10秒間で8人が絡んだ攻撃の意図。”乾&本田システム”の前に生まれたシリア戦ゴールの価値を問う。
アウェーのイラク戦(イランでの中立開催)を前にしたシリア戦は後半の立ち上がりにリスタートから先制されたが、怪我から復帰した今野泰幸のゴールで追い付いた。それが日本の唯一のゴールとなったが、10秒間に8人が絡む迫力あるフィニッシュによってもたらされた。そこに日本代表の確かな進化が見て取れる。
前半の出来に不満を示したハリルホジッチ監督も「後半はボールをより動かすようになりたくさんの決定機。後半は勝利に値する内容」とハーフタイム後にチームが修正できたことを主張した。
ただ、やはり注目が集まったのは左サイドに2年2ヶ月ぶりの代表復帰となる乾貴士が入り、さらに浅野拓磨の投入により本田圭佑が4−3−3のインサイドにポジションを移してからのパフォーマンスだ。乾の卓越したテクニックや個人のアイディアもさることながら、本田がインサイドでタメを作ることで、大迫勇也のポストプレーを生かしながら、左で乾が仕掛け、さらに外から長友が攻め上がる左の形ができ、最終的に右から浅野が飛び込むという新たなオプションが生まれた。
「タメを作れるし、俺としては左利きの人が左を見てくれるので、あそこで受けられる。圭佑くんがあそこに入ることで、左のワイドの選手は楽になると思います。ボールが収まりますし、落ち着かせてくれる」
この”乾&本田システム”が今後も日本代表の効果的なオプションになっていく期待は高いが、もう1つ注目したいのは後半のその前に生まれた得点シーンの形だ。まだ左サイドに原口元気がおり、後半の頭から入った本田が右ウィングに配置されていた時間帯に生まれたゴール。その中に、ハリルホジッチ監督が練習で繰り返し求めてきた要素が詰まっていた。
シリア側はFWのマルドキアンを前線に残し、全体が引いている状況で、日本はCBの昌子源から左SBの長友佑都にボールが渡ると、長友は原口に縦のグラウンダーパスを付けた。そこに4人のディフェンスが集まってきたところで、長友が外側を追い越しに行くが、原口は外のスペースを走る長友ではなく、前方から近づいて来た大迫勇也に預け、さらに長友を走らせる。
相手のプレッシャーを吸収しながら、粘り強く時間を作った大迫が左外にボールをつなぐと、長友が後ろからのディフェンスを弾き飛ばしながらトップスピードでペナルティエリアの左に侵入した。注目したいのはこの間の周囲の動き出しの関係だ。右のワイドなポジションから中央に流れてきた本田が、長友の仕掛けに合わせてゴールのニアサイドに飛び込む。
その動きに応じて、右インサイドハーフの今野はその本田とは逆に、ゴールのファーサイドで抜けてくるボールを流し込んだ。これだけでクロスに合わせる動きのベースは出来上がるが、もう1人の選手が加わることでフィニッシュに決定的な迫力が加わった。倉田秋だ。
昌子から長友にボールが渡った時点で、倉田は中盤の右寄り、今野と本田の後ろにポジションを取っていた。そこから原口、大迫、長友のところで攻撃が仕掛けられると分かった瞬間に意識を切り替えゴール前の中央、すなわち本田と今野の間にスプリントで駆け上がった。たった4秒前にシリアの守備ブロックをスパッと縦に切り裂き、ゴール前に飛び込んだのだ。
最後はファーサイドでフリーになった今野が流し込んだが、この倉田の動きこそハリルホジッチ監督が選手に繰り返し求めているもので、実行した倉田も高く評価できるが、重要なのはチームとしてそうした動きを共有していることだ。このシーンでは原口と大迫が左のチャンスメークに加わったことで、そのままだとゴール前の厚みが薄くなる。
それを逆サイドの本田とインサイドハーフの2人が埋めた形だが、中盤や逆サイドの選手がフィニッシュに関わるというのは、それだけ相手のディフェンスも混乱しやすい。短い攻撃時間の中でも、こうした厚みを作る動きはハリルホジッチ監督が段階的に求めてきたことだが、欧州組合宿の最後の方にも繰り返し練習に取り入れるなど、要求はより強いものになってきている。それが1つ形となって表れたのだ。
”ザックジャパン”さらに言えば”岡田ジャパン”から課題にあげられていたのが、サイドでチャンスは作れてもゴール前に人がいないという現象であり、クロスを上げてもペナルティエリア内に1人しかいないというシーンが多かった。もちろん中村俊輔の様なスペシャルなパサーがいれば、その1人にピンポイントで合わせて決め切ることも可能だが、世界においてはマークも厳しくなり、単純な人と人の勝負を日本のFWが制することは難しい。
そうした状況を打破する方法の1つがゴール前に人数をかけることだが、チャンスメークに人数をかけると、どうしてもゴール前が薄くなってしまう。もし人数をかけられても、クロスに対して人が構えている状態ではターゲットの選手が相手のマークに付かれ、結局は対人戦を制するしかない。しかし、そこに中盤や逆サイドからのスプリントが入ることで、瞬間的なフリーや有利な体勢を生み出すことができるのだ。
こうしたスプリントにはもう1つのメリットがある。それは守備のリスク管理との相関関係だ。早い段階で前に人数をかければ、当然ながら後ろが薄くなる。しかしながら、タイミングを見て数十メートルのスプリントができる選手がいればチャンスを作る段階、つまり縦のスプリントをする前にボールを失っても、すぐに守備に移ることができるのだ。
このリスク管理に関連してゴールシーンを見ると、もう1つ気付いたことがあった。チャンスメイクに関わった大迫と原口が、長友がクロスに持ち込む流れに応じて、セカンドボールやカウンターに対応できるポジションに移動したことだ。結局シリア戦のゴールシーンで関わった選手のプレーは以下の通りだ。
<シリア戦のゴールシーン要素>
■昌子の組み立て
■長友の縦パスからの飛び出し&クロス
■原口の起点のプレー → セカンドボール、リスク管理に切り替え
■大迫の左に流れてのポストプレー → セカンドボール、リスク管理に切り替え
■倉田の中盤からのゴール前へのスプリント
■本田のニアに飛び込む動き
■今野のファーサイドに飛び込んでのフィニッシュ
■井手口陽介や後方に残った守備陣のバランスワーク
このシーンを分析しながら思い出した言葉がある。ハリルホジッチ監督が2015年3月の監督就任会見でこう語っていた。
「フットボールには2つの面がある。ボールを持っているときと持っていないときだ。ボールを持っていないときは、現代フットボールではどうなっているかというと、全員が同時にブロックを作って全員が守備をしている。この守備ブロックには高い位置、中間の位置、低い位置というのがある。これには全員が関わらないといけない」
「例えば全員が努力しなければならない時に一人でも欠けていてはならない。ボールを持っている時も同じでビルドアップに関してもみんなで関わらなければならない。ビルドアップもどんどん前に行ってほしいし、本当にたくさんの選手が関わってほしい。攻撃を仕掛けるときには本当に多くの人数をかけていく」
全員攻撃・全員守備の理念を表す言葉だが”全員が攻撃に関わる”というと、多彩なパスワークで全員がボールに触る”トータル・フットボール”の様なものをイメージしがちだ。しかし、日本代表監督が意図しているのは常に全員が攻撃ビジョンを共有して、直接パスやドリブルでチャンスを作る選手だけでなく、スプリントで飛び込む選手、リスク管理をする選手を含めて全員でその局面に関わるということ。攻撃の迫力、守備の強さはその積み重ねで生まれて行く。
今回のシリア戦は1−1という結果に終わった。ホームの代表戦としては決して喜ばしい結果ではない。しかし、この試合をもって「日本は進化していない」という評論には異を唱えたい。確実に進化している。ただ、シリア戦の前半の様に良い形が作れない状況の要因を分析しながら、こうした形を生み出す回数、時間帯、その準備のためのリズムをもっと高める必要があるし、最後は質や精度も問われてくる。
結局そうした”チームの進化”を証明できる場所は公式戦であり、結果に付いてくるものでもある。ホームの親善試合とは全く異なる環境の中でチームの狙いを実現し、勝利を掴むことができるか。最終的にチームの成果が問われるのはW杯の本大会しかないが、まずアジアを突破するための本当に重要な試合で、成果の一端を示せれば結果は付いてくるはずだ。