「金正恩の娘」 報道されたり、されなかったりの摩訶不思議な現象
北朝鮮は5月30日に短距離弾道ミサイルを18発一斉に発射し、韓国を威嚇したが、北朝鮮の国営通信「朝鮮中央通信」は金正恩(キム・ジョンウン)総書記がこの日、「600ミリ超大型ロケット威力示威射撃を直接指導した」と伝えていた。
超大型ロケット砲も事実上、短距離弾道ミサイルと変わりはないが、配信された写真に写っていた随行者は金正植(キム・ジョンシク)党軍需工業部第1副部長と前国防科学院長の張昌河(チャン・チャンハ)ミサイル総局長の2人だけだった。
ところが、翌日(31日)の党機関紙「労働新聞」に金総書記が発射の状況が映しだされているモニターを見ている写真が掲載されていたが、目を凝らして見ると、モニター画面に娘の「ジュエ」に似た人物の影が捉えられた。
画面が鮮明でないため即断はできないが、「ジュエ」は過去にもこの種のミサイル発射訓練に立ち会っていたことや金総書記の真後ろに立っていることから「ジュエ」の可能性が高いものとみられる。また、「ジュエ」の後ろには金総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長らしき影も映し出されていた。
仮に「ジュエ」だとすれば、5月14日の平壌の前衛通り建設竣工式に同行して以来、16日ぶりの「公式活動」となるが、「朝鮮中央通信」や「労働新聞」では「ジュエ」が立ち会っていたことは報道されず、どういう訳か伏せられていた。いつもならば、金総書記が「愛するお嬢様」あるいは「尊敬するお嬢様」と共に現れたと、報道されるのだが、今回は全く触れられていなかった。
調べてみると、こうしたケースは過去にも何度もあった。
昨年は3月9日の新型小型弾道ミサイルの発射、3月16日の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の発射、3月18日―19日の戦術核運用部隊の核反撃仮想総合戦術訓練、4月13日のICBM「火星18」の発射などに立ち会い、4月16日にはサッカーを観戦し、5月16日には偵察衛星発射準備委員会を訪れていたことが写真で確認されていたのに報道での言及はなかった。
同年7月12日の「火星18」発射には同行した李雪主(リ・ソルジュ)夫人が金総書記の陰に隠れている人物の方向に向かって笑顔で拍手していた写真があったが、その陰の人物が「ジュエ」の可能性が指摘されていた。しかし、報道では母子共に言及されてなかった。
そうしたことから父親の同行者としてこのまま娘が紹介されることはないのかと思いきや、8月28日の海軍司令部の視察報道から一転、同行者として「愛するお子様」が復活し、何と同年11月23日の軍事偵察衛星発射成功祝賀宴に母親と共に出席した際には「尊敬するお嬢様」と「尊敬する」という最大限の尊称が付けられていた。
しかし、これもまた長くは続かず、11月以降は30日の第1空軍師団飛行連隊訪問、12月16日の「火星18」の発射、12月20日のミサイル総局第2赤旗中隊の軍人激励会では父親と一緒に立ち会っていても言及されることはなかった。
今年はどうかというと、1月1日の新年慶祝大公演鑑賞から2月8日の人民軍創建76周年祝宴までの計5回の公式行事に同行し、すべて「尊敬するお嬢様」と紹介されていた。とりわけ、1月4日に軍需工場に立ち会った際には「尊敬するお嬢様が同行した」と報道されていた。
それまでは金総書記が「愛するお嬢様と共に現れた」とか「尊敬するお嬢様と共に参観した」と、父親とワンセットで報じられていたが、この時は単独の扱いであった。それも、随行した党序列3位の政治局常務委員の趙甬元(チョ・ヨンウォン)ら党幹部及び叔母の金与正副部長らを差し置いて、先に報じられていた。
以降、2月7日の養鶏工場視察や2月8日の国防省の訪問でも「尊敬するお嬢様が同行した」と報じられたが、これまた不思議なことに同じ日に行われた人民軍創建76周年祝宴では「金正恩総書記が愛するお嬢様と共に宴会場に姿を現した」とセットで伝えられ、尊称も再び「尊敬するお嬢様」から「愛するお嬢様」に戻っていた。
そして、奇妙なことにも3月15日の空挺部隊の訓練視察では言及されなかったのに同じ日にあった温室農場の竣工式では「愛するお嬢様」と紹介され、この時は金総書記と並んで「向導の偉大な方」という表現が初めて使われていた。
北朝鮮が内外の目や評判を気にし、後継者としての「娘」の取り扱いに極めて慎重になっていることを窺い知ることができる。