洪水・土砂災害で犠牲者はどのように生じているのか
筆者は,日本の風水害(強風,大雨,洪水,高潮,波浪などによってもたらされる自然災害の総称)で,亡くなったり,行方不明になった方が,どのような状況で遭難しているのかについて,15年ほど前から調査研究を続けています.調査結果はいくつかの論文にまとめていますが,ここでは,1999~2018年の風水害による死者・行方不明者1259人についての調査結果を,ごく簡単に挙げます.
犠牲者を生じた原因外力(図1)で相対的に多いのは土砂災害で全体の5割弱を占めます.それに次ぐのが洪水(川からあふれた水で流されたケース),河川(何らかの形で増水した川に近づいて川などに転落したケース)で,それぞれ2割前後,合わせて4割ほどです.風や,海岸付近での波などによるケースは,合わせて1割程度です.「増水した川に近づいた」と聞くと,「田んぼの様子を見に行き,用水路に転落」というケースが思い浮かぶかもしれませんが,こうしたケースは犠牲者全体の5-6%くらいで,それほど多いわけではありません.「増水した川に近づいた」の中でも,日常の中で車や徒歩で移動していて川に落ちたケースが多くを占めています.
これらの構成比は,それぞれの災害事例ごとに様々ですが,約20年間の合計ではこうした傾向になります.
犠牲者の発生した場所の例を挙げます.土砂災害では,土石流による被害が特に激しい様相を見せます.図2の写真の場所では,3軒あった住家が跡形もなくなってしまったようです.こうしたことは,決して珍しいものではありません.
土砂災害のうち,いわゆるがけ崩れでも犠牲者が生じます.図3の場所では,がけ崩れが生じ,家屋が倒壊したわけではありませんが,斜面側の部屋にいた人が亡くなったとみられています.がけ崩れとしてはそれほど大きな規模のものではありませんが,こうした規模でも人的な被害につながることもあります.斜面と反対側の部屋にいるかどうかで運命が分かれるようなこともあるようです.
平野部の比較的新しい家屋では,浸水だけで家が流されて犠牲者が生じるようなことはほとんどありません.流されるとすれば,堤防が決壊した周辺などに限定されます(図4).ただ注意が必要なのは,決壊する場所は最後まで分からないことです.堤防沿いはどこでもこうした可能性があるとも言えます.最近の洪水ハザードマップでは,「家屋倒壊等氾濫想定区域」といって,家屋の流失・倒壊をもたらすような洪水のおそれがある範囲が示されていることもあります.ハザードマップの情報は幅があるものですから,あまり厳格に読み取ることは適切ではありませんが,目安の情報としては有益でしょう.
堤防がないような,山間部の中小河川は洪水と無縁ではなく,むしろ破壊力は大きいとも言えます.図5は,もともとの河川が横方向(写真左方向)に河岸を浸食し,そこに建っていた家屋が数世帯分流されてしまったとみられる場所です.ここでは4人ほどが亡くなったとみられています.
水の流れだけで家屋が流されてしまうことは稀ですが,車や人は簡単に流されてしまいます.図6のケースでは,道路を通行中の車2台が右手の水田の方に流されて犠牲者が生じたようです.写真ではわかりにくいですが,地図で見るように写真右奥には川があります.1台は水田付近で発見されましたが,もう1台は数km下流で発見されました.
河川に近づいて亡くなるケースのいくつかの形態を,図7に示します.河川沿いの道路の路肩が崩れ,それに気がつかずに走行した車が転落するケースがよく見られます.あるいは,橋は流されなかったが,取り付け部の盛土が流されてそこに転落というケースもありますし,小さな側溝で犠牲者が生じることもあります.
犠牲者の発生場所を「屋内」(建物の中),「屋外」(建物の外)に大別すると,屋内と屋外はほぼ半々です(図8).風水害犠牲者の約半数は,何らかの形で屋外行動中に亡くなっている,とも言えます.屋外行動中といっても避難中というケースは少数で,多くは日常の移動や,どこか屋外の一箇所にとどまっていたなど,日常的な行動中に遭難したケースが多くなっています.
原因外力別に見ると,土砂災害犠牲者は屋内で亡くなった人が8割ですが,洪水,河川の水関連を合わせると7割,風や波の関係では8割が屋外です.風雨が激しい特に屋外で行動することは大変危険であることが示唆されます.危険な場所にある家屋からどこかへ立退き避難することも重要ですが,避難のために移動するとしても,その距離はなるべく短くした方がいいのかもしれません.
犠牲者の発生場所と,ハザードマップとの関係を見てみましょう.土砂災害による犠牲者は,9割弱がハザードマップ等に示された土砂災害危険箇所かその近傍(地図の誤差の範囲内程度)で亡くなっています.
一方,洪水,河川といった水関係の犠牲者は,ハザードマップ等に示された浸水想定区域付近での犠牲者は4割程度です(図10).このあたりは先日の記事でも書きましたように,中小河川などでは浸水想定区域の指定が進んでいない場合がある事などが背景として考えられます.ただし,地形的に見れば,水関係の犠牲者は,洪水の可能性がある低地で亡くなっている人がほとんどです(図11).
我々の身の回りの地形は,山地,台地,低地に大きく分類できます.地形分類でいう低地とは「標高×m以下の土地」のことではなく,河川や海面とあまり高さの変わらない低平なところを示します.たとえば長野県の諏訪湖は湖面の標高が759mとかなり高いところにありますが,その周囲には「低地」が広がっています.低地は,現在でも河川などの水によって形成が行われている場所であり,洪水が起こりうる場所です.扇状地,氾濫原,後背湿地,といった言葉を覚えているかもしれませんが,これらは低地の一部です.低地は特殊な場所ではなく,市街地,集落となっている事も多くあります.低地など,地形分類に関する情報は,国土地理院の地理院地図で参照することができますが,やや専門性の高い情報で,適切に解釈するのは難しい部分もありそうです.
特に,堤防などがない中小河川では,相対的に川と同じくらいの高さにある場所は,洪水の影響を受けうる,と理解しておくのも一つの考え方かもしれません(図12).
※本稿は,筆者のブログなどに掲載した記事を元に再構成したものです.