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ユタに会いたい ~ コロナ流行期の病棟回診から

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
筆者撮影

「化膿性椎体炎で抗菌薬21日目のAさんですが、ウガミ不足で病気をこじらせたと考えておられて、ユタに会いたいと申されています」

研修医がプレゼンの最後に付け加えました。80代の高齢女性ですが、長期の入院生活で気持ちが塞ぎがちになっているようです。

「ウガミ不足」とは、ご先祖や「ひぬかん(火の神)」へのお祈りが不足していることを指します。Aさんは入院が長引いて線香も立てられなくなっていますし、それゆえに治りが悪くなっていると心配しているのでしょう。

こんなとき、沖縄では、ユタに代わりに拝んでもらうこともできるようです。まあ、会って話を聞いてもらい、不足分を頼みたいのかもしれません。それで気が晴れるなら、良いようにも思えました。

「看護師には涙ながらに訴えていたようです。ユタに会わせてくれと・・・」

「どうするつもりですか?」と私は聞きました。

「外出はできるだけ避けていただいた方が良いと思います。外ではコロナが流行していますし・・・」と研修医は合理的な見解を述べました。

実のところ、治療経過は悪くはないのです。起因菌も明らかになっています。血流の悪い骨髄の感染症なので、抗菌薬の点滴が最低6週間は必要なのです。そのあたり、何度も説明していますが、高齢女性にとっては不安は増すばかりなのでしょう。

「ユタに会えれば、ご本人さんは安堵されるでしょうね」と私は言いました。

「そうかもしれませんが、医療が譲歩すべき領域とも思えません」と、研修医は生徒会長のように厳格です。

「病気とたたかう小さな子どもが、お母さんに会いたいと・・・」と私は言いました。「よくあることですが、お母さんに会うことは大切ですよね。科学的ではありませんが、信頼や愛情を身近に感じることは、たしかに治療効果を高めます」

「ええ、きっとそうだと思います」と研修医はうなずきました。

「ユタに対して、私たち医療者が何かを期待したり、託したりすべきではないですよ。ただ、この高齢女性にとっては、ユタに会って話を聞いてもらい、ウガミを頼むことって、子どもが母親に会うぐらい大切なことなのかもしれません」

「なるほど・・・ 科学的ではないですが、治療には必要なことなんでしょうか?」

「分かりません。本人にしか分からないことです。でも、本人がそう言ってるなら、そうなんでしょうね」と私は答えました。「そもそも、癒しなんてものは、科学的じゃありません。分かんないんですよ」

研修医は、電子カルテの画面から目をそらし、窓の外へと視線を移していました。季節は初夏。沖縄の明るい緑と街並みがひろがっています。雨上がりだからでしょうか? 少し輝いても見えます。

研修医は、しばらく沈黙していましたが、降参したように言いました。

「ユタと会える方法を考えたいと思います。長時間は避けていただくべきですよね」

ありがとうございます。自宅に帰ってお祈りするのは構いませんが、ユタと会うのは屋外が良いと思います。互いにマスクを着用して・・・ あたりは、しっかり念押ししておきましょう。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミック対策や地域医療構想の策定支援に従事してきたほか、現在は規制改革推進会議(内閣府)の専門委員として制度改革に取り組んでいる。臨床では、沖縄県立中部病院において感染症診療に従事。また、同院に地域ケア科を立ち上げ、主として急性期や終末期の在宅医療に取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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