「検閲カルテルを解体する」米FCC次期委員長がプラットフォームに突きつける「広範な免責撤廃」
「検閲カルテルを解体する」と米連邦通信委員会(FCC)次期長官が火の手を上げ、プラットフォームに「広範な免責撤廃」を突きつける――。
ドナルド・トランプ米次期政権の主要閣僚人事がほぼ固まった。注目人事の1つが、通信放送分野を所管する連邦通信委員会の委員長に指名されたブレンダン・カー氏だ。
カー氏は、プラットフォームによる偽誤情報などへのコンテンツ管理(モデレーション)を、保守派に対する「検閲カルテル」だとし、その解体を主張。委員長指名前から、巨大IT4社に同趣旨の書簡を送付している。
カー氏は、プラットフォームに対して、コンテンツ管理にまつわる幅広い免責を認めてきた通信品位法230条の見直しを掲げる。
トランプ氏、イーロン・マスク氏と足並みを揃えるカー氏の旗印が、偽誤情報対策に影を落とす。
●巨大IT4社への書簡
ブレンダン・カー氏は11月17日夜、トランプ氏によるFCCの次期委員長指名を受けて、Xにそう投稿した。
Xのオーナーで、次期政権で新組織「政府効率化省」トップに指名されたイーロン・マスク氏は、カー氏の投稿に対して、わずか12分後に「その通りだ」と返信した。
トランプ氏は、FCC委員長指名の声明で「カー委員は言論の自由の闘士であり、米国人の自由を抑圧し、経済を停滞させてきた規制の包囲網と戦ってきた」と述べた。
カー氏は委員長を含めて5人で構成する委員会の共和党委員として、1期目のトランプ大統領が2017年に任命。弁護士出身でそれに先立つ2012年からFCCの法律顧問を務めていた。
委員は米上院の承認が必要だが、委員長は大統領による指名で決まる。
カー氏は、すでに委員長指名の4日前、11月13日付で、FCC委員として、米巨大IT4社、アルファベット、マイクロソフト、メタ、アップルのCEO(最高経営責任者)宛に、こんな文面の書簡を送付している。
書簡は、特にメディア評価サービス「ニュースガード」に焦点を当て、同社のサービスの導入状況などについての情報提出を要求している。
カー氏は、この書簡を公開したXへの投稿で、そう述べている。
書簡の宛先には、今やトランプ氏の側近となったマスク氏のXは、含まれていない。
●「ニュースガード」への照準
「ニュースガード」はウォールストリート・ジャーナルの元発行人だったゴードン・クロビッツ氏と、弁護士、ジャーナリストのスティーブン・ブリル氏が共同で2018年に設立。9項目の評価軸を使い、100点満点中のスコアでメディアの信頼度を評価し、各プラットフォームに提供。さらに偽誤情報拡散の調査なども広範に実施してきた。
「ニュースガード」はグーグルのクローム、マイクロソフトのエッジ、アップルのサファリ、モジラのファイアフォックスなどのブラウザに対応している。
だが、同社の信頼度スコアで、保守系サイトの評価が低い、として共和党から不満が噴出。大統領選前の6月には、共和党が多数派を占める下院の監視・説明責任委員会が、同社が「憲法修正第1条で保護されている言論に及ぼす影響」などについて調査を開始すると表明していた。
「ニュースガード」共同CEOのクロビッツ氏は、カー氏の書簡に関する11月18日付の声明で、「ニュースガードに関する書簡の主な主張は、信頼できない情報源を引用した誤ったものだ」と指摘し、こう反論している。
●通信品位法230条「免責」見直し
カー氏のFCC次期委員長指名で、改めて注目されるのが、プラットフォームによる偽誤情報などへのコンテンツ管理を巡る「免責」見直しへの積極姿勢だ。
保守系シンクタンク、ヘリテージ財団は2022年4月、次期共和党政権に向けて922ページに上る政策提言集「プロジェクト2025」を公表した。事実上のトランプ次期政権の政策青写真とも受け止められている。
この「プロジェクト2025」で、FCCのパートの執筆を担当したのがカー氏だった。カー氏はこの中で、コンテンツ管理を巡り、プラットフォームに幅広い免責を認めている通信品位法230条について、その免責を限定的にし、現在の解釈を「撤廃」するよう求めている。
●最高裁はプラットフォームの「言論の自由」認定
コンテンツ管理を「保守派言論への弾圧」と位置づけ、「検閲」だとする主張は、2016年米大統領選での偽誤情報(フェイクニュース)の氾濫と混乱を受け、プラットフォームが対策に乗り出す中で、高まった。
2021年のトランプ氏支持者らによる米連邦議会議事堂襲撃事件を巡り、プラットフォーム各社はトランプ氏のアカウントを相次ぎ停止。これを受け、共和党が主導するフロリダ、テキサス両州では、プラットフォームのコンテンツ管理を規制する州法を制定した。
これに対してIT企業の業界団体は、両州法が憲法修正第1条が保障する言論の自由を侵害するとして訴え、最高裁にまで持ち込まれた。
米最高裁は2024年7月1日、審理が不十分だとして破棄差戻しの判決を出した。その中で、多数派の法廷意見を書いたエレーナ・ケーガン判事(リベラル派)は、こう述べている。
つまり、プラットフォームが偽誤情報など「排除したいメッセージ」へのコンテンツ管理を行うことは、憲法修正第1条が保障する言論の自由とみなされ、保護される――そう判断しているのだ。
憲法修正第1条は、国家主体による権利侵害を禁止するもので、民間企業であるプラットフォームのコンテンツ管理は、「検閲」には該当しない。むしろ、保護される側だ。
※参照:SNSは「新聞」か「電話」か、米最高裁の4時間の議論に広がる「地雷」とは?(03/04/2024 新聞紙学的)
※参照:「プラットフォームは新聞か通信事業者か」米最高裁、憲法判断は保留、2州法巡り差し戻し判決(07/02/2024 新聞紙学的)
だが、今回の大統領選以前から、共和党が主導する下院司法委員会を中心に、「検閲調査」だとして、偽誤情報の研究機関や調査機関、さらには偽誤情報対策に取り組むプラットフォームや広告業界団体に対し、相次いで召喚状を送付するなどの攻勢が続いている。
※参照:米大学「偽情報」研究の主要拠点に「閉鎖」報道、相次ぐ圧力受け(06/17/2024 新聞紙学的)
※参照:マスク氏批判のNPOに米議会が召喚状、反「偽誤情報対策」の動きが活発化(11/14/2024 新聞紙学的)
その現在地が、カー氏の次期FCC委員長指名だ。
●人権団体の懸念
カー氏は、インターネットを公共インフラと見なし、プロバイダーに特定サービスのデータを優先的に扱うことを禁じる「ネットワーク中立性」にも反対の立場だ。
「ネットワーク中立性」は、トランプ政権1期目の2017年に撤廃されたものの、バイデン政権下の2024年4月に復活したばかりだった。
この人事には、人権団体などから、懸念が相次いで指摘されている。
米デジタル権利擁護団体「ファイト・フォー・ザ・フューチャー(FFTF)」は11月18日、「カー氏は自らを言論の自由の擁護者だと偽っているが、実際にはFCCがオンラインの言論の取り締まりにもっと取り組むことを望んでいることは明らだ」との声明を発表している。
米人権擁護団体「個人の権利と表現のための財団(FIRE)」も11月20日、「カー氏の立場は、むしろ 『言論の自由統制委員会』に近い。 しかし、言論の基準について政府が指図しようとすることは、憲法修正第1条を守る方法ではない」との声明を出している。
米通信政策NPO「パブリックナレッジ」も11月18日、「カー委員長の立場は、独立機関の審議に恣意性と政治的動機の脅威を持ち込むものであり、極めて大きな懸念事項だ」などとする声明を公表している。
●コンテンツ管理への反撃
カー氏の「検閲カルテル」とのスローガンとは裏腹に、米最高裁は前述のように、プラットフォームによるコンテンツ管理は「言論の自由」として保護されるとの見解を示したばかりだ。
通信品位法230条を巡るプラットフォームの「免責」見直しの主張は、1期目のトランプ氏が2020年に大統領令で打ち上げたが、バイデン政権は2021年にこの大統領令を撤回している。
※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的)
カー氏のFCC委員長への指名は、偽誤情報対策などのコンテンツ管理に対する、トランプ氏の反撃の一環だ。
これらのスローガンが、どこまで現実的なインパクトを広げるのかはわからない。
ただ、共和党が多数派を占めてきた下院を中心に、偽誤情報対策への反発の攻勢が、その取り組みや調査研究に大統領選前から影を落としてきたことは間違いない。
その混乱に拍車がかかる可能性は高い。
(※2024年11月25日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)