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「TikTokで14億回閲覧」大統領選無効の「ルーマニアのトランプ」、SNS拡散の影響とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
大統領選無効の決定を受けて報道陣の質問に答えるジョルジェスク氏=12月8日(写真:ロイター/アフロ)

ティックトック動画が14億回閲覧、テレグラムに拡散の司令塔。ソーシャルメディアに「ルーマニアのトランプ」と呼ばれる極右候補を組織的に後押しする動きがあった――。

米研究機関「デジタルフォレンジック・リサーチラボ」は12月12日、混乱するルーマニア大統領選について、そんな調査報告を公開した。

選挙へのソーシャルメディアの影響が世界的に注目を集める中、その最新事例となったのが、東欧・ルーマニアの大統領選だ。

無名の親ロシア極右候補、カリン・ジョルジェスク氏が得票トップに躍り出たものの、同国情報機関の文書から、ティックトックなどソーシャルメディアでの不透明な影響力の急拡大とそのための資金提供、さらに大規模なサイバー攻撃などが指摘され、ロシアからの選挙介入の疑いがもたれた。

その結果、同国憲法裁判所は12月6日、「複数の不正行為があった」として大統領選の手続き全体を取り消す異例の判断を下した。

ソーシャルメディアで何が、起きていたのか。

●購読者数の伸び率2,500%

特にジョルジェスク氏のティックトックのアカウントは、11月下旬の第1回投票までに54万人以上のフォロワーを獲得することに成功した。 同月、そのアカウントにアップロードされた動画は前月比で29%減少したにもかかわらず、購読者数(2,541%)、「いいね!」数(1,496%)、コメント数(1,581%)、シェア数(1,146%)で大きな伸びを記録した。最終的には、極右政治家ジョルジェスク氏のキャンペーンのハッシュタグの上位12個が、ルーマニア、EUなどで合計14億回の閲覧を記録した。

米シンクタンク「アトランティック・カウンシル(大西洋評議会)」の研究機関「デジタルフォレンジック・リサーチラボ」は12月12日に公開した調査報告で、そう述べている。

後述のルーマニア情報庁(SRI)の文書によると、ルーマニア人実業家がティックトック上でのジョルジェスク氏支援の政治広告キャンペーンに100万ユーロ(約1億6,000万円)以上を支出し、同氏の支援に参加したティックトックのインフルエンサーらに、投開票日(11月24日)までの1カ月で38万1,000ドル(約5,860万円)を支払っていたとされている。これらは選挙法違反に該当する、と指摘している。インフルエンサーを集めるために、オンラインプロモーションの仲介アプリ「フェイムアップ」を使った、という。

ジョルジェスク氏のティックトックの公式アカウントは、現在(12/16)も59万人のフォロワーを抱える。

同ラボの調査によれば、ティックトックでの情報拡散は、メッセージサービス「テレグラム」のチャンネルが「司令塔」となり、拡散用の画像や動画など1,800件を超す選挙関連コンテンツを発信。

あわせてフェイスブック、インスタグラム、ティックトック、ユーチューブなどへの拡散方法の手順書なども共有していた。また、41の郡ごとに設定したテレグラムのチャンネルを通じて、ルーマニア全土への拡散を後押ししていた、という。

また、ティックトックのジョルジェスク氏の公式動画では、「いいね!」などのユーザーからのエンゲージメント(反応)が一定間隔で周期的に起きており、「ジョルジェスク氏支持のコンテンツを拡散するために、有機的な人間の関与ではなく、自動化システムが利用されている可能性を示唆している」と指摘する。

そして前述のように、ジョルジェスク氏支援のハッシュタグは主なものだけで14億回の閲覧を獲得し、情報拡散を後押し。最も拡散したハッシュタグ「#calingeorgescu(カリン・ジョルジェスク)」は5万1,700件の動画で掲載され、計7億8,370万回閲覧されたという。

ルーマニアの人口は、約2,200万人。18歳以上のティックトックのユーザーは約900万人だ。

●大統領選手続き無効のインパクト

ルーマニア大統領選を巡るソーシャルメディアの動きについては、他の調査結果も公表されている。

英NGO「グローバルウイットネス」も12月6日、ティックトック上での独自調査で、ジョルジェスク氏を支持するコンテンツが、野党「ルーマニア救出同盟(USR)」の候補、エレナ・ラスコーニ氏を支持するコンテンツの5倍以上に上った、としている。

情報拡散の舞台と指摘されるプラットフォームには、フェイスブックも含まれる。

フィンランドの偽情報対策企業「チェックファースト」と米NPO「リセット・テック」も、ベルギーのNPO「EUディスインフォラボ」などと共同で12月9日、極右のルーマニア統一同盟(AUR)に関係し、ジョルジェスク氏の後押しもする24のフェイスブックページによる3,640件の政治広告が配信され、のべ1億4,800万人のユーザーにリーチした、との調査結果を明らかにしている。

ルーマニア大統領選は、11月24日の投票でそれまで全く無名だった無所属の極右候補者、ジョルジェスク氏が212万票(得票率23%)を獲得してトップに躍り出たことが衝撃を広げた。当初は12月8日に、2位のラスコーニ氏(177万票、得票率19%)との決選投票が予定されていた。

ジョルジェスク氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領を信奉し、隣国ウクライナへの支援停止を掲げる。米国のドナルド・トランプ次期大統領への支持も公言し、「ルーマニアのトランプ」とも呼ばれる。躍進の背景として指摘されたのが、ティックトックでの影響力の急拡大と、組織的な選挙介入の疑惑だった。

ルーマニア政府から調査依頼を受けた欧州委員会は11月29日、ティックトックに対し、違法有害情報に関するプラットフォーム規制法「デジタルサービス法(DSA)」に基づき、ルーマニア大統領選に関する「情報操作のリスク管理に関する詳細情報の提供」を求めた

さらに、ルーマニアの国家安全保障会議は12月4日、大統領選にまつわる情報機関の文書を機密指定を解除して公開。上述のように、ジョルジェスク氏支援の組織的な動きが、テレグラムを起点としてティックトックやフェイスブックなど、複数プラットフォームで見られたことを明らかにしている。

文書では「ティックトックがジョルジェスク氏に優遇措置」を与えたと指摘している。

この中には、情報庁(SRI)の機密文書2点のほか、内務省(MAI)、対外情報庁(SIE)、特別通信サービス(STS)の文書が含まれている。

対外情報庁の文書は、ロシアがルーマニアを「敵対国」と見なし、「ルーマニアは、サイバー攻撃、ハッキング、情報漏洩、破壊工作など、ロシアの積極的なハイブリッド作戦の標的であると評価する」と述べている。

情報庁の別の文書は、選挙システムの脆弱性を悪用することを目的としたサイバー攻撃が、33カ国以上のサーバーから85,000件以上あったとしている。

ジョルジェスク氏自身は、AP通信のインタビューなどで、親ロシア派ではないと述べている。

ルーマニア憲法裁判所は12月6日、これらの文書を踏まえて、「選挙手続きの正確性と合法性を確保するため」として大統領選の第1回投票を含む選挙プロセス全体を無効とする決定を行った。同裁判所は、その理由について、こう述べている

ルーマニア大統領選挙のための選挙手続きは、その全期間を通じ、またすべての段階において、市民による投票の自由で公正な性質と選挙候補者の機会の平等を歪め、選挙運動の透明で公正な性質に影響を与え、その資金調達に関する法的規制を無視する、複数の不正行為と選挙法違反によって損なわれていた。

ジョルジェスク氏は12月8日、報道陣に対し、選挙無効の決定について、「民主主義を取り消すことで、我々の自由そのものが取り消されてしまう」とコメントしている。

ティックトックも12月7日付で、声明を公開している。それによると、今年に入って40を超す影響工作ネットワークを削除したとし、このうち3つはルーマニアのものだという。その1つ、78アカウント、1,781人のフォロワーを持つネットワークが同社として把握している、ジョルジェスク氏支援を目的とした唯一のものだとしている。

また、9月以降、ルーマニアにおいて、約4,500万件の虚偽の「いいね!」、2,700万件超の虚偽のフォローリクエストを阻止し、40万件を超えるスパムアカウントの作成をブロックしたとしている。

●広がる余波

機密文書でも言及された資金提供元のルーマニア人実業家の自宅には、捜索も入った。

米国務省は12月4日、ルーマニアの文書公開を受けて、「ルーマニアの選挙プロセスの完全性に影響を及ぼすことを目的とした悪質なサイバー活動にロシアが関与している」との内容に、懸念を表明した。

欧州委員会も12月5日、DSAに基づきティックトックの監視強化を表明している。

ソーシャルメディアを舞台とした親ロシア派支援の疑惑は、ルーマニアの隣国、モルドバで11月3日に行われた大統領選でも浮上した。しかし、親欧米派で現職のマイア・サンドゥ大統領が再選を果たした。

ルーマニア情報庁の文書は、これらの手法がモルドバで展開された選挙介入と共通する、と指摘していた。

社会インフラとなったソーシャルメディアにおける組織的な介入の可能性と、選挙の取り消しというインパクト。

重要選挙が目白押しとなった2024年の「選挙イヤー」の果てに見えたのは、民主主義とソーシャルメディアのバランスが、極めて危うい状況にあるという現在地だ。

(※2024年12月16日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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