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集合住宅で「近隣からの受動喫煙」をどう防ぐのか:増える被害者たちの声

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 隣近所や集合住宅の隣室や上下階に喫煙者がいてタバコを吸った場合、そのタバコ煙が非喫煙者の生活空間に入り込み、受動喫煙の被害をおよぼすという事例が各地で起きている。被害者たちが次第に被害の深刻さと対策の必要性について声を上げ始めた。

近隣からの受動喫煙被害の実態

 主に受動喫煙の被害を防ぐことを目的とした改正健康増進法が、2020年4月1日に全面施行された。この法律は、公共機関や飲食店など、不特定多数が集まる公共の屋内で喫煙することを原則的に禁じているが、一般の生活空間である個人の住宅からの受動喫煙の他者被害を救済する法律はまだ少ない。

 こうしたプライベート空間についての法規制には、東京都が2018年4月1日から施行した「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」がある。この条例では、家庭内の子どもと同室の空間、子どもが同乗する自動車などでタバコを吸ってはいけないと定められ、罰則はないものの、プライベート空間でも受動喫煙の害があるという啓発にはなっている。

 だが、これも家族などを対象としたもので、近隣の他者への受動喫煙被害を防ぐものではない。近隣からのタバコ煙の被害の実態はあまり広く知られていないが、喘息などの持病がある人や化学物質過敏症の患者さんなどにとっては死活問題になっている。

 筆者が2023年1月に報告した事例では、下の階のベランダからのタバコ煙が部屋の中に侵入し、気管支の弱かった被害者が咳き込むようになった、階下から上がってきたタバコ煙が原因で眼疾をわずらってしまった、階下からのタバコ煙により睡眠中に息苦しくなって目が覚め、喉が渇いて動悸や頭痛が始まり、皮膚がピリピリしてかゆくなり、光をまぶしく感じるなどの症状も出た、隣の住人が換気扇の下で吸うタバコ煙が自室内へ侵入し、また階下の住人のベランダ喫煙のタバコ煙により、喉や目の痛みを感じ、顔の皮膚のしびれの症状も出た、というものがあった。

 いずれも集合住宅での受動喫煙被害だが、喫煙者本人、管理会社、大家などに訴えても対応してくれず、泣き寝入りしたり引っ越しせざるを得ない状況になったりしたという。また、警察や弁護士に相談しても、集合住宅でも専用部分というプライベート空間を規制する法律はないので喫煙をやめるように強制はできない、などと言われたそうだ。

加熱式タバコのほうが被害がある場合も

 近隣から苦情を受けたことのある複数の喫煙者の言い分はこうだ。タバコを吸える場所が減っているので自分の家や部屋では吸わせてほしい、専有部分などプライベートな場所での喫煙は許容されるべき、などというもので、近隣から苦情が来た後に吸う本数を減らした、苦情が出る場所ではなるべく吸わないように注意するようになった、居住空間では加熱式タバコに切り替え、紙巻きタバコは公衆喫煙所で吸う、などと言う。

 だが、実際にタバコ煙による被害を受けている人によれば、加熱式タバコのほうがむしろ有害で症状がひどくなるというケースも多い。タバコ会社は、加熱式タバコの有害性の低減などを宣伝しているが、必ずしも有害性が低くなっているわけでもなく、有害性の低減といううたい文句のため逆に被害が増えることもある。

 こうした状況で動いた人がいる。兵庫県の分譲マンションに住む女性は、長い期間、隣室からの受動喫煙の害に苦しんだ末、マンションの規約に「ベランダは禁煙とし、専用部でも受動喫煙の被害が出ないようにする」という文言を付け加えるように管理組合へ働きかけ、規約改定を実現させた。これによって隣室からのタバコ煙は減ったが、完全になくなったわけではないという。

 このため、この女性は現在、住んでいる自治体で近隣からの受動喫煙防止に関する条例策定に動いている。地方議員などの協力もあり、最近開かれた議会で市長への質疑が実現し、女性の働きかけは一歩ずつ前進しているようだ。

プライベート空間でも規制は可能か

 近隣からの受動喫煙被害については、ベランダ喫煙による受動喫煙訴訟で5万円という補償額(慰謝料)だが原告が勝った事例がある。2012(平成24)年12月13日に名古屋地裁で判決が出た裁判で、原告である70代の女性が真下の階の60代男性に対し、ベランダ喫煙のタバコ煙により体調が悪化したとして150万円の損害賠償を求めた。

 判決では、自己所有のプライベート空間だとしてもどんな行為も許されるわけではなく、喫煙によって他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながらやめない場合、喫煙行為が不法行為となり得るとし、管理組合からの再三の注意にもかかわらず喫煙を続けたこともあり、損害賠償義務を認めている。

 このように、マンションなどの集合住宅や住宅地では、タバコによる受動喫煙の健康被害が生じることもある。管理組合や管理会社、自治会などにとっても、喫煙の規制は火災などのリスク軽減や清掃などのコスト削減につながる可能性がある。

 タバコ煙は、ごくわずかな隙間からでも漂い出ていき、空間を超え、ステルス的に拡散する。喫煙者は自らが発したタバコ煙が他者にどのような影響をおよぼすのか、あまり自覚していないようだが、前述した事例のようにひどく苦しみ、重篤な病気になる人もいるということをしっかり認識したほうがいい。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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