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台風10号でも懸念される「高潮」 津波のように海水面が高くなる現象で要注意

牛山素行静岡大学防災総合センター教授
2017年台風21号の高潮・高波で損壊したと思われる柵と建物.筆者撮影.

「高潮」は見た目で言うとほぼ津波のような現象

 台風などが接近する際に生じる現象に「高潮」があります.高潮は,台風接近による気圧の低下でいわゆる「吸い上げ」が生じることと,台風による暴風で海水面付近の水が吹き寄せられる事によって生じます(図1).「吸い上げ」が原因としてよく説明されますが,「吸い上げ」による海水面上昇は大きくても数十センチメートル規模です.一方,吹き寄せによる上昇は数メートル規模にも及びます.広い海洋上であれば,海水面付近の水が吹き寄せられても,いうなれば移動していくだけですから大きな影響はありませんが,台風の進路上にある湾に向かって吹き寄せられていくと,湾が行き止まりになるわけですから,海水面は更に上昇し,場合によっては堤防を越えて陸地に浸水していくことになります.厳密に言えば異なる点はありますが,海水面が上昇し,陸地が浸水することがあるという意味では,津波と同じようなもの,と捉えていただいてもよいと思います.

図1 高潮の説明 気象庁ホームページの図をもとに筆者加筆
図1 高潮の説明 気象庁ホームページの図をもとに筆者加筆

「高潮」と「高波」を混同しない

 高潮とよく混同されやすい現象として「高波」があります.高波は,私たちがよくイメージする「海の波」といっていいでしょう.繰り返し打ち寄せてくる波です.高波は,台風の時などは高さ10メートル以上になる事も珍しくありませんが,時間的には秒単位で砕けてしまいます(それが繰り返しはしますが).一方高潮は,数十分以上にわたって海水面が高い状態が続きますが,その高さは,かなり高い場合でも数メートルの単位です.たとえば,予想される高潮の高さが3メートルと聞いて「3メートルくらいの波は台風の時にはいくらでもあるから,たいしたことはない」などと理解する事は大変な誤解です.一瞬で砕けるものではなくて,しばらく高い状態が続くのですから.

高潮による被害は海岸付近での洪水

 高潮は海水面全体が高くなるわけですから,非常に高くなれば,海水が堤防を越えて陸地に進入してきます.形としては津波と同じです.津波ほどの大きな破壊力は一般的にはないようですが,浸水は広がりますので,状況としては洪水と同じです.高潮とは,海岸付近の低い土地に洪水をもたらす現象と考えていただいてもいいと思います.

 高潮による浸水の危険性がある地域については,高潮ハザードマップが作成されている場合もあります.ただし,洪水や土砂災害のようにほとんどの地域で,というわけではなく,未作成の地域も少なくありません.国土交通省の「わがまちハザードマップ」というページの「災害種別から選択する」で高潮を選ぶと,高潮ハザードマップを作成している自治体のホームページへのリンクを探す事ができます.高潮ハザードマップが整備されていない地域で,高潮の危険性がある場所の見当をつける事はやや難しいですが,一般論としては,海岸近くの低い土地で危険性があると考えてもいいでしょう.

高潮によるまとまった人的被害は20年以上起きていないが

 規模の大小はありますが,高潮による浸水の被害は時々起きています.ただ,高潮によるとおもわれる人的被害は,2004年台風16号の際の高松市での2人,倉敷市での1人が最後です.まとまった規模のものとしては,1999年台風18号に伴う熊本県不知火町(現・宇城市)での12人が最後です.このときは,海岸近くの低い土地にあった家屋での浸水により犠牲者が生じたようです.

図2 1999年熊本県不知火町での高潮による犠牲者が発生したと推定される位置.背景は国土地理院による1974~1978年頃の空中写真.筆者の推定結果を基に作図.
図2 1999年熊本県不知火町での高潮による犠牲者が発生したと推定される位置.背景は国土地理院による1974~1978年頃の空中写真.筆者の推定結果を基に作図.

 高潮による犠牲者が生じていないのは,海岸の堤防整備などの効果も大きいと思いますが,偶然によるところも少なくないように思います.海岸付近で堤防が十分整備されていないケースも珍しくなく,高潮による人的被害は今でも十分起こりうると思います.

暴風警報が出た段階で避難の検討を

 現在接近中の台風10号もふくめ,高潮の具体的な規模の予想は早い段階では難しいようですが,特に風の強い台風では,台風が通過する付近で高潮による被害が生じることが十分考えられます.また,高潮が生じるのは台風の接近時ですから,実際に高潮による浸水が生じ始めたときには,既にかなりの暴風で身動きがとれなくなっている事も考えられます.高潮の危険性がある地域,特に海岸近くの低い土地では,暴風警報が出たくらいの段階で,高いところに避難するなど,何らかの対応を考えはじめた方がよいと思います.また,このような場合には,海岸近くの低い土地(砂浜という意味ではなく居住地を含め)を通行するような事も,極力回避するようにした方がよいと思います.

 なお,高潮については,気象庁から下記のようなリーフレットも作成されています.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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