パリの屋上菜園 その2【Sous les Fraises】市庁舎前デパートのグリーンウォール
「パリ市庁舎前」と聞いて、ドアノーの代表作の一つ「パリ市庁舎前のキス」を思い浮かべる方は相当の写真好き。だが、今回ご紹介するのは、パリ市庁舎前の建物の屋上菜園だ。
前回の記事では、バスティーユにあるオペラ座屋上の菜園を取り上げたが、パリ市庁舎前のデパート「BHV(ベー・アッシュ・ヴェー)」屋上でも2016年から菜園のプロジェクトが実践されている。手がけているのは「Sous les Fraises(スー・レ・フレーズ=いちごの下で)」という会社で、同じくパリを代表するデパート「ギャルリーラファイエット」でも同様の取り組みを行っている。
屋上菜園というと、畑のようなものを想像していたが、こちらのはまったく画期的。いわゆる水平方向にではなく垂直の面に作物が実っているのだ。仕掛けはMembrane hydrobioligique。直訳すると「水生生物学の膜」と、なんとも意味不明な言葉になってしまうが、いわゆるタピスリーのようなものが地面の代わりになっている。
この「膜」を開発したのが生物学者のヨハン・ユベールさんで、ローリン・ジャキエさん(建築家、エンジニア)と共同で都市農業を推進すべく15年前にこの「スー・レ・フレーズ」という会社を設立している。
まるで戸外のグリーンの壁のようなこちらの菜園は、羊毛と麻でできた「膜」にたくさんのポケットが開けられていて、そこに様々なハーブや野菜が実るというもの。鈴なりのトマトが陽光を受けている下ではゼラニウムやセージ、いちごやミントが顔を出すという具合だ。
「水が膜を通じて異なった作物の根っこを巡るので、植物間のコミュニケーションが生まれます。これが植物それぞれの耐性に有効に働きます。植木鉢で単独で育つ場合にも、同じ作物だけが集中して植えられている畑にもないエコシステム。一見したところ、この景観はとても人工的に見えるかもしれませんが、実はこの膜によって都会のジャングルが生まれているのです」
と、案内してくれたマリー・ドゥアンヌさん。
「建物の屋上に設置するのであまり重くなりすぎてもいけませんが、軽すぎて風に耐えられないのも問題。重量、植物の構成、灌漑まで綿密に研究したシステムなのです」
ちなみにこの「膜」の制作費は1平方メートルあたり250ユーロほど。15リットルほどの水を蓄えることができ、10年くらい使用に耐えるそうで、ここBHVの屋上では総面積にして1500平米を展開している。
「22000の作物が植えられています。トマトは全部で1000株。1株あたり5から7キロの収穫があるので合計で5トンから7トンのトマトが採れる計算です」
作物は花やハーブ類が多いが、すでに80人ほどのシェフたちが料理に使っているほか、独自ブランドの食品も作られている。
こちらのホップ100パーセントのビールはパリ19区のブラッスリーで、また市内ストラスブールサンドニ地区の蒸留所では花やハーブをフレーバーに使ったジンが作られ、ハーブティーも10区のアトリエで調製されている。メイドインパリにこだわったこれらの品々はBHV館内3階の売り場で買えるほか、インターネットのサイトからも入手可能だ。
屋上菜園はセキュリティの問題もあって一般の人が自由に見られるというわけにはいかないが、子供のためのアトリエや貸切のイベントが行われたり、サイトから予約する形で、朝食、ブランチ、アペリティフを楽しむという試みも始まりつつある。
大都会の菜園といえば自己満足な趣味レベルと思っていたが、このスケールと実っている作物の見事さを目の当たりにすれば、そんな筆者の想像が過去のものだとわかる。都市菜園は経済的に自立可能なだけでなく、浄水や空調をも取り込んで建物そのもののエコシステムを再構築する将来性のある産業なのだと感じた。