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ジブリアニメにみる日本女性のあゆみ

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

毎年、夏はジブリアニメがテレビ放映されるわけで、今年も例によって放映されたわけだが、2020年8月21日(金)に放映された『コクリコ坂から』(2011)を見ながらふと頭をよぎったことがある。

それは登場人物、特に女性キャラクターたちの世代差だ。それぞれの物語の中ではその時代設定の中で登場人物を追うわけだが、一歩引いてみると、「この人は自分とどのくらい歳がちがうんだろう?」「この物語のこの人物とあの物語のあの人物は何歳ぐらいちがうのだろう?」などと思うことはないだろうか。まあそういう話だ。

というのも、ジブリアニメの中には、『コクリコ坂から』もそうだが、昭和あたり以降の現実の日本社会を舞台にしたものがいくつかあるからだ。もちろん現実そのものではないにせよ、それらの作品群はそれぞれその時代の空気をよく伝えているように思われる。それらに登場するキャラクターも、典型的かどうかは別として、その時代に生きた人間像として現実味がある。あの作品のあの人物はこの作品の時代には何をしていただろう?などと想像してみたくなるわけだ。

以下の計算はWikipediaその他のネット情報によるところが大きいので正確性は保証しない。ネタ程度にご覧いただければ。ジブリ作品の舞台となった時代の背景については5年ほど前に書いたものがあるのでそちらもご参照(この記事の記述と一部異なるところがある)。

ジブリで振り返る20世紀日本

http://www.h-yamaguchi.net/2015/01/20-2fa8.html

◆『コクリコ坂から』

まずはここから。『コクリコ坂から』(2011)の主人公、松崎海(メル)は舞台となった1963年時点で高校2年生なので、17歳と想定すると1946年生まれということになる。一般に団塊の世代は1947~1949年生まれを指すのでちょっとずれるが、概ねそのグループに含まれると考えてよかろう。年間出生数が250万人を超える団塊の世代が高校に通う1963年時点で大学進学率は20.9%だったが、大学も今よりずっと少ないから、メルも厳しい受験競争に直面したはずだ。折しも「女子大生亡国論」全盛の時代。大学を出ても結婚して専業主婦になってしまう女性が少なくなかったことが背景にあるが、それとて高等教育を受けた女性にふさわしい仕事が少なかったという事情がある。メルがめざす医師はそうした中で、男性に伍して女性が活躍できる余地が比較的多い職業だった。

メルの母・松崎良子は年齢不詳ながらメルをお腹に抱えていた時点で大学生(大学院生かもしれないが「勉強ができることがうれしくてはりきってた」とのセリフからみて学部生かと思う)との描写がある。1945年12月5日、政府は大学の共学化に関する閣議決定を行い、翌46年には東京大学をはじめいくつかの大学に初めての女子学生が入学することとなった。女子大学生自体は戦前からいくつかの大学で学んでいたはずだが、女子高等教育の枠は、戦争が終わって大きく拡大したわけだ。このとき女子の人気を集めたのが文学部とならんで旧制医学専門学校(その後医科大学に改組される)、と当時の記事に書かれている(もともと女性医師育成強化は戦時中から進められた政策でもあった)。

この時期に20歳前後ということであれば良子が生まれたのは1920年代半ば、関東大震災と世界恐慌の間あたりだろうか。とすると戦時中に10代後半を過ごしているはずで、仮に学校に行っていたとしても勉強はあまりできなかったにちがいない。「勉強ができることがうれしい」とのセリフもそうした意味でも重みのあることばだ。物語の舞台となった1963年時点では30代後半、当時の大学院生は博士号を取らないまま大学教員になるケースも多かった。日本人の海外渡航が自由化される1964年以前なので、アメリカ留学は認可を受けたものだろう。この時代の多くの留学生のように、フルブライト奨学金のような助成を受けたものかもしれない。

◆『風立ちぬ』

メルの母・良子より上の世代というと、『風立ちぬ』(2013)の里見菜穂子がいる。年齢はわからないが、主人公である堀越二郎のモデルの1人でもある堀辰雄が1933年に軽井沢のつるや旅館で出会った絵を描くのが趣味の女性、堀辰雄と婚約するも1935年に結核で死去する矢野綾子は1911年生まれなのでこれをとると、良子より概ね15、16歳年上だ。ちなみにこの計算だと『風立ちぬ』で二郎と菜穂子が出会った1923年の関東大震災時点で菜穂子は12歳ということになる。

◆『となりのトトロ』『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』

メルにより近い世代というと、『となりのトトロ』(1988年)のサツキ・メイ姉妹がいる。舞台は諸説あるようだが1953年(1950年に始まった朝鮮戦争が休戦となった年)とすると、この時点で小学6年生、12歳のサツキは1941年生まれとなる。太平洋戦争が始まった年だから、サツキにはわずかに戦争の記憶があるかもしれない。メルより5歳年上だ。妹のメイは物語時点で4歳なので1949年生まれとなり、メルより3歳年下のベビーブーマー世代となる。一方サツキと同年齢になるのは、終戦の年に4歳で死んだ『火垂るの墓』(1988)の節子だ。サツキとメイの年齢がやや離れているのは戦争ゆえだろう。父タツオも出征していたのだろうか。

とすると、『コクリコ坂から』の1963年時点でサツキは22歳、メイは14歳で、メイはメルの妹・空(1学年下なので1947年生まれだろう)より2つ年下という計算になる。1960年時点で女性の平均初婚年齢は24.4歳、1970年時点では24.2歳なので、『コクリコ坂』のころにはサツキは既に結婚しているかもしれない。

サツキとメイの母親、草壁靖子の物語時点の年齢はわからないが、父・タツオが32歳と設定されているのでほぼ同世代とすると、1920年代初頭の生まれだろうか。里見菜穂子とメルの母・良子のちょうど間くらいの世代にあたる。菜穂子と靖子はいずれも結核を患っている(注:菜穂子の病名は明示されていないが症状や療養方法などからみて結核かと想像している)わけだが、死んだ菜穂子と治った靖子の差は、1940年代に開発されたストレプトマイシンが1948年には日本に入ってきていたことによるものだろうか。

『おもひでぽろぽろ』(1991)の岡島タエ子は1956年生まれ。メイの7歳年下。『耳をすませば』の主人公である月島雫の姉・汐の10歳年上。子どもの頃のエピソードは10歳、1966年なので『コクリコ坂から』の3年後。成長後のエピソードは27歳、1982年なので『耳をすませば』の3年前。高度成長期が終わって安定成長に移行、コピーライター糸井重里の「おいしい生活」が一世を風靡した年だ。その2年後、1984年には民営化前の国鉄が「エキゾチック・ジャパン」キャンペーンを開始する。経済成長率の低下とともに、生活の「質」に関心が向き始めた時代だった。1982年時点でメル36歳、サツキ41歳、メイ33歳、雫12歳。菜穂子は生きていれば71歳。

◆『耳をすませば』

『耳をすませば』(1995年)の月島雫は物語時点で中3、15歳としてみる。舞台はこれまた諸説あるが、仮に作品公開の10年前、1985年とすると、雫が生まれたのは1970年、大阪万博の年となる。この時点でメルは24歳、サツキは29歳、メイは21歳。菜穂子は生きていれば59歳。雫の母、月島朝子は作品時点で43歳、とすれば1942年生まれでサツキの1つ年下になる。雫を産んだのは28歳という計算。雫の姉・汐は物語時点で大学生、仮に1年生だとすれば4歳違いで1966年生まれ。

1970年時点で女性の平均初婚年齢は24.2歳。25~29歳女性の未婚率は20%を切る水準だ。相手が風間俊かどうかは別として、この時点で24歳のメルはこのころに結婚しているかもしれない。つまり、朝子の1つ年上のサツキはもとより、その少し下の世代のメルも、雫の親であってもおかしくない世代にあたるわけだ(メルが医師になるのであればもう少しあとかもしれないが)。

『耳をすませば』の舞台である1985年は、男女雇用機会均等法が制定された年でもある。1975年の国際女性年から10年後であり、これ以後「総合職」「一般職」ということばが登場する。雫は均等法世代になるわけだ。この年はまたプラザ合意によって円高が急速に進んだ年でもあり、円高不況のあとにバブル景気がやってくることとなる。作中で雫が作詞した「コンクリート・ロード」を地で行く時代だ。「フリーター」ということばが流行したのは1987年。雫がストレートで大学に入っていれば、在学中の1989~1992年はバブル景気がかなり盛り上がっていたはずで、さぞや華やかな大学生活になったことだろう。この時期メル、サツキ、メイは40歳前後。結婚していなければ、そのまま独身という可能性もある。

というのもこの時期、均等法によってキャリア上の選択肢が拡大したこともあり、女性にとっての結婚の意味が変化しつつあったからだ。かつて「女性は25歳までに結婚しなければ売れ残る」といういわゆる「クリスマスケーキ理論」というのがあったが、読売新聞の記事データベースでみると、「結婚&クリスマスケーキ」でヒットする最初の記事は1988年11月16日付。女性の平均初婚年齢が25歳に上ったのは1977年で、80年代後半には25~26歳前後だった。わざわざクリスマスケーキにたとえる言説が出てきたのは、25歳ではまだ結婚しない女性が増えてきたことの反映でもあろう。結婚が、「しないといけないもの」から「したければするもの」へとゆるやかに変化し始めた時期だ。

1980年代、女性が結婚相手の条件として求めるものは、高収入・高学歴・高身長のいわゆる「三高」だった。それ自体、女性が「選ぶ立場」であることを示唆するわけだが、一方で、雑誌のタイトルから名づけられた「クロワッサン症候群」ということばも生まれた。「人生の選択肢としての結婚を拒絶したが、結婚や出産適齢期を越えた年齢になり、自分の生き方に自信がもてなくなり焦りと絶望を感じている中年女性たちの心理的葛藤の形容」である。メル、サツキ、メイも結婚していなければこうした葛藤に直面したり、母親に「早く結婚しろ」と言われて口論になったりしているかもしれない。

松原惇子『クロワッサン症候群』(文藝春秋、1988年)

https://www.amazon.co.jp/dp/4163427201

どう生きたいかについての考え方が年齢を重ねるにつれ変化することは別に不思議ではない。しかし変化したときにそれが叶えられるタイミングを過ぎてしまっていた状況にあるとなれば、簡単に納得もできないのだろう。年齢がいきすぎて結婚が難しくなるのは女性に限った話でもないと思うが、女性の方がより大きな影響を受けやすいということもあるかもしれない。バブル崩壊後は特に、非正規雇用の割合が高い女性は生活上の不安により直面しやすくなる。

もう少し下の世代になる雫は『耳をすませば』公開の1995年前後には25歳。物語が示唆するように結婚しているかもしれないが、キャリアを追求してバリバリ働いているかもしれない(物語的には作家になっていてほしいところだが、作家という職業はそれだけで食べていくのはなかなか大変なので、別に職業をもっている可能性も充分あるのではないか)。

しかしバブル崩壊もあって、大卒の就職状況は雫が大学4年生の1992年から悪化に転じる。『就職ジャーナル』が「就職氷河期」ということばを生み出したのはこの年だ。その影響は、男性よりも女性の方がはるかに厳しかった。1986年に施行された労働者派遣法も対象業種が1996年、1999年、2004年と拡大していき、女性を中心に非正規雇用の比率が増加していくこととなる。雫はこの直撃を受けた就職氷河期世代ということになる。

◆『千と千尋の神隠し』

『千と千尋の神隠し』(2001)の主人公、荻野千尋は物語時点で10歳。舞台ははっきりとはわからないがバブル崩壊後しばらくたっているということで仮に1999年とすると1989年生まれ、日経平均が史上最高値をつけた年だ。その前年、1988年に消費税が導入された。1989年時点で雫は大学生、メル、サツキ、メイは40歳前後。千尋の母、荻野悠子は物語時点で35歳、とすれば千尋が生まれたときに25歳なので、『コクリコ坂から』の舞台となった時代に近い1964年生まれとなる。雫の6歳上、雫の姉・汐の2歳上。東京オリンピックが開催された高度成長期真っただ中に生まれ、バブル期に結婚、25歳で千尋を生んだわけだ。

1990年代の日本は、1995年の阪神大震災や1990年代半ば~後半のいわゆるドットコムバブルもあったが、全体としてはバブル崩壊の影響が続いており、1997年の消費税率の5%への引き上げや金融危機などでその後「失われた20年」と呼ばれることになる時代だ。こうした中で千尋は育つことになる。2000年代前半は好景気とされているが、実際にそう実感した人はあまり多くないかもしれない。

ストレート合格なら千尋の大学入学は2007年。サブプライムローン危機が表面化、翌年のリーマンショックへとなだれこむ金融危機の年だ。設定によると千尋の父は不動産会社勤務らしいが、となるとこの時期までにいわゆるリストラに遭っている可能性もある。就職活動の最中に東日本大震災を経験し、かなり就職は厳しかっただろう。とはいえ、いわゆるアベノミクスによる金融緩和のせいか、大学生の就職状況はその後改善していくので、第2新卒などの選択肢も視野に入れれば、雫よりましなキャリアスタートを切ることができたかもしれない。それでも2014年に消費税率が8%へ引き上げられて以降、景気回復は弱含むことになるから、千尋が好景気を知らぬまま社会へ出たことに変わりはない。

千尋が社会人となった2012年時点でメルは66歳、開業医であればまだ現役でもおかしくない。雫は42歳、正規雇用の勤め人なら管理職になるかならぬかといったところか。千尋の世代からは彼女らは「逃げ切り世代」ないし「既得権者」にみえるかもしれない。一方、産業能率大学の調査によれば、2012年の女性新入社員の管理職志向は28.7%と過去最高に達している。千尋もそうしたキャリア志向の女性になっているかもしれない。

https://news.mynavi.jp/article/20120621-a035/

◆そして2020年

そして今は2020年。上記の計算に基づけば(生きていれば)、サツキ79歳、メル74歳、メイ71歳、タエ子64歳、雫50歳、千尋31歳となる。サツキはバリバリの後期高齢者、メルやメイは70歳を超えているが、内閣府『高齢社会白書』によれば2018年時点で70~74歳の30.2%が就業しているから、まだ働いているかもしれない。平均初婚年齢は2010年時点で28.8歳だから千尋も結婚していておかしくないが、2015年の国勢調査によると30~34歳女性の未婚率は33.7%なので、結婚していない可能性も充分にある。

個人レベルではともかく、世代レベルで考えれば、雫世代と千尋世代では考え方や行動に大きな差があるだろう。それは彼女らが置かれた時代状況に大きな差があるからだ。それより上の世代でも、戦前で力尽きた『風立ちぬ』の菜穂子と戦後まで生き延びた『トトロ』の靖子では大きな時代の変化があったし、高度成長期を知り、女性が大学で学ぶこと自体が容易ではなかった世代のメルとその後に生まれた均等法世代・バブル世代の雫では考え方が同じとは思えない。バブル崩壊後しか知らない千尋世代がまたちがった目で社会を見ているだろうことも想像に難くない。

女性の置かれた環境も生き方も、時代とともに大きく変化してきた。もちろん現状がベストとはいいがたいが、それでもかつてと比べると、よい方向に変化した部分は数多くある。それらはすべて、それぞれの時代を生きた多くの女性たちがその努力によって変えてきたものだ。たとえば学生運動最盛期に学生時代を送ったメルは、日本で第一回ウーマンリブ大会が開催された1970年には23歳、国際女性年の1975年時点で28歳。この年代の数多くのメルたち、サツキたち、メイたちが、日本における女性の地位向上に奔走したはずだ。

現実には存在しないアニメのキャラクターも、こうやって世代差や時代背景とともにふりかえると、にわかに現実味をもった人物像として浮かび上がってくる。現代とはかけ離れたようにも思われる昔の日本も、確かに現在の日本と地続きにつながっていることが実感できる。その時代に生まれていない世代の皆さんも、こうした作品を通して、昭和から平成、令和と続くこの国のあゆみを自分に引き付けて考えてみるといいと思う。

長々と書いてしまってややわかりにくいかもなので、上記で想定した各キャラクターの生年を一覧表にしておく。

1911年 里見菜穂子

1920年代初頭 草壁靖子

1920年代半ば 松崎良子

1941年 草壁サツキ、節子

1942年 月島朝子

1946年 松崎海

1947年 松崎空

1949年 草壁メイ

1956年 岡島タエ子

1964年 荻野悠子

1966年 月島汐

1970年 月島雫

1989年 荻野千尋

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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