともに、シリア軍(そしてロシア軍、抵抗枢軸)と対峙を続けている。

これらの組織は、昨年半ば頃からドローンを使用したシリア政府支配地への攻撃を激化させている。昨年10月6日にはヒムス軍事大学をドローンで攻撃し、女性や子供を含む80人を殺害、240人あまりを負傷させるにいたっている。

このテロ攻撃以降、シリア軍はロシア軍の支援を受けて、シリア北西部に対する攻撃を強めているが、目立った成果は見られず、戦況は膠着状態が続いている。シリア軍はシリア北西部に釘付けにされているのが現状だ。

トルコの動き

それ以外にも「正面」はある。トルコだ。

トルコもまた、昨年10月頃から、「分離主義テロリスト」であるクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲むPYD、YGP、シリア民主軍の活動地域であるシリア北東部に対して激しい攻撃を繰り返しており、その被害は民間人や生活インフラにも及んでいる。

米国の全面支援を受けるこれらの組織に対する攻撃は、一見すると、抵抗枢軸を利し、米国、そしてイスラエルにとって不都合にも見える。だが、シリア北東部の秩序は、クルド民族主義勢力を排除したいトルコ、同勢力支援を名目に部隊を駐留させることで抵抗枢軸やロシアの勢力伸長を阻止するとともに、石油などの天然資源の盗奪を続けたい米国、そしてトルコとの結託を通じて同地から米国の影響力を排除したいロシアとイランといった国の微妙な均衡のもとに成り立っている。抵抗枢軸がイスラエルへの報復を強めれば、この均衡を崩し、シリア北東部に混乱を波及させることになりかねない。

イスラエルが7つの「正面」での戦いを強いられているとするなら、抵抗枢軸もまた、イスラエル、イスラーム国、アル=カーイダ、トルコ、そしてシリア北東部においてトルコに対峙し、南東部で抵抗枢軸の攻撃に対抗する米国という少なくとも5つの「正面」での対応を迫られている。そのことが抵抗枢軸の動きを鈍らせている要因の一つであり、これらの勢力は、「存亡を懸けた戦争」(harb al-wujud)を仕掛けられない限りは大規模反抗に転じることはないだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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