「SNS情報工作のサブスク」125万円、中国警察の入札が示す相場と業務
海外のソーシャルメディアのアカウント登録5,000元、アカウント偽装と維持5,000元、オリジナル動画作成4万元...合計約7万元(125万円)――。
米ニューヨーク・タイムズが、中国・上海の警察当局によるソーシャルメディアの情報工作(影響工作)の、民間企業への外注の内容を、入札資料を基に報じている。
入札の「仕様書」では、確保すべきアカウント数から、コンテンツの投稿回数、作成すべき動画の尺(時間)までが事細かく指示。その業務はオンデマンドで、大半が月額課金のサブスクリプション型だ。
情報工作の民間請負は、世界的な傾向として広がりを見せている。
特に中国による組織的な情報工作は、プラットフォームをまたぐ波状的な連携から「スパモフラージュ」と呼ばれてきた。
プラットフォームによる関連アカウント削除も行われているが、なおその拡散は続いていると専門家は指摘する。
プラットフォームの生態系を巧みに濫用する情報工作への対抗には、生態系の仕組み自体の見直しも必要かもしれない。
●ツイッター、フェイスブックに狙い
ニューヨーク・タイムズが12月20日付で報じているのは、5月21日にネット上に掲載されたという「上海市公安局浦東分局世論技術サービスプロジェクト競争入札」と題した入札資料の内容だ。
同紙によれば、この発注者は上海市公安(警察)当局であり、その内容はツイッター、フェイスブックなどの大量のアカウントを使った世論工作だという。
中国ではツイッター、フェイスブックなどがブロックされており、国内からの利用はVPN(仮想プライベートネットワーク)でこれを迂回できる場合などに限られる。
ニューヨーク・タイムズの2019年1月10日付の報道によれば、独ヘルティ・スクール・オブ・ガバナンス教授のダニエラ・ストックマン氏の2015年のサンプル調査で、中国のツイッターユーザーはインターネットユーザーの0.4%、320万人程度と見られているという。
工作の対象はこのような政府の規制をかいくぐる国内ユーザー、さらに海外の中国人ユーザーや、広く国際世論ということになる。
プログラムによって自動運用されるアカウント「ボット」は、「いいね」や共有などのエンゲージメント数を上げることで、プラットフォームがコンテンツの表示優先度を決める仕組み(アルゴリズム)で上位に評価されることを後押しする。
一方で「ボット」は、プラットフォームによる検知・削除などのために、長期間維持したり、多くのフォロワーを獲得したりすることは難しい。
そこで入札資料は、「海外プラットフォームアカウントの偽装と維持」という業務項目で、「アカウントは長期間存続し、一定数のファンを持ち、情報のプロモーションに利用できる必要がある」との要件を示している。
つまり「ボット」などに加えて、人間が管理してフォロワーとのやり取り(オーガニックエンゲージメント)をするアカウントを、プラットフォームごとに3つ維持し、「毎月ファンを増やすことを保証しなければならない」という。
さらに「着地」という業務項目もある。「特定のコンテンツを投稿するアカウント」を探し出し、ユーザー本人を割り出し、その情報を入手する、というものだ。
上述のニューヨーク・タイムズ(2019年1月10日)の報道によれば、「着地」とは、政府に批判的な投稿をするユーザーの身元を割り出す作業のことを指す。
警察は、「着地」によって割り出したユーザーの身柄拘束なども行う取り締まりを、2018年ごろから強化しているという。その取り締まりの一部が民間委託されていることを、この入札資料は示す。
このほかにも、「指定されたコンテンツを海外のフォーラムに投稿。閲覧数を上げ、フォーラムのトップに表示されなければならない。月に最低10回は投稿」「特定のコンテンツに関する動画を作成。長さは2~3分」といった業務項目が記されている、という。
2021年6月11日に公表された入札結果で、落札をしたのは「デジタル政府」「スマートシティ」などの案件を扱う上海の従業員20人ほどの企業だった。
その落札金額は計6万9,800元(約125万円)。内訳は「海外ソーシャルプラットフォーム登録」(5,000元/月)、「海外ソーシャルプラットフォームアカウントの偽装と維持」(5,000元/月)、「海外ソーシャルプラットフォームアカウントの着地」(9,800元/回)、「海外情報資料の収集」(5,000元/月)、「海外フォーラムアカウント登録、投稿など」(5,000元/月)、「オリジナル動画の作成」(4万元/月)。
コンテンツ拡散の指示に即時対応するというオンデマンドサービスを、「着地」業務以外は月額課金で提供するというサブスクリプションのスタイル。
オンデマンドでサブスクの、情報工作の外注ということになる。
●なお続く「スパモフラージュ」
米国の情報工作分析会社「ミブロ」のニック・モナコ氏は12月23日、2021年の中国関連の情報工作の動向をまとめた報告の中で、そう指摘している。
フェイスブックの1,632件のアカウントは、合わせて16万1,400件超のフォロワー、7万4,391件の友達がいたという。また、ユーチューブの319件のアカウントでは、7,600件超の投稿に対して360万回を超す視聴回数、4万1,000件超の登録者がいたという。
「スパモフラージュ」は、米国のソーシャルメディア分析会社「グラフィカ」のベン・ニモ氏らが2019年9月、香港の民主化運動を標的とした中国からの情報工作をまとめた報告書で、複数のプラットフォームをまたがるスパムネットワークの名称として使ったものだ。
「グラフィカ」が分析対象としたのは、ツイッターがその前月に公開した936件のアカウントと350万件に上るツイートだ。これらは、中国から発信された「国家が支援する組織的工作」とツイッターは認定しており、標的にしていたのは香港の民主化運動だった。
「ミブロ」のモナコ氏の報告によれば、この「スパモフラージュ」のネットワークは以後も健在で、2021年には「新型コロナと米国」「香港」「台湾」「新疆ウイグル自治区と米国」などのテーマが主に取り上げられていた、という。
ただ、アカウントのプロフィール情報や投稿内容は、英作家、サマセット・モームの小説『月と6ペンス』の文章を機械的にコピーしたものもあるなど、杜撰な出来で、AI(GAN)で自動生成したプロフィール画像を使ったものもあった、という。
●非実在の「ウィルソン・エドワーズ」
メタ(フェイスブック)が12月1日に公表した報告書「敵対的脅威レポート」の中で、2月に同社の影響工作対策の責任者に就任した、上述のベン・ニモ氏は、「ウィルソン・エドワーズ」をめぐる問題について、そう述べている。
すでに北京のスイス大使館のツイッターアカウントは8月10日に、「ウィルソン・エドワーズを探している。(中略)実在するなら会ってみたいものだ!」と否定のコメントを公開していた。
「新型コロナの発生源」は、米中の応酬のテーマの1つになっている。
ニモ氏の調査では、この非実在の「ウィルソン・エドワーズ」のアカウントは、プロフィールに使われていた画像も、AIで自動生成された非実在のものだった、という。
「ウィルソン・エドワーズ」のアカウントは、その他の数百にのぼるフェイクアカウントなどと連携しており、その中には、「国際的な中国国営インフラ企業の従業員」のアカウントも含まれていた、と指摘する。
ニモ氏は、このような影響工作のネットワークで、「中国国営企業の従業員の関与を確認するのは初めてだ」としている。
この件で削除対象となったのは、フェイスブックのアカウントが524件、フェイスブックページが20件、フェイスブックグループが4件、インスタグラムのアカウントが86件で、フォロワーは合わせて約7万2,000件だった、としている。
●アルゴリズムと生態系
自動生成したフェイクアカウントを束ねて、フェイクニュースを拡散し、アルゴリズムにエンゲージメント数の高いコンテンツと認識させて、ニュースフィードに優先表示させる――。
これらの情報工作は、コンテンツの質ではなく、エンゲージメントの量が価値基準となる、メディアの生態系を巧みに濫用したものだ。
そして、このような工作が民間請負の形で世界的に広がっていることが、英オックスフォード大学の調査で明らかになっている。
※参照:フェイクニュース請負産業が急膨張、市長選にも浸透する(05/16/2021 新聞紙学的)
同種の構造が懸念されるケースは、日本国内でも指摘されている。
英カーディフ大学の調査で、ヤフーニュースのコメント欄を舞台としたロシア発の情報工作の存在が明らかにされており、野党やメディアを標的としてきたツイッターアカウント「Dappi」には日本国内の企業の関わりが指摘される。
※参照:メディアの「コメント欄」が情報工作の標的になる(09/27/2021 新聞紙学的)
※参照:「ノルマは2日間でコメント200件」世界中で急拡大するニセ情報ビジネスの恐ろしい実態(11/11/2021 President Online)
その病理の核となるのは、プラットフォームのアルゴリズムや、メディアの生態系そのものだ。
このような情報工作に対抗するには、それらの根本的な見直しも、必要になってきているようだ。
(※2021年12月27日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)