マイルCSを制したセリフォスに最も関わる男が、泣きそうになった理由とは?
パドックで勝利を確信
「このデキなら勝てる。勝てなくても力は出し切れる」
パドックで2人曳きされるセリフォスを見て、そう思ったのは吉田正志氏。同馬のオーナーであるGⅠレーシングの代表で、生産者である追分ファームのマネージャーでもある彼は、続けた。
「2人をグイグイ引っ張って外を周回していました。それでいて気合いが入り過ぎている感じではない。走りたがっているように見えました」
その場で、調教師の中内田充正から次のような話を聞いたと言う。
「『まだ長くはトップスピードが続かないので、追い出しをなるべく我慢してくださいと(騎乗する)ダミアン・レーンに伝えました』と伺いました」
こうして実際に競馬を迎えると、作戦通り“ゴーサインをなかなか出さない”鞍上に操られる愛馬の姿が、双眼鏡越しに見えた。
「そう乗るとは聞いていたけど、それでもハラハラするくらい追い出しませんでした」
しかし、やがて合図が送られると、一気に加速する勇姿が目に映った。
「その瞬間、他とは違う脚色になったので『行け!』って声が出ました」
伸びて来たセリフォスを見て、パドックで感じた「勝てる」という思いが確信に変わった。しかし、同時に相反する想いが浮かんだ。
「自家生産馬でGⅠを勝ったのはペルシアンナイト(2017年マイルチャンピオンシップ)が最後でした。その後も惜しい2着、3着はあったけど、勝てずにいました。だから今回も『勝てる!』という気持ちと同時に『本当に届くのかな?』という想いが脳裏をよぎりました」
そんな想いを断ち切ってくれたのが、セリフォスだった。
グングン加速すると先行勢をまとめてかわし、最後は2着のダノンザキッドに1と4分の1馬身差をつけ、真っ先にゴールに飛び込んだ。
「勝てると思って勝ったわけですけど、ただ不思議とすぐに『やった!!』とはなりませんでした。『本当に勝っているよね?』という思いが沸いて、何かボウッとしてしまいました」
悩んだ日々を越えて
GⅠレーシングとして18年にはジュールポレールがヴィクトリアマイル(GⅠ)を勝ち、ルヴァンスレーヴはチャンピオンズC(GⅠ)を優勝していた。しかし、自家生産馬でのGⅠ勝利は先述した通りペルシアンナイト以来。なかなか大きいところを射止められない現状に、自らが持つ育成場であるリリーバレーのやり方や、生産、繁殖などの体制に疑問を抱く日もあった。
「常にベストを尽くしているつもりではありますが、結果を出せないという事実から『何かが違う』『何かが間違っているのだろう』と頭を悩ます毎日でした」
他の施設を視察する事も、一再ではなく、マイルチャンピオンシップの前の週にも、牧場スタッフと共に、青森の牧場や岩手の競馬場を巡っていた。その視察の合間に散歩をして、神社でお参りをしながら、意見を交換した。
「どこも素晴らしい環境で頑張っているのを見させてもらいつつ、うちとしてはどうしていけば良いのか、スタッフと話し合いました」
同じグループの社台ファームやノーザンファームがGⅠ戦線を席巻する日々が続いて長いが『彼等にあって自分達にはないものが何か?』も当然、考えた。
「皆、仲良くはしていますけど、勿論、悔しさはあります。生産頭数では明らかにかなわないけど、それを補うにはどうすれば良いかは常に考えています」
そうやって模索を続ける中で、久しぶりに手にしたGⅠ勝利に、呆然としてしまったのだ。
「次の瞬間、近くにいた知人が『勝ちましたね!!』と言ってハグをしてくれました。それで我に返り、改めて勝った喜びが湧きました」
その後、登壇した表彰台で、喜びを噛みしめた。
「色々悩む毎日でしたけど、自分達がやって来た事は間違いなかった。そう思うと、目頭が熱くなりました」
吉田正志氏は、涙がこぼれ落ちないよう、上を向きながら、そんな事を考えていた。
(文中一部敬称略、写真撮影=平松さとし)