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「親への恩義」を植え付けろ! 奨学金が「借金」となったダークすぎる経緯とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像は「毒親」のイメージです(写真:イメージマート)

 昨年の出生数は、国が統計を取り始めて以来、はじめて80万人を下回った。加速する少子化のなかで、岸田政権は「異次元の少子化対策」を掲げ、対策を進めようとしている。

 少子化の原因は様々だが、教育の機会を保障するはずの「奨学金」が少子化を促進している要因として機能していることも明らかになっている。中央労福協が行なったアンケート調査によれば、奨学金返済が結婚に大いに影響していると回答した人が17.4%、やや影響している人が17.3%で、あわせて34.7%にのぼる。また、出産については、大いに影響しているが14.8%、やや影響しているが12.6%で、あわせて27.4%となる。

 NPO法人POSSEの学生ボランティアらが立ち上げた「奨学金帳消しプロジェクト」に寄せられる声のなかにも、「子供は諦めた。この薄給だと奨学金を返すので手いっぱい」といったケースは多い。

 奨学金が借金であることが、日本の若者の未来を奪っているのだが、そもそも世界的には奨学金と言えば返済の必要がない給付を意味する。なぜ日本では奨学金は貸与型=「借金」として発展してきたのだろうか。

 筆者が編集委員を務める雑誌『POSSE』 52号(特集 奨学金を帳消しに! 立ち上がる借金世代)では、編集部が『サラ金の歴史―消費者金融と日本社会』(中公新書)の著者である東京大学大学院准教授の小島庸平氏に、奨学金の歴史的発展と現在の奨学金制度のあり方についてのインタビューを行った。

 小島氏によれば、日本の奨学金が貸与型として設計された背景には、家族どうしの支え合い(家族主義)を維持・温存するという目的があったという。本記事では小島氏へのインタビュー内容を紹介しながら、奨学金制度のあり方について改めて考えていきたい。

「親の恩義を忘れさせない」ための貸与型奨学金?

―奨学金制度はどのように生まれたのでしょうか。

 「日本の奨学金制度の源流をたどっていくと、1944年の戦時下に作られた大日本育英会にたどり着きます。当時、戦時下で軍需工場の労賃が上がる中、学校の先生の賃金は相対的に低下し、教員になりたいという人が減っていることが問題となっていました。教員の担い手を増やすため、広く高等教育の機会を提供する目的で設立されたのが、奨学金制度でした」。

―他の国では、奨学金は給付型のところも多いです。日本ではどのような経緯で、奨学金が貸与型になったのでしょうか。

 「貸与型にするか給付型にするかという論争は、育英会設立当時からあったようです。その時に決め手となったのは、日本の家族主義的な美風を維持するという点でした。親は子のためを思って学費を払い、子はその恩を返そうと親孝行をする。ところが、国家が直接子供たちに育英資金を与えてしまうと、親の援助が不要になるので、親に恩義を感じて老後の面倒を見るというようなことがなくなってしまうかもしれない。貸与型の奨学金制度は、親が子に恩恵を与える余地を残す、言い換えれば、家父長制を温存するために導入されたという源流を持っていました」。

 小島氏によれば、日本の奨学金が給付型になるのか、貸与型になるのかの分岐点は、70年前に存在した。そして、その時に給付型が導入されなかった大きな理由の一つが「親への恩義を忘れさせないため」だったというのだ。教育の権利を保障するよりも「家父長制」を優先する。現在の奨学金は、戦中の天皇制・家父長制が露骨に引き継がれた制度だったというわけだ。

 ところが21世紀の現実を見てみると「家族での支え合い」はもはやとうに限界に達している。「奨学金帳消しプロジェクト」に寄せられた相談からは皮肉なことに、負担を家族に押し付ける今の奨学金制度が家族の関係性を深めるどころか「家族崩壊」を招いている実態が見えてくる。

事例① 70代の夫婦のもとに、姪の奨学金180万円が降りかかる

 関東圏に住む70代の男性、Aさんは、10年前に姪の奨学金の保証人になった。姪はスポーツ専門学校に通い、大手スポーツジムに入社した。しかしジムの給料は月12〜13万円にしかならず、生活はギリギリだったという。それに加え、両親が立て続けに亡くなり、姪は下の兄弟を支えなければならない立場に置かれていた。

 姪の専門学校入学から5年後のある日、J A S S OからAさんの元に「奨学金返済が滞っているので、保証人からも返済を促すように」という連絡が来た。姪の状況が心配だったが、返済が滞るうち、姪とは一切連絡がつかなくなってしまった。それからさらに5年後、JASSOから保証人であるAさんの元に「姪の奨学金180万円を一括で支払うように」という連絡が来た。Aさんの現在の月収は、妻の国民年金と合わせても月収十数万円。「細々と貯めていた老後の資金を切り崩して返済に充てねばならないのか……」と困惑している。

事例② 父親は1000万円分の奨学金の保証人…「親に請求が行くのが怖く、自殺がよぎった」

 東京都に暮らす20代の女性Bさんは、教員になるために約400万円の奨学金を借りて大学に進学した。保証人には、父と叔父がなった。父は、子供4人の奨学金の保証人となっており、合計で1000万円分の保証人になっている。

 Bさんは卒業後、大手通信制高校に入職したが、過重労働により体調が悪化し、3年で退職を余儀なくされた。働けない中でも、この先20年間、毎月17000円の返済が続く。貯金も底をつき、自己破産を考えた。しかし、破産すれば父親と叔父に請求がいく。2人とも決して裕福ではないため、債務が回れば、叔父・父親・自分もろとも自己破産という未来も見えていた。迷惑をかけるわけにはいかないと思い詰め、「一時は自分が死ぬことで借金をチャラにするしかない」とも考えた。

時代遅れになった制度の改革を

 これらの事例から見えてくる現実は、「家族同士の美しい支え合い」の美談で済まされる話だろうか? 経済的余裕のない家庭に債務保証が求められることによって家族関係が悪化したり、「家族に迷惑をかけられない」というプレッシャーから自殺という究極の形で「責任を取ろう」としてしまう悲惨な実態が見えてくる。そこまでいかなくとも、「金銭関係」が家族関係を崩壊にいたらせるといった事態が頻繁に生じている。

 そもそも、奨学金返済の義務を保証人になった親や親戚が背負うことによって生じる「家族への恩義」とは、一体どのような性格のものだろうか? 家族ぐるみで負わされる多額の債務が、自発的に取り結ばれる前向きな家族関係を作り出すとは考えにくい。むしろ金銭的に互いの人生が縛り付けられ、極めて抑圧的で不健全な関係性が生じ家族関係が悪化していくという事例が、相談の現場では多数寄せられている。

 小島氏も、70年前の家族制度を基礎にして成立した奨学金制度には限界がきていると指摘する。

「三世代同居が崩れて子育ての世代間分業はほとんど成り立たなくなっていますし、教育費の負担が家族に過剰にかかっていることが、少子化の一因になっています。 奨学金の制度設計が家族主義の温存を目指していたという歴史的な経緯を考えると、もうとっくに時代に合わなくなっている。そろそろ制度的な理念を根底的に考え直さなければならない。そういうタイミングに来ているんじゃないかと思います」

時代にあわせて制度を変えるために

 しかしながら、日本社会にはまだまだ「まずは家族同士で助け合うべきだ」という家族主義的な理念が根強い。時代遅れになった奨学金制度を変えていくためには、制度と実態の乖離が大きくなり若い世代の人生の可能性がどれだけ剥奪されているのか、その現実を可視化していく取り組みが不可欠だ。

 昨今、研究者や弁護士など様々な立場からの問題提起により奨学金制度は社会問題として認知されるようになってきた。労働者福祉中央協議会は、奨学金と教育費負担のアンケート調査を実施しているほか、奨学金制度についての政策提言のための院内集会、署名活動などを行なっている。また、全国の弁護士や司法書士、研究者らで作られている奨学金問題対策全国会議では、奨学金問題についてのホットラインの開催や、調査、政策提言を行なっている。そして、学生が中心になって立ち上げたFREE 高等教育無償化プロジェクトでは、学費・奨学金制度の改善を目指し、教育費負担についての実態調査や政策提言を行なっている。

 こうした一連の社会運動の成果もあり、今年の6月には、JASSOが半額の支払い義務しかない保証人に全額を請求していたことが問題となり、札幌地裁で「過払い分が不当利得と認識しながら支払いを受けた『悪意の受益者』」と指摘されるなど、制度のあり方が問われてきた。

参考:奨学金の返済が「半額」に? 日本学生支援機構の敗訴で「過払い金」の発生も

 さらに、奨学金返済の当事者である若者からも声が上がり始めている。今年6月には、返済当事者や学生が共同して「奨学金帳消しプロジェクト」を立ち上げ、メディアでの発信や調査活動を始めている。すでに署名は33,200 人、アンケートへの回答総は3121件を数えている。上記で紹介した声も、メンバーたちが調査や聞き取り活動の中で明らかにした、当事者の「生の声」である。

 同プロジェクトの参加者は大学生や20代の社会人らだが、彼らの実感からすれば、奨学金で「親への恩義」を感じるどころか、借金苦に対する憤りが増すばかりだという。それどころか、社会では「貧しい親」に対する怒りや憎しみが蔓延している。「こんな親じゃなければ自分は借金を背負わなくて済んだ!」という具合である。

 実際に、進学できるかなど子供の人生は「親の収入次第」であることを揶揄する「親ガチャ」(ネットゲームで不特定のアイテムを当てる課金制度を「ガチャ」というところからきた言葉)という悲しい言葉が2021年の流行語になっている。こうした現実も、奨学金が「借金」であることと決して無縁ではない。70年前の政策立案者たちは、日本の家族崩壊を意図せずに促進してしまったのである。

参考:「親ガチャ」は努力したくない若者の言い訳か? 親に人生を左右される若者のリアル

 とはいえ、識者らや若者たちによる奨学金制度への問題提起は、確実に実を結び始めている。こうした取り組みが広がり、制度のあり方を問い直す世論が大きくなれば、制度のあり方も変わらざるをえなくなってくるだろう。

 実際に、アメリカでは若者たちの奨学金に対する運動が大統領選の争点となり、実際にバイデン政権下で、学生ローン1万ドル免除が実現している。日本においても今後、社会運動が政策転換を引き起こしていく可能性は十分にあるとみてよい。引き続き、今後の動向に注目していきたい。

参考:奨学金対策プロジェクト「不合理な奨学金制度を変えたい、と考えている人へ」 

なお、雑誌『POSSE』52号(特集:奨学金を帳消しに!立ち上がる借金世代)では、上記で紹介したインタビューのほか、長年奨学金問題に取り組んできた弁護士へのインタビュー、アメリカで債務の一部帳消しを実現した「The Debt Collective」のメンバーによる論考などを通し、奨学金制度を多角的に分析し、近年の奨学金をめぐるさまざまな運動について紹介している。

奨学金返済に関する無料相談窓口

NPO法人POSSE

TEL:03-6693-5156(受付時間:火木18:00-21:00 / 土日祝13:00-17:00)

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*日本学生支援機構の返済猶予手続きの支援や、弁護士と連携した債務整理の支援などを行っています。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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