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長期化する香港民主化デモ 「香港人」で居続けることの難しさ

中島恵ジャーナリスト

9月末から香港で始まった民主化要求デモが長期化している。9月初旬から新学期が始まった香港の大学では、授業によっては3分の2以上の学生が欠席する事態となっており、教師たちは頭を痛めている。学生団体など民主派と政府が10日に予定していた対話も見送られ、事態はどのような方向に向かっていくのか見えない状態だ。

デモが「雨傘革命」と称され、最も盛り上がりを見せたのは10月1日。6万人とも7万人ともいわれる学生を中心とした若者がセントラルやアドミラルティといった金融街を占拠し、「真の普通選挙」の導入を求めて抗議した。しかし、若者たちを抗議に駆り立てたのは選挙の導入方法を巡る問題だけが原因ではないことは、すでに多くのメディアで紹介されている通りだ。

不動産や生活費の高騰、中国人観光客との軋轢など、香港人の日常生活に対する不満や不安もある。その問題について、筆者も10月7日付のこちらの記事で詳しく解説した。香港人の不満は返還から17年間のあいだ、ずっとくすぶっていて、決して今、急に始まった問題ではないということや、大陸に住む中国人が今回のデモをどう見ているのか、といった意見も掲載した。

変わる香港の雰囲気

日本人にとって、香港は経済的な結びつきというよりも、観光都市としてのイメージが大きい。美味しい中華料理やブランド品などのショッピングが豊富で、中国には強いアレルギーを感じる日本人でも、香港は別だと区別している人々が多かった。その違いは何か、といえば、やはり政治体制の違いだろう。社会主義中国とは異なり、香港には言論の自由や民主があることも、その魅力のひとつだった。

だが、観光客全体の75%が中国人になり、香港に移民する中国人も増えてくると、しだいにその魅力は失われ、香港人はもとより、外国人から見ても「香港の雰囲気は変わった」と感じる人々が増えた。これまでも、将来に対して漠然とした不安を抱えていた香港人たちだったが、中国や中国人によってもたらされる脅威や、生活の危機がいよいよ本物だと自覚するようになったからだ。

「このままでは香港が香港ではなくなってしまう」

若者の間からはよくこのような意見を聞く。香港とは何か、という問いに一言で答えられる人はいないだろうが、それは香港が非常に特殊な地域だった歴史とリンクする問題かもしれない。

世代間で異なる「香港人」意識

香港はもともと中国の一部だった。アヘン戦争後、イギリスの植民地となり、150年以上に渡りイギリスの支配下にあったため、教育も主に英語と香港人の母語である広東語で行われていた。香港住民の90%以上が中国人(漢民族)だが、多くは隣接する広東省出身の人々だったからだ。1930~60年代に中国の動乱から逃れたり、社会主義を嫌って香港に渡ってきた人々が現在の香港を形成する基礎となっている。デモをしている若者の祖父母に当たる年代だ。彼らは香港に移民し、自由放任主義(レッセフェール)のもとで身を粉にして働き、生活の地盤を作ったが、身内や祖先の多くは中国におり、「自分たちは中国人」という意識もかなりあった。

だが、次の世代、現在の40~50代になると「香港人意識」はかなり強まってきた。1997年の香港返還時に20~30代だった彼らは祖国・中国への返還を悲しみ、不安を覚えた。1国2制度になり、体制は維持されるといっても、それが本当に実行されるのか、不信感がぬぐえなかった。89年の天安門事件などを目の当たりにしてきたからだろう。しかし、それでも親の世代が苦労して働いてきた姿を見てきた彼らは、不満を持ちつつも変化する現状を受け止め、生活のために中国語(北京語)を学ぶなど臨機応変に対応してきた。

現在、デモの中心となっているのは、さらにその子どもに当たる10~20代の若者たちだ。彼らが幼いとき、あるいは生まれた前後に香港は中国に返還された。物心ついたとき、すでに状況は一変していたにもかかわらず、逆に親の世代から培われてきた「香港人意識」はさらに強まり、中国に対する距離感や違和感は拡大した。

自分たちのルーツは中国にあるとわかってはいても、その存在は遠く、理屈よりも感覚的に中国への嫌悪感のほうが先に立ってしまう。実生活では、香港の大学や高校に入学する中国人たちの優秀さに圧倒され、有力な就職先も地元の若者より中国人たちに奪われていくことなども、中国人に対する反発心を強くさせた。香港は「自分たちの土地」であるのに、部外者に土足で踏み入られ、それがどんどん拡大しているような気分なのだろう。民主化の問題ももちろん大きいが、若者たちが幼い頃から肌で感じてきた焦燥感や疎外感が一朝一夕には消えないことも、今回のデモの落とし所を見つけにくくしている問題のひとつだといえる。

中国大陸でも同様の問題があるのだが、変化の激しい香港でも、世代間、親子間での思考のギャップは日本人のそれとは比べ物にならないほど激しい。現在の香港では学校で中国語も教えているが、40代~50代は学校で学んだ人は少なく、受けてきた教育内容も、生活環境もかなり異なる。若者のデモに眉をひそめる中年以上の年代が多いのも、そうした影響が背景にあるだろう。

香港が経済発展を始めた80年代からわずか30数年しか経っていないのに、「香港人」の定義は変わりつつある。人口の10%前後が大陸からの新移民や大学生、ビジネス界で働く「中国人」であり、彼らの存在感が大きくなればなるほど、そこで暮らす「香港人」は流動し、その定義も変わらざるを得なくなる。社会主義を嫌い、自由経済の下で発展してきた香港で培われた「香港人」という特異な存在。植民地が終焉したときのように、香港人の運命も時代とともに変化していくものなのだろうか。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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