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2018年大阪府北部地震で顕在化した「出勤困難」という現象

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
大阪府北部地震時の駅での混雑発生状況(写真:アフロ)

2018年大阪府北部地震を振り返る

 いまから約1年前の2018年6月18日午前7時58分頃,大阪府においてマグニチュード6.1(暫定値)の地震が発生し,死者6名,重傷者62名などの被害が発生しました(参考文献1).この地震は大阪府北部を震源としたもので,大阪市北区,高槻市,茨木市,箕面市,枚方市において最大震度6弱を観測したようです.筆者らの調べによれば,地震火災は産業施設内や家具の転倒に伴う形で7件発生しており,地震の強さや世帯数を考慮してもやや少なかったという印象ですが,朝の通勤時間帯に発生した都市部での地震ということで,ブロック塀による被害など都市の外部空間の危険性が浮き彫りとなった災害でした.他方でこの地震は,発生時刻が平日の早朝であったこともあり,大量の出勤困難者が発生した災害でもありました.

 帰宅困難者という言葉をご存知の方も多いと思います.2011年の3月に発生した東日本大震災は発生時刻が平日の昼間であったため,首都圏では約500万人とも言われる大量の帰宅困難者が発生し,橋の周辺など一部の歩道でやや過密な空間が発生するとともに,車道では翌日の早朝まで交通渋滞などが記録されました.それから約7年後の大阪府北部地震でも,同じような現象が発生しています.例えば読売新聞によりますと(参考文献2),大阪府北部地震の当日,鉄道をはじめとした公共交通の停止に伴って発生した交通渋滞は解消まで約14時間継続し,平時と比べて最大約7倍の規模にも及んだため,松井知事が災害対策本部に出席できなかったり,救急車の到着に通常の6倍の時間がかかった(参考文献3)ということです.一般道における著しい道路被害はそこまでなかったようですので,このような車道の交通渋滞は,通行止めになった高速道路からの自動車の流入や,出勤困難者が従来の鉄道から自動車へと出勤手段を切り替えたことによるものと考えられます.

出勤困難者とは

 そもそも,出勤困難者とはどのような人たちを指す言葉なのでしょうか.筆者が調べた限り,「出勤困難者」という言葉はあまり明確な定義がされないまま使われているようですが,2002年に内閣府で開催された「企業と防災に関する検討会議」において「帰宅困難者対策も重要であるが、出勤困難者対策も必要」と言及されているように,対策の必要性は東日本大震災以前より論じられてきました.現在,帰宅困難者は「地震などを原因とする公共交通機関の運休によって,帰宅を諦める人や長距離を徒歩帰宅しようとする人」と定義されることがほとんどです.ここではこれにならう形で出勤困難者を「地震などを原因とする公共交通機関の運休によって,出勤を控える人や長距離を出勤しようとする人」と位置づけたいと思います.

 当日の大阪はどのような状況だったのでしょうか.大阪府北部地震は阪神淡路大震災などと比べて揺れの大きさ自体は小さかったこともあり,都市空間の激甚なダメージもそこまで見られず,大規模な市街地火災などもなく,公共交通も迅速な復旧作業ができたようです.大前提として,南海トラフ巨大地震や首都直下地震などの巨大災害とは異なる状況下での現象であったという認識が必要です.さてその前提のもとで,筆者ら(東京大学廣井+東京大学関谷直也准教授+サーベイリサーチセンター)は,大阪府・兵庫県・京都府・奈良県の通勤者のうち,大阪府北部地震時に出勤前もしくは出勤中であった1920人に対して,出勤困難者に関する社会調査を行っています.今回はこの結果を用いて,当日の出勤状況がどのようであったかを紹介したいと思います.

どの程度出勤したか

 それでは,当日の朝地震が発生した後に,どの程度の人が出勤したのでしょうか.著者らの調査によれば,自宅で出勤前であった1271人の約6割がいつも通り出勤しています.他方で,通勤中であった649人のうち約7割がそのまま勤務先へ向かっています.先述のように大阪府北部地震は巨大災害とはいえないため「非常事態と認識しにくい状況であったから」ともいえそうですが,いずれにせよ多くの人が地震直後に出勤を選択しています.また,鉄道の運休に伴って交通手段を変更した人のうち,2割程度は自動車やタクシーに交通手段を切り替えて会社に向かっていますが,これが先述の交通渋滞を発生させた一因と見ることができるかもしれません.

出勤に関する企業の指示

 次に地震発生時,出勤に関する指示は企業からどの程度出たのでしょうか.調査では「勤務先から出勤に関する指示が出た」人は全体の3割程度で,6割くらいは「指示が出なかった」という回答が得られました.この詳細を述べますと,指示が出た人のうち約7割は出勤を控える指示であり,また指示に従わなかった人はわずか3%程度であったことが分かっています.調査ではさらに,「今後の地震発生時に出勤に関する何らかの取り決めが必要か」についても尋ねています.風水害と違い直前の予測が困難な突発性災害は,このような事前の取り決めが有効と考えられますが,この調査でも「今後は地震時の出勤に関する事前の取り決めが必要」と回答した人は約8割いたことが分かりました.

当日の業務状況

 さてそれでは,出勤した人や出勤しなかった人は,業務や仕事についてどのような影響があったのでしょうか.これについては,下の図をご覧ください.この図は,出勤しなかった回答者286人に「出勤しなかったことや勤務先が休みになったことによる影響」を複数回答で聞いたものです.出勤しなかった回答者に聞いているため一定のバイアスはあるものの,結果として「休むことによって業務や仕事に支障が出た」人はわずか7%ほどでした.「休むことで上司や同僚に怒られた」人もごくわずかいるようで,会社によって様々だなあと考えてしまいますが,これを見る限り,災害対策に従事する人などを除いて災害時は始業を一時的に遅らせたり,休みにするという対応はあまり問題なさそうに思えます.むしろ災害対応を迅速に行うために,火急の場合を除いて出勤しないほうがよい,と言えるかもしれません.

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出勤困難者の対策

 さてそれでは,出勤困難者の対策として,今後どのような対応が必要になりそうでしょうか.このためには,大量の出勤困難者がどのような問題をもたらすかについて考える必要がありますが,筆者は現段階では大きく2つの問題に分けられるのではと考えております.

 まず考えられる点は企業の災害対応や事業継続に与える影響です.これは役所やマスメディア,インフラ関連会社などでは重要な課題と考えられますし,近年は役所の業務を民間企業に外部委託するケースも増えています.したがって災害対応に必要な人員は,ますます増加および多様になっている可能性もあります.最近ではこのような災害対応・事業継続の目的で,一部社員を会社の近くに住んでもらうよう推進している企業もあるようで,このような対応が参考となるかもしれません.

 もう一方の問題は,帰宅困難者がもたらす問題と同様の課題です.つまり大量の出勤者困難者が徒歩や自動車で移動することによって,歩道や車道が渋滞する問題です.これは企業の事業継続に関する問題と表裏一体とも言えますが,まさに大都市問題として社会全体で解決をはかるべきものでしょう.確かに,大阪府北部地震は最大震度6弱の揺れであり,南海トラフ巨大地震や首都直下地震とは大きく被害の様相が異なる災害です.ですので,南海トラフ巨大地震など震度6強あるいは震度7の揺れが発生したときに,大阪府北部地震時と同じように多くの人が「がんばって」会社に行こうとするとは限りません.しかしながら先述の筆者らの調査によれば,大阪府北部地震が発生したときに「この地震はたいしたことはないと思った」と回答している人はわずか15%程度で,「南海トラフ巨大地震が発生したのかと思った」が17%,「阪神淡路大震災規模の大変な災害が起きているのではと思った」が29%,「大きな地震の前触れ、前震ではないかと思った」が35%と回答が得られており,直後に「たいしたことがない災害」と判断していた人はそこまで多くない状況でした.とすると,震度6強や震度7のような状況下,休んでも特に業務に支障が出ない業種の人であっても,それなりの人数が無理な出勤を選択してしまうかもしれません.確かに私も,大規模地震が発生したらついつい心配で勤務先の研究室に向かってしまうような気がします.

 特に一番気になる点は車道における渋滞です.原則として徒歩で帰宅するか,あるいは家族と連絡を取って迎えに来てもらうしかない帰宅困難者とは異なり,出勤困難者は自動車で出勤することが可能な人も多いと思われます.今回のケースでは,2割程度が交通手段を自動車に切り替えたこと(+高速道路からの車両流入)で車道における渋滞が発生したことから,出勤困難者の数が帰宅困難者よりわずかであっても,その一部が自動車で「がんばって出勤」してしまうと,都心部の車道で深刻な渋滞が発生する可能性も考えられます.すると救急車や消防車などの災害対応に従事する車両が影響を受けてしまい,助けられる命が助けられず,消せるべき火災が消せない可能性も否定できません.産経新聞によれば,大阪市は2018年9月13日に民間企業などに対して出勤や帰宅の抑制を要請する目的で,災害モード宣言の整備を進める方針を示したそうですが(参考文献4),このような対応が他都市でも参考になるかもしれません.

出勤困難者問題を考える

 結論として大阪府北部地震で顕在化した出勤困難者問題は,行政が「災害時はできるだけ出勤させない」ことを広く啓発することによって,企業にその業種にあった形で地震時の出勤マニュアルを事前に定めてもらい,特に車の利用はできる限り避けてもらいつつも,一方で車道の混雑を緩和させる目的で適切な交通規制を行うという対応が原則になるのではないかと考えられます.さらにこれをうけ,われわれ個人や企業の心構えとしては,災害時にがんばって会社に行っても,むしろ都市全体の災害対応や復旧を遅くする可能性があるということを認識しておくべきかもしれません.もちろんこのあたりは業種にもよるところが難しいのですが,出勤困難も帰宅困難も,災害時は無理して動かず,その場で災害対応の手助けをすることが重要で,さらには無理して出勤させない企業内のルール作りや,無理して帰ることのないように自宅を安全にすることなども効果的と考えます.

 このような大規模災害時の歩道過密・車道渋滞現象は,過剰な集積およびいびつな職住分布構造を有する大都市の宿命といえるかもしれません.平日の朝から夕方までに電車が止まる程度以上の外力が発生すれば,このような現象が発生する可能性は高いわけですから,二次災害のきっかけになるかどうかはともかく,「近い将来再発しやすい」現象とも言えそうです.今回の教訓を踏まえると,出勤困難者問題は「大都市問題」という意味においては帰宅困難者問題ほど深刻ではないにしろ,大都市に住み暮らす人にとってはそれなりに意識しておいてもよい問題なのではないかと考えています.

参考文献

1) 総務省消防庁:大阪府北部を震源とする地震による被害及び消防機関等の対応状況(第31報).

2) 読売新聞:「大阪知事も足止め、地震で渋滞7倍…一般道流入」,2018.09.17.

3) 時事通信:「通勤直撃、交通まひ 渋滞で復旧遅れ、負の連鎖」,2018.06.24.

4) 産経新聞:「大阪市が「非常事態宣言」制度化検討 災害時に出社・帰宅抑制を企業に要請」,2018.09.14.

注)2019.06.13 一部誤字などを修正しました.

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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