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台風10号への警戒 「大げさすぎ」だったのだろうか?[タイトル修正]

牛山素行静岡大学防災総合センター教授
2020年台風10号の気象衛星画像.2020年9月6日12時,気象庁HPより

2020年9月10日追記

 本稿について大変多くのご意見をいただき,誠にありがとうございました.様々なことを学ばせていただきましたことに感謝いたします.ことに,本稿の表題が適切でなかったことを,深く反省しています.

 筆者は,本稿の最後にも書きましたように「今回の台風10号について,気象庁が早い段階から強く注意を呼びかけた事は,予想された台風の勢力が近年の台風や,過去に上陸した台風と比べてもかなり強い勢力であった事から,「大げさだった」とまでは思いません」,と考えています.「台風10号への警戒が大げさすぎだった」とは考えていません.

 しかし,本稿の当初の表題「台風10号への警戒 「大げさすぎ」だったか」は,本稿の内容を適切に伝えない,大変紛らわしい書き方であったと,深く反省しているところです.このため,9月10日07時頃に,「台風10号への警戒「大げさすぎ」だったのだろうか?」に修正させていただきました.未熟な出稿をいたしましたこと,誠に申し訳ございませんでした.

 なお本稿については,誤字等の修正はしていますが,特に注記なく内容の変更はしておりません.

 9月6日~7日に日本付近を通過した台風10号.気象庁がかなり早い段階から強く警告を発し,社会の側もかなり積極的な対応が行われたようです.一方被害は,まだ分からない部分があるとはいえ,歴史に残るような規模にはならなかったようです.結果論としてみると,事前の警告や対応について「大げさすぎたのでは」,という見方もでてくるかもしれません.あるいは,「社会が積極的に対応したからこの程度の被害ですんだのだ」,といった見方もありそうです.

 はじめに筆者としての考えを言っておきますとこれらの見方については,「そういう面もあり,そうでなさそうな面もあり,一概には言えない」だと思います.すっきりした話では無いですが,このように考える背景について整理しておきたいと思います.

気象庁の事前の「警告」

 今回の台風10号について,気象庁本庁は極めて早い段階から強く注意を呼びかけていました.気象庁ホームページの「報道発表資料」で台風10号については次の情報が確認できます.

 台風が接近する都度,気象庁本庁がこうした情報を発表しているわけではありません.たとえば台風10号の直前には台風9号が日本付近を通過していますが,気象庁「報道発表資料」に情報はありません.あるいは,2019年は15個の台風が接近・上陸しましたが,そのうち気象庁本庁が「報道発表資料」に情報を出したのは4個のみでした.大きな被害をもたらした2019年台風19号(令和元年東日本台風)では,上陸前に3回の情報が出ていますが,最も早いものでも上陸(9月12日)の3日前(9月9日)でした.近年気象庁は,大きな災害のおそれがある気象現象が予想される際に積極的な情報発信を行うようになりましたので,単純に比較はできませんが,それにしても,かなり異例な対応が行われたとは言えそうです.

筆者は台風等の情報が「大げさすぎ」と思う事が多い

 筆者は台風などの気象現象の物理的メカニズムについては専門でありませんが,台風や大雨による風水害やそれに関係する情報について,多くの事例を見つつ調査研究しています.そうした背景もあり,台風接近時などに伝えられる表現に対しては「大げさすぎ」「的外れ」と感じる事がかなり多い,というか,ほとんどの場合そう感じていると言っても過言ではないでしょう.たとえば,台風が日本のはるか沖合にあるときに,その時点の台風の中心気圧と過去の日本に上陸した記録的な台風の上陸時中心気圧を対比して,「○×台風を上回る規模の台風」などと伝えるケースなどは典型的です.台風は日本のはるか沖合の海上で発達していても,上陸時の中心気圧はそれよりもかなり高くなっている(勢力が弱まっている)事がほとんどだからです.

台風10号には危機感を持った背景

 そうした私ですが,今回の台風10号についてはかなり危機感を持ちました.この台風について明確に自分の中でモードチェンジが起きたのは9月2日頃でした.この日発表された気象庁の資料では,台風がまだ日本のはるか沖合にある段階にもかかわらず,「今後特別警報級(中心気圧930hPa以下、最大風速50m/s以上)の勢力まで発達し、6日から7日にかけて、奄美地方から西日本にかけて接近または上陸するおそれがあります」と明記されたことがそのきっかけとなりました.

 風水害にかかわる特別警報は,大雨特別警報と,暴風,高潮,波浪の特別警報があります.大雨特別警報は,予想または実況の雨量に基づいて発表され,暴風,高潮,波浪の特別警報は台風等の勢力に基づいて発表されます.前者を「雨を要因とする特別警報」,後者を「台風等を要因とする特別警報」と言う事もあります.「台風等を要因とする特別警報」は,中心気圧930hPa以下又は最大風速50m/s以上の台風等が日本付近に接近・上陸すると予想された際に発表されます.なお,沖縄,奄美,小笠原については,中心気圧910hPa以下又は最大風速60m/s以上と,基準が厳しくなっています.

 特別警報の制度は2013年に始まりましたが,それ以降,「台風等を要因とする特別警報」は沖縄で1回出されただけで,本州付近を対象として出された事はありません.そもそも,近年日本にはそれほど強い勢力の台風は上陸していません.台風の勢力は中心気圧だけで完全に決まるものではありませんが,一つの目安にはなります.過去の台風の上陸時の中心気圧の統計を見ると,「台風等を要因とする特別警報」が出るおそれがありそうな台風は,1993年以降上陸していません.

 上陸せず接近だけした台風で中心気圧が930hPa程度のケースについては詳しくは分かりませんが,経路などから簡単に見た限りでは,やはりここ20年ほどは明らかにそれらしい台風は確認できませんでした.また,短期的に見ても,特別警報の制度ができた7年前から2020年9月初めまでの間に,「台風等を要因とする特別警報」が出る事を強く懸念するような事例はありませんでしたから,どんなに小さく見積もってもここ7年間では最も緊張すべき状況とは言えると思いました.

 台風ですから,起こりうる現象は,大雨とそれに起因する洪水や土砂災害,暴風による被害,海岸付近の高潮・高波などです.特に,勢力が強そうな事から高潮の可能性もかなり懸念されました.高潮自体の危険性もありますが,高潮災害というものを日本では近年ほとんど経験していないため,高潮という現象自体がピンと来ない人も多いのではないかという懸念がありました.そうした懸念に基づいて,下記の記事を書きました.台風が接近した6日には気象庁からも,高潮に絞って警告する資料も出ました.

 結果的に台風10号は,南大東島付近で中心気圧が920hPa程度まで発達したようですが(このあたりはまだ未確定で今後数値が出てくると思います),九州付近に近づいたときには930hPaよりは気圧が高くなり,「台風等を要因とする特別警報」の発表には至りませんでした.とはいえ,非常に強い勢力のまま,6日から7日にかけて九州の西を通過していきました.

今のところ被害は相対的には大きくはなかった可能性が高い

 9月9日午前9時時点の消防庁資料によれば,同時点の台風10号による全国の被害は,死者2人,安否不明4人,住家の全壊1棟,半壊4棟,一部破損193棟,床上浸水6棟,床下浸水30棟との事です.主な家屋被害として全壊,半壊,床上浸水の合計値を出すと11棟となります.こうした被害の数字は時間とともに大きく変わる事がありますので,近年のいくつかの風水害時に災害発生から3日目くらいに発表された消防庁資料で同様な数字を見てみます.

  • 2019年台風19号(2019年10月12日~13日): 10月15日05時資料 死者38人,行方不明11人,全壊・半壊・床上浸水6388棟
  • 平成30(2018)年7月豪雨(2018年7月5日~7日): 7月9日06時30分資料 死者75人,行方不明28人,連絡がとれない者11人,全壊・半壊・床上浸水1989棟
  • 2016年台風10号(2016年8月30日~31日): 9月2日07時30分資料 死者11人,行方不明3人,全壊・半壊・床上浸水154棟

 繰り返しますが,被害の数字は今後大きく変わる可能性がありますので大まかな事しか言えませんが,今のところ,2020年台風10号による被害の規模は,近年の他の風水害と比較して相対的に大きくはない可能性が高いと考えられそうです.無論,相対的な規模の大小があっても,人的被害を含む被害が出ている事は大変痛ましい事です.

雨や風の現象面の激しさはどうだったか

 気象庁の観測値を見ますと,降水量については,9月6日~7日にかけて,24時間降水量,48時間降水量,72時間降水量が,観測史上1位(観測期間は多くのところで最近約40年かそれ以下)を更新した観測所はなかったようです.代表例として図1を示します.1時間降水量など短時間でもほぼ同様でした.降水量については,特別に記録的な量が降ったわけではなさそうです.

図1 2020年9月7日の24時間降水量最大値と観測史上最大値の更新状況.気象庁ホームページより
図1 2020年9月7日の24時間降水量最大値と観測史上最大値の更新状況.気象庁ホームページより

 風については専門でないので相場観があまりなく自信がありませんが,日最大風速(10分間の平均風速)が観測史上1位(こちらも観測期間は最近約40年以下)を更新した観測所が九州付近を中心に6日は2箇所,7日は7箇所見られました.日最大瞬間風速ならばもっと多くの箇所(6日11箇所,7日22箇所)で更新しているのですが,日最大瞬間風速の統計期間はほとんどの場所で十年そこそこと短く,どのように見るべきか私にはよく分かりません.ただ,風については,10分間の平均風速を更新した観測所がそれなりに見られる事から,現象としてもかなり激しい現象に見舞われた地域が少なくなかったと考えてよいと思います.

図2 2020年9月7日の日最大風速と観測史上最大値更新状況.気象庁ホームページより
図2 2020年9月7日の日最大風速と観測史上最大値更新状況.気象庁ホームページより

 高潮については,分布図的な資料がないのではっきりとは分かりませんが,各地の潮位観測所の記録を見る限りでは,高潮自体は見られましたが,高潮による大きな被害が懸念される潮位に達した観測所は確認できませんでした.

積極的な対応があったから被害が少なかったのか

 いまのところ,今回の台風10号による人的被害,家屋被害については,近年の主な風水害と比較し,相対的には大きくなかった可能性が高そうです.これに対して,事前の強い警告により社会が積極的に対応した事で被害が少なく抑えられた,との見方もありそうです.

 各地で避難者がこれまでの災害より大幅に多かったり,避難所が定員オーバーとなったといった事例があった事が幾つか報じられています.

 避難所に行く事だけが避難ではない事もあり,避難所への避難者数だけではなんとも言えないところもあります.また,その背景が事前の警告にあったのかなどはなんとも言えませんが,比較的積極的な対応が見られた可能性が高いとは思います.では,そうした積極的な対応があったから被害が少なかった,と考えてよいでしょうか.

 避難所等への立退き避難だけでなく,屋外への外出などを抑制したといった事があれば,そうした積極的な対応で,人的被害が軽減された可能性もあると思います.一方家屋被害についてみると,家屋は「避難」することができませんし,全半壊,床上浸水などの被害は,台風接近直前の応急対応で大きく減らす事はあまり期待できません(堤防などの長期間にわたって整備されたハード対策の効果は十分考えられますが).

 家屋被害が多くなかったとすれば,それは降水量がそれほど記録的でなかった事,潮位もそれほどは高くならなかった事,その結果として,堤防の決壊などによる洪水や,多数の家屋が破壊されるような土砂災害があまり目立たなかった事が主たる要因だと思います.また,人的被害についても,こうした激しい現象が比較的少なかった事で,それに伴う犠牲者が発生しうるような状況があまり生じず,結果として犠牲者が多くならなかった可能性もあります.

 なお,風による被害や,社会インフラの維持といった事に関して筆者は専門的知見を持ちませんので,それらの事前対策が効果につながったかどうか,という観点については,何も言う事ができません.

まとめて考えると

 今回の台風10号について,気象庁が早い段階から強く注意を呼びかけた事は,予想された台風の勢力が近年の台風や,過去に上陸した台風と比べてもかなり強い勢力であった事から,「大げさだった」とまでは思いません.「史上最強」と呼べるような台風とは終始思っていませんでしたが,特に風に起因する現象に関しては,少なくともここ7年間では最も強く注意を促すべき台風だったと思います.結果的にはそこまで強い勢力は保たれず,風も雨も,極端に激しいものにはなりませんでした.技術的な詳細を筆者は知りませんが,予測なのですから,これくらいのいわば「はずれ・空振り」は十分あり得る事だと思います.

 具体的な事はなんとも言えませんが,避難をはじめ様々な社会的対応が,近年の台風等と比べても積極的に行われた可能性は高いと思います.このこと自体は決して悪い事ではないと思います.ただ,作用した外力がそこまで大きくなかった事を考えると,積極的な対応が被害を軽減したのだ,これくらいやれば十分対応できるのだ,などとあまり単純に捉えすぎる事には慎重であった方がいいと思います.

 今回の気象庁発の情報は,あまり耳新しい特殊な表現を用いる事は少なく,予想される状況,その程度,激しさなどを,危機感は持ちつつも淡々と伝えたという印象を持っています.こうした,奇をてらう事のないある意味「正攻法」な情報発信に対しても,社会が強く反応した事を,筆者は心強く思いました.どのようなことになりそうなのかを伝え,それが「怖い」と思えば社会は反応するという事なのかもしれないと感じました.

 一方で,「強く警告すれば社会は反応する」のように受け止める事は適切でないと思います.強い警告は,今回のような,本当に危機的な状況の時に使うべきものと思います.毎年何回でも見られるような事象に対して,「この観点で見れば史上最強」のような煽り言葉を濫発する事は,筆者は賛同できません

 「過剰に対応したが結果としてたいしたことにならなかったとしても,よかったと思えるようにしよう」という趣旨の事が防災の場面では時として言われます.とはいえ,頻繁に「過剰な対応」をとる事は,現実的には難しいでしょうから,こうした言葉を押しつけるのもどうかとも思います.現実的にできる事は何なのかを考える事も重要かと思いました.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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